20話 『食うかい?』
時は過ぎ、六月に入る。スパイシアの脅威は未だ存在しているが、着々と被害は減りつつあった。それもカスタイド・プリンセスとマスクド・シャイニングの活躍あってのことである。
そのカスタイド・プリンセスの正体である深優姫の在学する翠逸覇帝嗣慧高校は、そろそろ実施される遠足の話で持ち切りであった。発表された場所は甘魅町から遠くにある少し小さな、どちらかというと親子と楽しむ為にある遊園地であった。
小学生じゃあるまいし、と深優姫は某夢の国や大阪のテーマパークの様な大規模な所だと期待していたので、不服に思った。杏子も蜜希も同じ事を思っていたらしく、微妙そうな顔をしていた。周りのクラスメイトも、はしゃいでいるのが二割、がっかりしているのが八割位であった。
「まぁ、一年生の遠足ってこんな物じゃないかな~?」
「確かに、修学旅行とかは二年生からよね……」
「今年の修学旅行は北海道行くみたいだね」
どうせつまんないし、今年はパスしてもいいかな。深優姫は遠足で浮かれてはいなかった。それよりも、自分が不在中の際に町のスパイシアをどうするのか、としか考えられなかった。
マスクド・シャイニングもその日に必ず居るという根拠もないし、前日の苦戦した件もあるのでそう簡単に離れる訳にもいかないのである。
「私行くの辞めようかな」
「えぇ? アンタ何言ってんのよ。折角の高校の思い出を潰すなんて。それに、アンタはどっちかっていうとこーいうのは中学生の時まではしゃいで喜んでたじゃない」
「だって私ら、そんなチンケな遊園地で楽しむ歳じゃないじゃん? 高校生だよ?」
「確かにそうだけど、別にそれだけで楽しむとは限らないよ~?」
杏子と蜜希の言っている事は理解出来るが、スパイシアの事を頭の隅に置いてでも、そこまで楽しめるとは思えないのである。深優姫は、分かった分かった、と二つ返事で説得を聞いたふりをして、一先ず黙らせた。
※
放課後、何となく遠回りしてから帰ってみる事にした深優姫。通りかかったのは、噴水と石畳が特徴的な公園であった。様々な色が咲き誇る花々と決まった曜日に現れるクレープの屋台から、町ではデートスポットとして有名である。
深優姫はお目当てのクレープを食べようと公園を通りかかってみると、長閑な風景に場違いの倒れている誰かが道を塞いでいた。しかし、この俯せに倒れている少女は見覚えが有った。
「……椎名、乃白、だったっけ? この子」
以前、ゲームセンターでガラの悪い男達から助けてくれた少女であった。独特な喋り方をしていたから印象深かったので直ぐに思い出せた。そんな道端で横になって微動だにしない彼女を不審がって誰も見向きもしていなかったので取り敢えず、肩を揺すってみた。
「ねぇ、どうしたの? 具合悪いの? 救急車呼ぼうか?」
「……ら」
「へ?」
「……腹減った」
何てテンプレートな行き倒れなのだろう。深優姫は思わず鼻を鳴らして笑ってしまった。しかし、彼女の壮大な腹の音を鳴らしているから深刻な状況なのだろう。丁度近くにあったお目当ての屋台も見つかったので、急いで二人前のクレープを買ったのであった。
※
「いやぁ、助かったよ。流石に三日は持たなかったねぇ」
「まぁ、この前のお礼が出来てなかったから、それでイーブンって事で」
「……っていうか、何でアンタは飢餓寸前のアタイより食の進みが早いんだい?」
二人前、といっても二十数枚であるが、様々な具を巻き付けたクレープを二人はベンチに座りながら貪り食う。何とも異様な光景であろう。現に、二人を中心とした半径十メートル圏内には誰も近付こうともしていなかった。
「……で、何で行き倒れてたワケ? 両親は?」
「アタイの両親は……居なくなった」
