19話 『魔法少女・ポップ・チェーンソー』
深優姫と一緒に学校を抜け出し、彼女と別れた陽輔はマスクド・シャイニングに変身し、取り敢えずは二つある内の、研究所方面にある現場へと向かった。もう一方をほったらかしにしても、どうせあの馬鹿がノコノコやってきてちゃちゃっと倒すだろうと踏んでいたからだ。
「樫原さん、オレが向かってない方にアイツは来ていますか?」
『あぁ、カスタイド・プリンセスは現場に到着して交戦しているよ。丁度、此方からも連絡が有ってね。……気になるのかい?』
そんなんじゃない!! マスクド・シャイニングは声を荒げた。そんなに怒る事無いじゃないか、と民人は苦笑交じりにぼやいた。何であのクソッタレの事を心配しなくてはいけないんだ、と彼は独りでに苛ついている内に、スパイシアを索敵。長い尻尾、そして妙に親近感のある顔からして、猿の様なスパイシアであった。猿は見向きもせずに人々を襲い掛かろうとしていた。
先手必勝とばかりに、急接近し、パンチを一発。瞬時に危機を察知したのか、スパイシアは身を翻して回避する。威嚇の様な声を挙げ、背中に背負っていた棍を構え、臨戦態勢に入る。マスクド・シャイニングもシャイニング・クロスを構え、ゆっくりと間合いを詰めていく。
「キシャアアアッ!!」
「そこぉっ!!」
ほぼ同時に繰り出された布と棒がぶつかり合い、音を鳴らす。十回弱程、打ちかまし合いを続け、シャイニング・クロスは棍に巻き付かれ放り捨てられた。武器が無くして丸腰になったマスクド・シャイニングに容赦無い突きをお見舞いさせようとした。
武器は飽く迄牽制用で、本領は徒手空拳だという事を知らない猿は、彼の強烈な蹴り上げで吹き飛ばされた棍に思わず戸惑っていた。その虚を衝き、マスクド・シャイニングは拳の突きと蹴りの連続攻撃を浴びせる。
「キャキャキャ!」
側面蹴りで飛ばしたスパイシアにリミッター解除のキックで止めを刺そうとした瞬間、猿は後頭部を抓む様な動作をしてから、手を振り払うと、黒い塊の何かが地面に粘着し、その黒から姿形が同じのスパイシアが産まれ出したのだ。思わず時計に伸ばしてた手を止め、構え直す。
スパイシアは増殖する自分の姿に紛れ込み、自然界のサルの様なアクロバティックな動きで惑わしながらマスクド・シャイニングを取り囲んだ。
「ど、どれが本物だ!?」
背後から飛び掛かって来た猿にカウンターの上段蹴りを一発。しかし、身体に脚が入った途端、スパイシアの姿は忽ち黒ずんでいき、消滅していった。三百六十度、忙しなさそうに見渡して警戒する彼を、猿は愉快そうに笑いながら動き回り挑発する。
「これか!? いや、コイツか!?」
最初こそは善戦していったものの、全て分身に攻撃が集中し、本体に当たる事は無かった。分身体は本体より弱いが、数で圧倒され、次第に押されていき、一体に羽交い絞めにされながら分身が各々持っていた棍で叩き付けられ、リンチを食らう。ダメージが蓄積していき、群の中でよろける彼に通信が入った。
『陽輔君! ここは撤退しよう!』
「でも、どうやって!?」
『僕に任せりゃあいい! 少しの間、持ち堪えてくれ!』
民人が通信を切り、数分程、マスクド・シャイニングは男の指示通り防御に徹し、猿達の好機を待ち構えていた。通信のコール音が鳴り響いた。
『陽輔君! 直ぐにしがみ付いててくれ!』
何を言っているのかはサッパリであったが、マスクド・シャイニングは地面にパンチを入れ、拳を埋めてしがみ付いていると、突如凄まじい突風が自分を含む猿達に襲い掛かった。何とか吹き飛ばされずに済んだが、油断していた大勢のスパイシアは竜巻に飲まれ、宙を舞い、吹き飛んだ高所から叩き付けられて一気に消滅。本体だけがのたうち回っていた。
「お前は……!」
「樫原さんの連絡を聞いて駆け付けたの。言っとくけど、アンタを助けたワケじゃないからね」
「……何でもいい。礼を言う。……敵を片付けてやって来たってワケじゃあなさそうだな?」
タブレットを持っているカスタイド・プリンセスの後ろに居る、ゆっくりと追いかけていく亀の様なスパイシアを見て、マスクド・シャイニングはゆっくりと立ち上がり、確と標的を変えた。
