4話 『バニシュ→デス』
昨日、一昨日と魔法少女について詳しく知った深優姫。あまり理想とは違う現実を知らなかった方が幸せだったとは思っていたが、最初の内にショックを受けられる分だけマシだった、と自分に言い聞かせてみたが、やっぱりどれだけ思い返しても憎たらしいのと失望したのと二つの感情が入り混じって苛立ってしまうのであった。
「おはよう深優姫」
「おはよー深優姫ちゃん」
校舎の入り口で杏子と蜜希と会った為、不審に思われぬ様に湧き出す怒りの炎を一先ず抑えて深優姫はいつもの表情を浮かべて挨拶を返した。ああ良かった、上手く隠し切れた。と彼女は悟られない様に安堵する。
教室へ向かう途中での雑談にて、蜜希と杏子がさらりと話題にしていたモノに、思わず深優姫は驚いていた。
「そう言えばさ杏子ちゃん、聞いた~? 怖い化け物相手に一人で立ち向かってたって言う女の子~」
「あー、そう言えばちょろっと聞いた事あるわ。噂によると凄い痛々しい格好をしてるのにハンマーみたいな物で化け物を圧倒していたらしいわね。化け物も怖いけど、その痛い格好した奴も怖いわね。是非とも見てみたいわ」
すみません、その痛い格好していた人が此処に居ます、と深優姫は杏子の悪気の無い一言に思わず傷付いてしまった。やっぱりあの格好イタいんだ。認めたくなかった事であったが、彼女は現実を受け止めて痛い格好をした女というレッテルを背負い込む事を決めたのであった。
「誰か分からないけどね、その化け物をやっつけてくれるんだから安心出来るよぉ。此処の所ずっと知らず知らずの内に襲われてて怖かったんだぁ」
「……まぁ、そうね。取り敢えずはその子に感謝しとくべき、なのかな。格好に関しては置いといて、だけど。私の塾の先生もソイツにやられて身体を消されたんだし、まぁ仇を討ってくれてるって事だよね――」
やっぱり持つべきものは友達だよ。杏子と蜜希の言葉に希望を持った深優姫は感銘を受けて思わず目頭を熱くしていた。まさかの『イタい格好』からの思いがけない高評価だったので猶更であった。
「深優姫ちゃん、どうしたの~?」
「えっ!? いや、何でもないよ!! にしても凄いよね~、その変な格好の人ってさ~」
「変なのは格好だけじゃないわよ? 名前も変なのよ確か! えーっと、カスタンド・プリンセスだっけ? マジ受ける~! ネーミングセンスも無いわよねー!!」
私だって好きでそんな名前を貰ったワケじゃないんだけど。と、またしても何も知らない杏子の一言に再び傷付く事となった。
しかもカスタンドじゃなくってカスタイドだし!! と深優姫は間違いを修正しておきたかったが、此処で反論をすれば襤褸が出そうな気がしたので他人のフリをして正体を知らないという設定を貫き通す事にしたのであった。
※
学校でも、謎の化け物を撃破するコスプレ少女についてチラホラと噂が立っていた。ランクの高いギャル達はオタク趣味の生徒達に片っ端から正体を聞き出そうとし、普通の立ち位置にある生徒達はこれまでのスパイシアに被害に遭った事を思い返していき、オタク趣味の生徒達は察しがいいのか、魔法少女の仕業だと決め込んでいた。
流石に昨日一昨日と二回も登場すれば広まるものか、と深優姫は随分と早く話題になっていた事に驚きを隠し切れなかった。
「凄いよね~、皆この話で持ち切りだもん」
「中にはコスプレ少女の決定的瞬間を撮ってやるってヤツも居るみたいだしね。当分は冷めないんじゃない?」
杏子の言葉に深優姫は焦りと不安を覚えた。自分がその魔法少女だと正体がバレたら学校どころでは無いからだ。これから変身する時は周りに気を付けておこうとラメイルとヴァニラとで今後の対策を後で練る事を決めたのであった。