途端に乃白の顔が曇り、持っていたクレープの動きが急停止する。やっちゃった、と深優姫は彼女の触れてはいけない話題だと気付いて、思わず後悔してしまった。
「……あー、そうなの。ゴメン、軽はずみで変なコト聞いちゃってさ」
「いや、別に構わないよ。そりゃ、アタイも本来の歳なら中学に行ってなきゃいけないみたいだしね。制服も着ないでプラプラしてたら、そんな疑問も出るさね」
……中学? この子、中学生? 私よりも年下? 乃白の何気に放った言葉に思わず食いついた。確かに自分よりも童顔、肌の黒さ、背の低さ、中学生に見えなくはない気はした。深優姫よりも何倍も大きい胸以外は。
「それにしても、大変じゃない? よくここまで成長したものだね……」
「まぁ、最初は大変だったね。明日を生き抜くのにも精一杯だったさ。今日だけは本気でヤバいと思ったけどね」
「ていうか、食べ物もありつけない体なのにゲームなんてしてる余裕なんてあるの?」
「現実逃避にはうってつけだったからねぇ。あ、最初に言っとくけど、金銭のやりくりとかは詮索しないでくれると有り難いかな?」
要するに、窃盗行為をしているんだろう。正義感の強い人間なら、警察に通報なり、怒りに駆られ説教なりするだろうが、深優姫は、乃白の言葉通りに、追及する事はしなかった。
以前、国語で習った事のある、芥川なんちゃらのなんちゃら門にも、『生きる為に行う悪はしてもいい悪だ』とか何とか言っていたし、彼女はそうしないと生きていけないのだろうと勝手に解釈した。
「まぁ、とんだクソ親だって事は分かったよ。産んだ子を捨てて育児放棄なんて、世も末だね」
「……えっ? あ、いや、違う……。……まぁ、それでいいか」
少し茫然とし、しどろもどろに喋りながら意味不明な返事をする乃白。それってどういう意味? 深優姫が聞き出そうとした瞬間、鞄のマジカル・タブレットが振動を始めた。タイミングの悪いスパイシアの出現に彼女は思わず苛立つ。
「いっつもこんな時に……!」
「どうしたんだい、深優姫?」
「何でも無い! 私、用事が出来たから! じゃあまたね、乃白!」
「あ、そう言えばアタイも用事が出来たんだったな……。ああ、また今度な、深優姫!」
そう言って、深優姫は家とは逆方向へ走り出し、近くにあった公衆トイレのブースで変身を済ませ、丁度女子トイレに入ろうとして擦れ違った女子に驚かれながらも、彼女はスパイシア目掛けてスケートを滑らせていくのであった。
『……ミユキ』
「何!? ちょっと後にして!」
『君が居た公園にスパイシアが新たに出現したんだよ』
「それは早く言いなさいよ!!」
『……今更だけど君は少し理不尽過ぎやしないかい?』
「仕方ないわね……。マスクド・シャイニングに連絡して、アイツをそっちに向かわせよう。そして私の方はちゃちゃっと終わらせて援軍に回るって事で」
『……何か嫌な予感がするよ。気を付けた方がいい』
不吉なコト言うなっての!! 深優姫は使い魔二人を怒鳴りつけながら、ひたすらにスパイシアへと直進していくのであった。
※
「……さて、アタイもそろそろ仕事をしないとねぇ」
そう言って、奢って貰ったクレープを全て食べ終え、乃白はベンチに立ち上がり、首と手首を鳴らして準備運動を始める。そして狙いを、噴水手前のベンチに座りイチャつくカップルに目を付ける。ゆっくりと、軽い足取りで近付く。彼等が此方へ近付いている事に気付き、不審げな眼差しで睨み付けてきたが、歩みを止める事は無かった。
「悪いね、アンタ等には協力させて貰うよ。アタイが生き延びる為にも、な?」
乃白の身体が変わり始める。奇妙なエフェクトと共に、彼女の全身の空間が歪み始める。そして、椎名乃白だった姿が、漆黒の肌を持つスパイシアに変わった。蛇の面影を持ったスパイシアは、背負っていた剣を手に取り、悲鳴を上げるカップルに襲い掛かったのであった。
 




