2話 『ロード・オブ・ザ・スピード』
衣笠深優姫の正体は魔法少女『カスタイド・プリンセス』である。人類の脅威とされているスパイシアを一方的に蹂躙し、駆逐する地球最後の希望なのである。使い魔二匹の指示の元、今日も増え続ける敵と戦っていくのである。
「如何にもまだ信じられないって顔をしているね、ミユキ」
「当たり前でしょ!? 魔法少女なんて、架空の物だと思ってたし!」
遠い地域に発生したスパイシアを難なく撃破し、帰って来た自室の格闘ゲームにのめり込む深優姫と使い魔。実の所、深優姫は魔法少女として戦ってまだ一日しか経っていないのである。未だに実感が湧いていなかった彼女は、もどかしさのあまりコントローラーを荒々しく操作しながら液晶越しの対戦相手を追い詰めていた。
「架空って、具体的には?」
「んーそうだねぇ、仲間と一緒に徒手空拳で敵を倒したり、とんでもない威力のビームを撃ちまくったり、契約すると最終的に魔女になったりとか、かな」
「最後がちょっと意味分かんなかったけど、そんなの全然魔法少女じゃないよ。え、何で武器を使わないの? 何でビームを無暗に撃つの? 有り得ないよ」
「私のだって全然魔法少女っぽくないよ!! 私の期待していたあの気持ちを返してよッ!!」
※
時は少し戻って、昨日。深優姫がいつもの様に学校に戻ってきて自室のベッドに直行して横になった時である。近くのチェストに置いていた携帯ゲーム機を起動しようとした瞬間、彼女は何か奇妙な視線を感じ取った。
もしや泥棒? もしやすると強盗!? その怪しい気配を悪漢と勘違いした深優姫は瞬時にベッドから飛び起きて身構える。索敵する事、一分程。さっきまでの張り詰めていた空気をぶち壊す様に、クスクスと子供の様な忍び笑いが聞こえてくるのだ。
犯罪者ではなければ、幽霊!? 頬に伝って来る冷や汗を拭いながら、警戒を厳にしていると、突然窓が開いたのだ。有り得ない。此処は二階で、そのうえ窓は内側から鍵をしていた筈なのに、である。彼女が思わず生唾を飲み込みながら勝手に開いた窓を覗き込んだ。
「何で身を固めちゃうんだよ……。見えてないのに入るこっちが緊張するじゃないか……」
「……は? はぁぁぁぁぁ!?」
深優姫は信じられない光景に思わず素っ頓狂な声で叫んだ。窓にぶら下がっているのは、猫の様なフェレットの様な、兎に角、説明出来そうにない小動物二匹で、しかも我々人間と同じく言葉を使っているのである。彼女の驚いた声に逆に驚いた得体の知れない生物が手を滑らせて落ちそうになってしまったので、深優姫は反射的に手を伸ばして捕まえたのであった。
「コホン。助けて頂き、有難う。まぁ、僕達はどれだけ高い所から落ちても死ぬ事は無いから無意味だったけど、一応ね」
助けた筈なのに、何故か有り難迷惑そうに感謝する二匹。深優姫は直感的に、あの好きだったアニメのシーンを思い返していた。コレは所謂、魔法少女の『使い魔』なのではないか、と。
「あ、どう致しまして? ……じゃなくって、君達は一体何しに此処に来たの?」
「僕達の姿が見える事とか、その姿を見て冷静でいられる君が一体何者なのかって逆に聞きたいけど、まぁ先に答えるかな。僕達はね……」
彼女は確信した。あのフィクション上でしかなかった魔法少女の使い魔だと。そして魔法少女の適応者を捜しているのだと。記念にサインと手形でも貰おうかな、と色紙の在処を思い出そうとしていた。
「少し小腹が空いたので、丁度近くにあった家の食糧を拝借しようと思ってたところさ」
「……はぁ?」
思わず気の抜けた声を漏らす。実質、無銭飲食をしている様な図々しさなどに指摘を入れたい所ではあったが、一先ず聞いておきたかった事を訊ねてみた。
「あのさ、君達って使い魔みたいな存在なんでしょ? 魔法少女になれる人を捜したりとかしてないの?」
「あぁ、アレ? めんどくさいからパス。そう言うの投資するのって大方無駄になるから僕としてはヤなんだよね。ていうかお姉さん、本当に何者なのさ? 使い魔とか魔法少女とか知っている口振りだけれど」