チャイムが鳴ってもお構いなしに話を続けていた教諭が痺れを切らし、出席簿を教卓に叩き付けて怒鳴り上げた。
「お前ら授業始まってんだよ!! 早く席に戻れ!!」
クラスメイトが席に戻り、静まり返った所で授業が始まる。最近慌ただしくなった上に深優姫の苦手な理科総合と言う事で、適当に聞き流して杏子と手紙でも回そうかと思った瞬間、鞄に入れていたタブレットが振動し始めた。現れた事に気付いた深優姫は面倒だと思いつつも、どうやって教室を抜け出そうかと考えてみた。その最中、窓際の席の生徒達が外のグラウンドを見ながら、ヤバい、ヤベェよ、と顔を蒼白させていた。
「お前ら性懲りも無くまだ騒ぎ立てるのか!?」
「違うんすよ先生! アレ……!!」
男子の指差した方向を見て、いつも厳かな態度を取っていた教諭が柄にも無く驚いていた。興味本位で全員が窓の景色を覗き込んでいたので、深優姫達も便乗してグラウンドを見てみる。何と、其処には体育の授業で外に出ていた隣のクラスが、爬虫類を模したスパイシアに襲われている場面であった。一目散に全力で逃げる生徒に対し、ゆっくりと校舎へ向かって来る異形の怪物。
一人、身体の大きい男子生徒がすっ転んで追い詰められてしまい、落ちていた大きな石を投げつけて抵抗してみるが、顔にぶつけられても退く所か傷一つまともに付かなかったのである。捕まえたとばかりにスパイシアは首を掴んで片手で持ち上げると鋭利の鋭い舌を勢いよく発射。心臓を貫かれた男子生徒は身体の色彩を失い、透明になってしまって力を失ったのであった。
間違いない、例の身体を透明にさせる化け物だ。クラスメイトはそう確信したのか悲鳴を上げながら駆け出し、教室を抜け出していく。教諭の指示も制止も振り切り、ひたすらにスパイシアから逃げようとしている。もうこの校舎に入って来ている事は間違いなかった。
「深優姫!!! 早く逃げるわよ!!!」
「あっ……、うん! ……でも、誰か逃げ遅れてる人が居ないか確かめてくる!!」
「深優姫ちゃん!!! 駄目っ!!!」
「私は大丈夫!! だから先に避難してて!! 直ぐに行くから!!」
「……アンタ、そんなキャラだったっけ?」
「い、いいから早く!!」
杏子と蜜希を説得して、深優姫は逃げていく群に逆らう様に、スパイシア目掛けて走っていく。丁度、避難するべく人が居なくなっていたので変身には困らない。後は気付かれない様に見つけて先手を取るだけなのである。スマートフォンを弄っていたヴァニラがポケットから出て来て彼女の肩に飛び移った。
「ミユキ、もうそろそろだ。敵の反応が強くなってきている」
「よし、じゃあ変身だね。……ラメイル!」
タブレットにラメイルをスキャンし、深優姫は魔法少女カスタイド・プリンセスへと変身。ヴァニラの指示通りに進んでいくと、階段の折り返し地点で女子生徒を襲うスパイシアの姿が。カスタイド・プリンセスは段差を踏みしめる事無くそのまま跳び蹴りを放ち、壁へと叩き付ける。
「もう大丈夫。さぁ、早く逃げて」
「あ、ありがとう……!」
襲われていた生徒を間一髪の所で逃がし、彼女はスパイシアと対峙する。突出した双眸、独特の形状をした両手と両足、長く渦巻き状に巻いた尻尾、カメレオンの様な敵が腰を低くして身構えていた。
「ミユキ、このタイプの敵は長引かせると不利になる。速攻で決めるよ」
「オーライ!」
深優姫はマジカルアームズをマジカル・シザースに変形。刃を分離させ、二つの刀にした彼女は構えて斬りつけようとしたが、カメレオンは階段を降りて逃亡。魔法少女は追いかけていく。
スパイシアが向かった先は、さっきのグラウンドである。スポーツ用具以外は何もない殺風景な場所へと移ると突如振り返って構えを取ったので、打って出ようとした瞬間、スパイシアの身体が突如景色と一体化し始め、姿を消したのだ。
