6話 『二人のヒーロー』
スパイシアを終始圧倒していた魔法少女カスタイド・プリンセス。しかし、彼女の詰めが甘かった所為で、見す見す逃がしてしまった。しかし、彼女はちっとも気にしていなかった。勝つ事は確信していた為、次見つけた時に仕留めておけば万事解決だ。そんな甘い考えで、今日も高校生、衣笠深優姫として敵の出現を待っていた。
しかし、どれだけ待てども待てどもタブレットの画面を覗いても反応が無いのだ。まさか、逃げる途中で撃破したのか、とも考えてみたがヴァニラのスマホにインストールされたスパイシア撃破スコアアプリには転載されていないのだ。つまり、確実に生存していて、この町の何処かに隠れ潜んでいるという事になる。
何を企んでいるのか。日が経つごとに不安を募らせていく深優姫。スパイシアの反応が消えてからもう一週間が過ぎたが未だにタブレットが振動する気配すら無かった。
放課後、自室でソワソワと辺りをウロチョロと動き回る深優姫に対して、ジュースを飲みながら漫画を読んでいたラメイルが痺れを切らして鬱陶しそうに一声かけた。
「君の取り逃がしたスパイシアが気になるのかい?」
「そんなワケないよ! ……けど、全然やって来ないのがどうも引っ掛かるんだよ」
結局気にしてるんじゃないか。ヴァニラが呆れた様子でポテトチップスと共にアニメDVDを見ながら一言。この勝手にお構いなしに寛いでいる使い魔二人に図星を突かれるのが何より癪であった為に、彼女は否定し続ける。タブレットを勝手に使って、マップを縮小したり拡大したり、右へ左へと動かしてみたりと、何処かに居ないかを捜してみるも結果は変わらずじまいであった。
「だから余計な事しないで、さっさと倒しておけば良かったのに」
「うっさい、効率厨」
ラメイルとつまらない諍いを交わしていると、突如としてタブレットが反応を示した。やっと来たか、と言わんばかりに深優姫が飛びついて、示されたマーカーを確認。目標は自宅から一キロ先で、此方に向かいつつあるのだ。
返り討ちにしてくれる。彼女はタブレットを小脇に挟み、使い魔二匹をパーカーのポケットに突っ込んで階段を凄いスピードで降りていく。
「深優姫ー? そんなに急いで何処行くの?」
「ちょっとコンビニ!」
彼女は台所で夕飯の支度をしている母に、いつもの様に咄嗟に誤魔化して家を飛び出した。十分位で直ぐに帰ってくる、と付け足して。
スパイシアに迎撃するべく、タブレットのマーカーを辿っていく。直ぐの所で、彼女は見つける。以前、撃破寸前まで追い詰めた蟷螂の姿が。彼女は迷う事無く、タブレットにラメイルを通して変身し、マジカルアームズをライフルに変形させた。
「よし、今度は仕留める!」
「……ミユキ、ヤツの様子がおかしくないかい?」
「……え?」
ヴァニラの一言に、魔法少女は今更ながらに気付く。あの瀕死寸前だった筈のスパイシア、以前と比べて姿形が違っている。何と言っても腕に生えていた鎌が、より大きく、より鋭く、禍々しい形をしている。そして、スパイシアから出している威圧感がより凄まじく圧倒されそうなのである。
カスタイド・プリンセスの気配を察知したのか、隠れて様子を窺っていた彼女目掛けて叫び声と共に向かってきた。それも、以前とは段違いのスピードで。
大きく振り上げた鎌のモーションを見て、身の危険を感知した彼女が屈んで躱すと、何とコンクリート製の塀が豆腐を切る様にバッサリと容易く切り目を付けた。
「ゲェーッ!? あの石すら切るベルリンの赤い雨を食らったらヤバいよ!?」
「そんな優しいモノじゃないよ。あの切れ味、厚い鉄板でもスパッと切れそうだね。君の上半身もぶった切られそうだ」
解説してる場合か! 彼女が鎌からの攻撃を後ろへと退いて避けながら他人事の様に言うヴァニラを怒鳴った。その一瞬油断した瞬間、鎌の鋭い一閃にてライフルの銃身が吹き飛び、手に持っていた方が忽ちマジカル・ステッキへと強制的に戻された。
これが手や足や腰だったら……。まるで分子と分子との間を切り離した様に、寒気すら起きる程の鮮やかな切り口を見て深優姫はゾッとした。
「これってかなりヤバいって感じ!?」
「ミユキ、いくら切れ味が良くても固体しか切れないんだよ」