何だろう、この助走を付けて全力で殴りたくなる様な気持ちは。魔法少女の期待を裏切られた事もあるが、気怠そうに生々しい話を繰り広げる使い魔に深優姫は思わず拳を固めた。普通、こういうマスコットキャラクターは多少鬱陶しく感じても、それを覆い隠す位の癒される可愛らしい存在(一部を除いて)の筈なのに、この憎たらしさは異常である。
「まぁ、私も一応知らなくはないって所なんだけどね」
「ふーん、まぁいいや。正体バレちゃったし、次の家を狙うか――」
使い魔の台詞を遮る様に、下の階から悲鳴が上がった。声の正体は母の物である。深優姫が扉を突き開け、急ピッチで階段を降りる。何と、廊下に悍ましい肌の色を帯びた混沌とした姿の何かが、母を襲おうとしているのである。
「ひっ……!! 何なの、コイツは!?」
「『スパイシア』……、此処まで来ているとはね」
「知っているの雷電!?」
「変なヤツらが最近作っているってされてる化け物さ。奴さんの攻撃を食らったら肉体も精神も消えてなくなっちゃうんだ」
「そ、そう言えばニュースでよく聞いた事がある! 透明人間が服着たみたいになる遺体!! 消えた筈の身体の感触だけが残るって言うアレだ! コイツらが原因なの!?」
スパイシアの視線がこっちに向ける。すると、さっきまで母を狙おうとしていた敵が何とこっちに向かって来るではないか。ゆっくり、ゆっくりと確実に距離を詰めてくる。深優姫は思わず二階へ引き返し、部屋の鍵を閉めて緊急的なバリケードを作った。
「何とかしてよ!!」
「いやぁ、僕達関係無いし~」
「薄情者!!」
「……ラメイル、もうこの人でいいんじゃない? 幸いにも出会った中では一番魔法に適応してるみたいだし、何より僕達サボってばっかで上司に目を付けられてるんだし減給されるかもよ」
「あ~面倒だけど、確かにヴァニラの言う通りかもね。この人なら稼いでくれそうだし、いっか」
イマイチ釈然としない魔法少女の決定であったが、四の五の言ってられない状況であったので深優姫は使い魔の一人のラメイルを掴んで急かした。
「慌てない慌てない。まずはコレをスライドしてページを切り替えて」
取り出したのは近代的な黒い枠のタブレットであった。ヴァニラの指示通り、人差し指で液晶を横に払うと、QRコードの様なマークが表示される。
「そして僕をそれに通して」
ラメイルが瞬時にスマートフォンの様な機械に変身する。カメラモードが機能しており、丁度マークに丁度嵌る様なフレームが施されている。
何か思ってるイメージと全然違うんだけど、と深優姫が納得いかない様子で言われるがままにスキャンしてみる。すると、タブレットとラメイルだったスマートフォンが光を覆い始めて宙に浮き始めたのだ。
これだよ、コレコレ! と深優姫は様々なアニメ作品で見た魔法少女の変身シーンを思い返して、そしてその鮮明な記憶と今起こっている現象とが一致している事に思わず興奮した。
彼女が変身し終えたと同時にスパイシアが防衛線を突破し、部屋に突入してくる。彼女は堂々たる仁王立ちで待ち構えた。
「……って、あ~!!? 私の限定フィギュアが~!!! おのれスパイシア!!! ゆ゛る゛ざん゛!!!」
「……口調変わってるんだけど」
滅茶苦茶に地面に叩き落され四肢がバラバラになった美少女の見るも無惨な残骸を目の当たりにし、魔法少女は声を荒げて怒りを燃やした。彼女の逆鱗に触れたとも知らずに、スパイシアが襲い掛かってきたのでそのまま取っ組み合いの状態となり、一人と一匹がそのまま密着した状態のまま窓から飛び降りて、道路へと放り出される。
「……あれ? 二階から落ちたってのに全然痛くない」
「その衣装から放出される魔法が君の身体を守っているからね。大抵の攻撃ならビクともしないよ」
「へぇ、やっと魔法少女っぽくなってきたじゃん!」
彼女は落ちたステッキを拾い上げ、構えるとスパイシアも姿勢を低くして身構える。両者が間合いを微妙に詰めていく。其処に、遅れて降りてきたヴァニラが深優姫の肩に乗り始めて、彼でも片手で扱えるサイズのスマートフォンをこんな臨戦態勢の時に操作しているのだ。
「こんな時にスマホをいじくってる場合!?」