「ミユキ、奴は擬態させて景色に溶け込んでいるんだ」
「言われなくても分かってるよ!」
刀を構えながら、彼女は周囲を見渡す。しかし、何処をどう見ても、敵の姿は愚か、影すらも見つからない。在るのは徐々に大きくなる足音だけ。太陽光を屈折させて、透過させている光学迷彩の原理なのだろう。彼女は聞きかじった知識を思い返してみて、どう対処しようかと考えていると、後ろから衝撃が走る。振り向きながら刃を払ってみたが、空を切っただけで身体に当たった感触は無かった。今度は横腹を何か鞭状のモノで叩きつけられる。
「くっ、鬱陶しいッ!!」
「ミユキ、取り敢えずコイツをまた校舎に誘き出そう。狭い廊下を利用して、攻撃範囲を狭めるんだ。そうすれば地の利はこっちにある。攻撃を受け続けると、君の身体を保護している魔法が切れて変身が解けてしまうよ」
「それは考えたよ。でもコイツはそれを知っている。だから最初私から逃げて外まで誘い出したんだよ。だからコイツは私が校舎に入っても無視をして他の人達を襲いに行く。透明になっている状態のまま見失ったら、絶対に見つからなくなるし取り返しのつかない事になっちゃうよ」
君って何も考えて無さそうに見えて案外冷静なんだね。ヴァニラが深優姫の見解に思わず感心していた。しかし、彼の言う通りで、見えない状態でそのまま攻撃を受け続けるのも身体を保護する魔法が切れてしまい、魔法少女では無い衣笠深優姫の姿に戻ってしまい、スパイシアの"餌"になってしまう。つまり、今退いて犠牲を払うのか、自身の危険を覚悟の上で好転の機を窺うかの二択なのである。
カスタイド・プリンセスが睨みを利かせながら周囲を探っていると、何処からともなく声が聞こえてきた。この反吐が出る肉声と挑発はスパイシアの物に違いなかった。
「クックック、キサマは兼がね聞いているぞ。我ら『スパイシア』を二人程仕留めた奇妙な技を使うコスプレ中二病女だとな。確かにキサマの術は脅威的だが姿を消して当たらなければ意味が無いな。大人しくオレサマの養分になるがいい!!」
「……成る程ね。こりゃあ御手上げだ。見えない敵を闇雲に戦うなんてね。快勝続きの私も此処までとはね、敵ながら天晴。……けどね、ジョースターさんから教わった取って置きの秘策があるんだよ」
「ミユキ、それは一体?」
「……逃げるのよ!!!」
「……それが秘策なのかい?」
敵の挑発を物ともせず、彼女は声の主とは逆方向に背を向けて走り出したのであった。それは、校舎では無くグラウンドの奥へと、である。さっきの二択とは違う、別の選択肢を選んだのである。
みすみす逃がすか、とスパイシアはシメたとばかりに彼女へ追いかけ、追い詰めていく。深優姫は逃げながら後ろを振り返り、勝った、と確信した。
魔法少女が追い詰められたのは野球部員が普段使っている、黒土が敷き詰められた練習場であった。彼女は久々に全力で走った事もあり、魔法少女とは一切関わらない自前の体力の無さから息を切らしていた。
すると、またしても徐々に足音を大きくして、透明色のまま彼女に接近するスパイシアの気配が。
「とうとう追い詰めたぞ、コスプレ女」
「くっ、もう体力が……。アンタ達の目的っていったい……!?」
「我々は人間を食らい力を強くする。食べれば食べるほどに知能も発達する。丁度キサマで10人目だな」
「アンタ達はどうやって生まれて来たの……!?」
「ミユキ、もう持たないよ……」
「『ペッパーズ』のネロ様の御蔭だ。ネロ様の技術を以てスパイシアは生まれて来たのだ。そしてスパイシアはスパイシアを生む。食らった中でもスパイシアの素質を持った奴は新たなスパイシアとなるのだ。数を増やして、人類を支配するのだ。……お喋りが過ぎたな、往生しろッ!!!」
