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プリン・荒モード!  作者: 都月 奏楽
三章『トゥ・リセット・ライフ編』
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23話 『ハート・ブレイク・スピア』

深優姫と乃白が走る事、数十分。お互い負傷した身体で全力疾走した為か、遠ざかる事無く、彼女を公園の所で追い詰める事が出来た。

 やっぱりまだ治ってない為か、脇腹がズキズキと痛む。元々体力は無い身体の肺も息切れで潰れそうだった。大きく深呼吸しながら呼吸を整え、額の汗を拭い、同じく屈んで息を荒げる乃白を問い詰めた。


「アンタ、何で、逃げる、のよ?」


「そう言う、アンタこそ、何で追いかけるんだい?」


 質問を質問で返すなァーッ!! と言いたい所であったが、答えないと返事してくれ無さそうな感じであったので、大きく息を吐くと深優姫は彼女の両肩を掴んで確と目を見つめる。


「私は知らないといけないのよ。アンタが何で見逃したのか。そして何で私を助けたのか」


「……知ってどうするんだい。アンタ、魔法少女とやらだったら分かってるだろう? アタイはスパイシアで、変身していない今のアンタなら、軽く殺せるって事に」


「いーや。違うね。……乃白。本当は誰も殺せない。ううん、殺したくないんでしょ?」


 深優姫のその言葉に乃白は目が泳ぎ、分かりやすく動揺する。そして、その心の揺れを誤魔化すかのように啖呵を切りながら胸倉を掴んで睨み付けた。使い魔二人は少し焦ってはいたが、深優姫だけは平然とした態度で見つめていた。


「言葉に気ィ付けなよお前。何でも御見通しみたいな顔して御託をベラベラと……。アタイの気まぐれで見逃してやったってのに分かってないのかい? ――とんだ大馬鹿だねぇ!!」


「大馬鹿はどっちだか。アンタ、嘘は吐けない人間でしょ。私も嘘は得意じゃないけど、アンタみたいな馬鹿正直な人間(・・)は初めて見るね」


 その言葉と共に、乃白はスパイシアに変身する。そして、剣の切っ先を深優姫に突き付けた。それでも尚、深優姫の余裕の表情は変わらない。


「カスタイド・プリンセスに変身しろ。でなければ、他のヤツの命を奪う。そしてこの肩の傷を治す。それでもいいのか?」


「ミユキ、変身しなくちゃあ危険だ。ヤツは本気だ」


 渋々、深優姫はタブレットを手に取り、カスタイド・プリンセスに変身する。それを待っていた、とばかりに乃白は距離を取り、剣を構えた。けれども、深優姫はそれを逆らう様に動かずに居た。


「どうした? 構えろ、カスタイド・プリンセス」


「…………」


「だんまりか? ……何とか言えッ!!!」


 乃白の叫びと共に、パンチが炸裂する。少しよろけたが、深優姫はしっかりと両足を地面に着ける。それでも、彼女は動かない。

 スパイシアが咆哮を轟かせる。そして、カスタイド・プリンセスの弱点である、傷痕に膝蹴りを食らわせる。痛みに悶える彼女にひたすらに追討ちを掛ける。無抵抗のまま、彼女は倒れた。深優姫は何故か、落ち着いた表情を浮かべて乃白を見ていた。

 持っていた剣を突き付け、止めを刺そうと、振り上げる。そのまま数十秒程、動きが固まっていたが、叫びながら振り落した。


「……何で避けない」


「何で止めたのかって返してあげるよ」


 カスタイド・プリンセスの横に突き刺さる剣。乃白は殺す事が出来なかった。そして深優姫は確信する。椎名乃白はまだ、人間の心を持っていて、スパイシアに心を奪われていないと。


「……アンタ、アタイを殺さないのかい?」


「いくらスパイシアだからって、悪い事もしていない奴を倒すのが正しいの?」


「……アタイらは存在してはいけない何か。少なくともアタイはそう思っているさ」


「いいんじゃないの? 人間だって救いようの無い悪い奴はごまんと居るんだし、悪くないスパイシアが居てもね」


 さっきの攻撃を受けて、開いてしまった傷を抑えながら、深優姫は立ち上がる。乃白は彼女の姿に怖れている様にも見えた。


「でもハッキリとさせて欲しいね。アンタは人を殺したくないのか、をね?」


「アタイは……、アタイは!! 誰も殺したくない!! けど、アタイはもう死にたくない!! ネロ様を裏切りたくない!!」


 スパイシアの姿から人間の姿へと戻った乃白の言葉、つまり本心を聞き、深優姫は安堵する。聞いてしまった以上、最後まで聞くのが筋だというものである。


「……何でも言って。乃白の、全てを」


 乃白はゆっくりと語る。スパイシアとなった自分の過去、そして今までの生き方を。深優姫は静かに耳を反らさずに、聴く。



 乃白が十三歳の時、両親は離婚した。理由は分からなかったが、父に原因が有ったのだろう。父はその後の消息は不明。親権は母方へ移り、二人で暮らす事になった。しかし、母の働いた分では生きていけず、経済の都合上、新たに再婚した義父が家族として住む事になった。

 しかし、その男は乃白の事を邪魔な存在だと思われたのだろうか、酷い虐待を受ける。母は、酒で酔ったふりをして見て見ぬふり。


 ある日、とうとう乃白は家を追い出される。呑んだくれて母も助けてくれない。そのまま町を歩き、途方に暮れ、飢え死にしそうになった時、奴が現れる。ネロ・ハーバーと言う男が。