「ここは敵を交換した方が得策だね。アンタもその猿に手こずってるみたいじゃん」
「ほざけ。兎に角、あの亀はオレがやる。猿はお前に任せた」
「オーライ!」
マスクド・シャイニングは亀と対峙する。後ろのカスタイド・プリンセスは猿と対峙する。スパイシアも、互いに標的を変えて攻撃を仕掛けようとしていた。
「あのスパイシア、どんな感じだ?」
「硬い。ノロい。以上」
「適当な事言いやがって。まぁいい、ならオレの新しい技で仕留めてやる」
カスタイド・プリンセスから敵の情報を聞き取り、マスクド・シャイニングは宙に舞っていたシャイニング・クロスを手に取り構えた。敵は重い身体を揺らしながら此方に向かってくる。
そのまま突っ込んでいき、マスクド・シャイニングは小手調べとしてパンチとキックをそれぞれ打ち込む。確かに硬く、効いている感触は無かった。敵の遅い攻撃を避け、少し距離を取るとシャイニング・クロスを構え、勢い良く伸ばした。
何度も当て、爆発を起こしてみるが、ヒビ一つ入っていない。すると、今度は何重にも巻き付け、拘束すると同時にピンと張ったシャイニング・クロスを思い切り引っ張った。すると、巻き付いた箇所に幾重もの爆破が迸った。
「!!?」
「いくら硬くても、熱の攻撃は効くだろ?」
一点集中爆破を受け、亀の胸部に亀裂が走る。この傷こそがマスクド・シャイニングの狙っていた物であった。怯んでいる隙に、リミッターを解除。背中のユニットを展開させ、コロナ・ストリームを放出させる。高く跳び上がり、宙返りしながら思い切り脚を伸ばした。亀が攻撃を防ごうと両手を交差させたが、そのまま腕ごと突き破り、ヒビに足がめり込ませながら、そのまま壁際まで押し出す。そしてもう片足で蹴り上げ、亀に刺さっていた足を抜くとそのまま爆発した。
「……よし」
マスクド・シャイニングが後ろを向く。丁度、カスタイド・プリンセスも敵を倒したらしい。
※
時は少し戻り、マスクド・シャイニングが亀と対峙していた時と同時刻。カスタイド・プリンセスは群がる猿達を片っ端から倒していく。複数同時相手こそ、魔法少女は有利になる。マジカル・ブラストの突風で吹き飛ばしていくも、本体はひたすらに分身を作り出して逃げ出そうとしていた。
「もう、アンタ達のサル顔は見飽きたよ! これで仕留める!」
彼女は武器を変える。それは、鋏やスレッジハンマーが可愛く見える程、凶悪な代物であった。鋭く小さな刃を纏め、それを回転させるチェーンソーであった。彼女はハンドルを持ちながら、リコイルスターターを思い切り引っ張り、エンジンを駆動させる。聞くだけでも恐怖を感じさせる、チェーンソーの独特な音と共にスパイシアへ目掛けて突っ走った。
「無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
分身を盾にしているが、無駄な抵抗であった。オーラ・アームズによりリーチと切れ味を増したチェーンソーに掠っただけで、消滅する。ブンブンと振り回し、有象無象を薙ぎ払う。本丸まで難なく突破でき、抵抗虚しく猿は背を向けて逃げようとするが、カスタイド・プリンセスは容赦無い一突きを腹部に。スパイシアの肩を掴み、腰を捻りながら貫通させた刃を横へ引っこ抜くと、そのまま倒れ込んで灰化してしまった。
「……よし」
振り返って、マスクド・シャイニングを見ると、彼もまた亀を倒していた様であった。
確かに気に入らないし、協力するなんて有り得ないと思ったが、この戦いで悪くは無かった。深優姫はそう実感する。仮面越しで表情が分かる訳無かったが、少し笑った様な気がしたので、彼女も微笑み返した。
『二人ともお疲れ様。何だかんだ言って、やっぱり二人で戦う方がいいでしょ?』
「……まぁ、一理、あるな」
『どうかな? 今日は変身を解いて夕食でも食べに行ったら――』
「こんな奴と一緒に食べたら御飯がマズくなるよ」
「てめぇが言うな!!」
「何よ!!」
またしても、二人は道端で取っ組み合いの喧嘩を始めた。ラメイルとヴァニラ、そして民人は、いつまでも変わらない子供のヒーローを見ながら、苦笑を浮かべたのであった。
 