「何言ってるの!?」
「液体や気体なら切れるワケがないって事だよ。コレを使ってみてよ」
ヴァニラが武器を変更したので、彼女がステッキを変えてみる。すると、四本のノズルを纏めたタンクの様な物にへと変更。これは何か、と魔法少女が考える間もなく、筒を塞いでいたハッチが全て展開。視界を完全に遮断する程の鼠色の濃厚な煙が蟷螂を包み込んだ。
「ゲッホ、ゲホ。な、何コレ……!!」
「マジカル・スモーク。煙幕を張るだけのパーツだよ。正直、こういう事しか使えないからね」
「確かに……!! 私もこれだけ食らうんじゃあ意味が無い……!」
スパイシアは勿論の事、発生させた自分自身までもが噎せ返る程の煙幕に戸惑っていたが、敵の動きが止まった今が好機。彼女は瞬時にシザースに変形。その場で動き回る影を頼りに、斬っては離脱、斬っては離脱のヒットアウェイの戦法でジワジワと弱らせていく。
煙が完全に消え去ると、其処には息も切れ始めたスパイシアの姿が。今度こそ逃がすまい、と魔法を温存していた彼女はマジカル・ステッキに変更して、ちゃちゃっと魔法を溜め始める。
大出力の一撃を放とうとした瞬間、背後から何かの攻撃を受けてしまい、さっきまでの魔法が雲散。不発に終わってしまった。
後ろに居たのは無数の棘を併せ持った鞭を片手にゆっくりと歩くスパイシアの姿が居た。新手に対し、彼女が武器を構えようとした瞬間、持っていた鞭で手を弾かれ肝心なマジカルアームズを落としてしまったのだ。魔法少女の特性上、武器が使えないカスタイド・プリンセスはただのスパイシアの攻撃に耐える事の出来るだけの人間なのである。
後ろからは蟷螂の刃を構えて走る敵が。そして前には鞭を構える新手が。咄嗟に武器が使えない圧倒的不利の状況下で彼女は挟み込まれてしまったのだ。
何処にも逃げられない絶体絶命のピンチ。彼女が死を覚悟した瞬間、蟷螂の頭部目掛けて跳び蹴りを放った謎の影が。スパイシアと魔法少女が思わず、また新しく現れた何かに注目した。
全身を黒を基調とした強化外骨格で身に纏い、繋ぎ目は赤く発光している。頭部のフルフェイスマスクの額には禍々しく尖った金色の角が天を穿つ様に立ち生え、眼の位置にあるバイザーらしき細いラインが深紅に光る。その禍々しい姿に反し、首には純白のマフラーを風に靡かせ、左腕にはデジタル表記された時計を装着している謎の存在であった。深優姫が思わず見とれていたが、スパイシア達の注意を引いている今の内に、とばかりに落としてしまったマジカルアームズをこっそりと拾い上げた。
「貴様……、何者だ?」
「……オレは『マスクド・シャイニング』。お前達を倒す。……それだけだ」
起き上がった蟷螂のスパイシアが、マスクド・シャイニングに襲い掛かる。この鋭い刃に彼は物怖じせず、その自慢の装甲で受け止める。刃は止まり、数ミリの切り傷を作っただけであった。
そのまま腕を掴み、手前に引き寄せると顎目掛けて肘鉄砲を食らわす。仰け反った敵に容赦無い蹴りの連打を繰り出す。
グロッキー状態になった所に側面蹴りを一発食らわせ、塀まで吹っ飛ばすと、腕の時計のボタンを一回。すると『FULL FORCE』というアナウンスと共に背中のユニットが展開を始め、薄紅色の光がマスクド・シャイニングを包み込んだ。
「はぁああああッ!!!」
そのまま跳躍し宙回転しながら左脚を伸ばし、スパイシアの胸部へ打ち込む。爆発的な威力と共に、敵を着地すると同時に地面に叩き付け、そのまま思い切り踏みつける。すると、めり込みながらスパイシアは爆発四散した。その爆風の中、ゆっくりと後ろへ振り向き、交戦中であったカスタイド・プリンセスと新たなスパイシアを見つめる。味方がやられた事に気付いたスパイシアは、二対一で勝てないと判断したのか、思わず背を向けて逃げていってしまったのであった。
魔法少女と謎の仮面男と対峙する。言葉は出さなかったが、深優姫は真っ先に『気に入らない』と感じた。理由は分からなかったが、兎にも角にも印象は悪かった。
お互い数分程睨み合った後、マスクド・シャイニングとカスタイド・プリンセスはそのまま同時に背を向け、一瞬の間に姿を消したのであった。