「可哀想に。もし良かったら僕の所に来るかい?」


 ネロは小汚くみすぼらしい少女を手厚く歓迎してくれた。美味しい料理、暖かい風呂、楽しい時間、全てが天国の様に見えてきた。暫く経つと、ネロはある提案を出してきた。


「ああ、そうだ、君。お母さんに捨てられたのだろう? ヨリを戻したいとは思わないかい? 自分に酷い事をしてきた男に仕返しをしたいと思わないかい?」


「……したい。アタイ、したい!!」


 乃白はネロに脳を改造され、スパイシアとなる。そして、家を襲撃する。今までの重ねた恨みを男にぶつける。半殺しにして悶え苦しんでいる所で、標的を母へと移した。


「お母さん……」


「ひっ!! こ、来ないで!!」


「何で、アタイを捨てたの? 何でアタイを助けてくれなかったの? 理由とか、あるよね?」


「お、お願い!! 命だけは許して……!!」


「ねぇ、何で何も言わないの? 答えてよ、ねぇ」


 乃白は剣で軽く脅し、母を失神させる。もう、見損なった。彼女が幼いながらに感じたのはそれだけだった。決別を済ませた以上、もう用は無い。住んでいた家を後にした乃白は、そのままネロの所へ戻った。


「どうしたんだい? 家に帰ったんじゃあ?」


「……もう、アタイに帰る場所なんて、無いから」


「……そうか。じゃあ、僕と一緒に来るかい?」


 ネロは、自分と同じ様な、スパイシアの適合者を探しているらしい。真意は分からなかったが、悪い事をやっている事には気付いていた。けれど、もう、一人になるのは嫌だった。子供ながらに、彼女は藁をも縋る思いでネロを当てにしていたのだった。


「コイツが新入りィ? まだガキじゃねーか」


「フフフ、分析結果によればこの子は君よりも能力は上だよ、明石君」


「しかし、この様な子供は初めてでござる。不安は拭い切れんでござるよ」


「肯定。任務に支障を来す可能性は極めて高いと計算する」


「心配ないよ。彼女は出来るさ。……僕の言う事、やってくれるよね?」


 乃白は頷いて即答する。こうでもしないと、自分はもう生きていけないから。ネロの命令は絶対だった。人間を殺し、その中でスパイシアの適合者を探し集めると言う使命だけは。それに逆らえば、確実に殺される。そして、自分を此処まで育ててくれたネロを裏切りたくないという思いもあった。

 普通のスパイシアは抑えきれない殺人衝動に駆られ、見境無く人間を襲う。そしてある程度の生命エネルギーを奪った所で、ようやく治まる。けれど、乃白は特別で、スパイシアに変身しても、理性だけは残っていた。殺人衝動を抑えられるスパイシアだったのである。

 彼女はずっと、スパイシア時の能力の抜け殻を使った死体偽造を繰り返し、殺すふりをしていただけだった。ネロに悟られない様に、ずっと。これからも、そのつもりだった。



「……じゃあ、アンタはずっと殺すふりをしてたってワケ?」


「……そうだよ。こうやって、ね」


 乃白は脱皮をし、抜け殻を作る。すると、その抜け殻は深優姫の姿を模り始める。そのもう一人の彼女に剣を突き刺すと、そのまま身体が透明化し、死亡した。結構凝ってるね、と深優姫は死んでいく自分をまじまじと見ながら関心していた。


「カスタイド・プリンセスやマスクド・シャイニングも、ちょっと痛い目に遭わせて戦えない様にするつもりだった」


「だからって、ちょっとやり過ぎじゃない? めっちゃ痛いんだけど」


「それは悪かったよ。アタイも頭に血が昇り過ぎていた」


 全ての真相を聞き、深優姫はホッと胸を撫で下ろした。もし、乃白がスパイシアで容赦無く人を殺しているのなら、自分は戦うしかなかったからだ。しかし、スパイシアとはいえ、悪事を働く者と戦う理由は無い。


「……アタイ、アンタと出会えて良かったよ。深優姫。アタイってさ、あれ以来、友達っぽい奴とか居なかったからさ。ネロ様は何かちょっと違ったし、アイツらは全然違うしでさ。……けど、もう友達じゃなくなっちゃうよな。アタイはスパイシアでアンタは魔法少女だからさ」


「何言ってんのよ。スパイシアだろうが、魔法少女だろうが、関係無いよ。アンタは椎名乃白。私の友達のままでいいじゃない。アンタの事、もっと知りたいからさ」


「けど!! アタイ、アンタに怪我させちまったし……!! それに、色んな人に怖い思いさせちまったし……!!」


「それはおあいこ様。そんなんで絶交になるなら友達でも何でもないよ。人間って、傷つけたり傷つけられたりするものだからね。……私とじゃ嫌、かな?」


 深優姫の言葉に、乃白は思わず涙が零れた。もう、スパイシアでも何でも無い。彼女は正真正銘、深優姫の友達の一人の椎名乃白である。


「……有難う深優姫。アタイ、こんなに嬉しい事、初めてだよ。こんな事言ってくれるの、アンタだけだったから――」


「遺言はそれでいいな、裏切り者」


 乃白の目が見開く。彼女の心臓部には刃物が後ろから突き刺さり貫通していた。そして、其処から、白い血液が溢れてくる。容赦無く抜き取られ、喀血しながら膝を着く。後ろには、鉢の様なスパイシアが、白く血塗られた漆黒の槍を構えていた。


「乃白……!! 何で……!!」


「いいんだよ……。アタイの事……、バレちゃったみたいだし、ね……。こうなる事は分かってた……。深優姫……、最期にアンタに逢えて、本当に良かった……」


 カスタイド・プリンセスは大量の血液と共に倒れていく乃白の姿を目の当たりにし、動揺する。そして、後ろのスパイシアの仕業と理解すると、怒りの雄叫びを挙げながら、マジカル・シザースを構え、新手のスパイシアに突撃していくのであった。

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