「心外だな、今の敵に相性がいい武器を捜してるんだよ。……これならいいかな。えっと、ミユキ。早速ラメイルのボタンを押して僕の変更する武器に変えてみてよ」
「アンタ、何で私の名前を?」
「魔法少女登録データに乗ってるよ。初回だけ変身に登録する必要があるんだ。まぁ、自動で反映される契約書みたいな物かな」
プライバシーもへったくれもないじゃない、と深優姫は個人情報が漏洩されている事に少し焦りを感じたが、今は生死に関わる状況であった為に後回しにしておき、指示通りステッキの柄の部分に施されたボタンを押してみる。すると、またしても同じ様に光り出して形を変えていく。いいじゃん、いいじゃんと彼女が期待に胸を膨らませていると、彼女と背丈と同じ長さの刃渡りを持った大きな鋏が出て来て、アスファルトに突き刺さる。
「……あの、これは」
「見て分からないかい? 武器だよ武器。コイツに必殺技を使うには勿体無さすぎる。さぁ、早く倒しちゃってよ」
こんなの、魔法少女の武器じゃない。深優姫は不満を抱きつつも、物騒な物を引っ張り上げ彼女は持ち上げる。そもそも鋏なんか役に立つワケないじゃない、と身構えると、痺れを切らしたスパイシアが咆哮を上げて襲い掛かった。
「何してんの、二つに分けなよ」
「えっ!? こ、こう!?」
彼女が上下に力を込めると、何と刃が分離し、二つの剣と化した。飛び掛かって来たスパイシアに一振りを入れると切断面から火花を散らして落下。切創部分を抑えながら悶え始める。
「……成る程ね、こういうのも悪くないね」
彼女が二つの刃を構え、体勢を整えさせる隙も与えず滅多切りにする。扉をぶち壊したとされる硬い爪も、目標に届かなければ、ただそれだけなのである。
両腕を交差させ、バツ印を描く様に二つの刀で斬りつけると、スパイシアは数メートル程吹っ飛び、倒れて苦しむ様に悶えていた。構え直して追討ちを掛けようとすると、ヴァニラが横槍を入れてくるのである。
「よし、効いてるよ。刃を戻して鋏にして斬り飛ばしちゃってよ」
「えぇ!? ……あぁもう! こうなったらヤケクソだー!!」
二つの刃を再び元に戻し一丁の鋏に変えると、そのまま開いてスパイシアを巻き込ませる。ギギギ、と痛々しい音を鳴らしながらゆっくりと締め上げ切り目を付ける。深優姫は覚悟を決め、鋏のに渾身の力を指穴に込めて絞めると上半身と下半身が分離し、支える部分が無くなった上部分は地面にボトリと落ち、司令部が無くなった下部分はそのまま膝を着いて倒れ込んだ。
「うぇっぷ、凄いえげつない攻撃。これじゃあ魔法少女っていうよりも、爆死する戦いの神(笑)だよ……」
スパイシアの切断された遺体を見て思わず吐き気を催した深優姫。そんな彼女を心配する気配も無くヴァニラはスマートフォンの画面をタップしていく。すると、スパイシアだった何かが上空から輝きだす光の筒に吸い込まれて消えていく。
「今の異能生命体の換金レートは5000ポイント……。まぁまぁかな」
「え、何それ?」
彼女が変身を解き、いつもの制服姿に戻りながら訊ねてみると、鋏と化していたスネイルが元の小動物の姿に戻りヴァニラの代わりに説明をしていく。
「僕達は、こういう人間を襲う生命体を排除する事によってポイントを溜めてるんだ。にしても初陣にしては上出来だよ、ミユキ。僕達の見込んだ通りだ。これなら安泰だね」
さっきまで面倒がっていたのに、随分と白々しい台詞を吐き捨てる使い魔。一発殴ってやろうかと思ったが、さっきの騒動で面倒な事態に巻き込まれそうになったので彼女は慌てて家に戻って襲われそうになった母を安否を確認した。気絶してへたり込んでいたので肩を揺らして起こしてみると、深優姫の姿を見た母は勢いづけて肩を掴み、マジマジと見つめた。
「みゆちゃん!!! 無事だったの!?」
「えっ? あー、うん、まぁ、ね。二階から飛び降りて逃げてたの。お母さんこそ、大丈夫?」
「私の事はいいのよ!! ホント良かった……!! ホントに無事でっ……!!」
彼女が魔法少女に変身して撃滅したとも知らずに、母は号泣して深優姫を抱き締める。心配してくれるのは有り難いが、今は感傷に浸っている暇は無かったので優しく引き離して部屋に戻ったのであった。