スパイシアが言い終えた途端、足音が大きく間隔が狭まる。息を切らしていてようやく呼吸を落ち着かせた彼女はニヤリと笑った。そして、確と敵へと振り向くと持っていた刃を擦れ違いざまに一閃。真横の何も無い所から火花を散らし、深優姫の後ろには斬られた部分を抑えながら苦しむスパイシアが擬態を解いてしまっていた。
「ホントにお喋りが過ぎてるね、アンタ」
「な、何故攻撃が……!?」
「9人襲ってもこんなアホなヤツじゃあ殆ど大した事は無いって事かな。それだけ分かっただけでも結構な成果だね」
「君ってホントに人が悪いね。笑いを噴き出すのを堪えた甲斐があったよ」
「アンタに言われたくないよ。寧ろ感謝して欲しいね、敵の情報を聞き出す為に追い詰められたフリをしてたんだから」
一方的に話を進める深優姫達にスパイシアが逆上して怒鳴り声を上げた。それを見て、彼女は鼻で笑いながら敵の付近の地面を指差した。
「何故オレの姿を見破ったんだ!!!」
「ふん、軟体動物のタコにも頭脳負けしそうなアホのアンタにでも分かる様に教えてあげるよ。私に勝つには舞空術でも習得してから出直してこいって事だね」
「足跡に気付いていないって、君ってよっぽど頭がアレなんだね」
敵はようやく自分の失態に気付いた。周囲には盛り上がった土を踏みしめた事によって生まれた、カメレオン独特の足跡が幾つもあった。姿は消えても、質量は消えないという光学迷彩の欠点を突いたこれこそが、彼女の秘策なのである。
「キサマ、よくも騙したな!!?」
「いや勝手にベラベラ喋ってたのはアンタ。自分が危険に晒されてる事に気付けなかった時点でアンタの負けは確定していたんだよ」
圧倒的自信を持っていた敵は、堰を切った様に叫びながら自暴自棄になって襲い掛かって来た。魔法少女は冷静に対処。マジカル・シザースからマジカル・ハンマーに変え、逆に容赦無い連続攻撃を叩き付ける。ダメージを負って勝ち目がないと背を向けて逃げ出そうとしていたので、再び鋏に戻すと、脹脛目掛けて一突き。すっ転んで身動き取れなくなったスパイシアに、マジカル・ステッキの照準を絞り込ませた。
「透明能力を使う敵キャラは割と噛ませ犬が多い事、覚えておくんだねっ!!」
光線の大波に飲み込まれ消し飛んだスパイシア。彼女はふぅ、と息を吐いて額の汗を拭った。
「さ、授業再開かな」
「……ミユキ、それはちょっとお預けになるかもよ」
ヴァニラが周囲の姿を見て、面倒そうに溜息を吐く。魔法少女が彼の向けた視線へ寄せてみると、思わず驚いていた。避難して逃げていた筈の生徒達の群が此方に向かって来ているのだ。
「すげーよ!! あんな奴を倒すなんて!!」
「助けてくれてありがとう! 命の恩人だわ!!」
「奇跡も魔法も魔法少女もあるんだったな!!」
「ただの痛いコスプレイヤーだと馬鹿にしててゴメン!!」
「ちょっ、皆押さないで! 押さないでくださ~い!!」
歓喜の声と共に大勢に取り囲まれ、身動き取れなくなった魔法少女。人混みが割と嫌いだった深優姫であったが、この密集された感じは、そこまで悪くなかったと認識を改めるのであった。
「名前は何て言うの!?」
「え!? えっと、私は、魔法少女『カスタイド・プリンセス』です。また、こんな敵が現れたら、私が倒しますので、どうか皆さん、宜しく、お願いします」
しどろもどろに自己紹介を終えるカスタイド・プリンセス。彼女はこんなに持て囃される事なんて一度も無かった為に、緊張していて心臓が急ピッチで鼓動していた。
カスタイド・プリンセス最高!!! と魔法少女は胴上げされて大変嬉しく思っていたが、ドサクサに脚や尻を嫌らしい手つきで触られて激怒するのであった。