11話 『変身音は気にするな!!』
怪物も人間も殺しかねない猛毒のコロナストリームが流れるスーツを装着し、戦う事を決意した陽輔。まだ高校に入ったばかりの少年を全力でサポートする民人を始めとする研究員達。
陽輔が少しばかり別室で待機している中、入室してきた民人が差し出したのは、前腕を覆い隠す様な、黒と金で統一された独特な窪みのあるバングルと、カーキ色の背景と翡翠色に光る現在時刻を現した液晶を持つ黒色の腕時計であった。
「これがスーツを装着する為の鍵とその鍵穴だ。使い方は簡単。腕輪をどっちかの腕に装着させて、時計を嵌め込めばいいだけだよ。試しにやってみて」
手渡され、早速と陽輔はバングルを左腕に装着。関節を曲げたまま、腕時計を下から上へ、スライドさせる様に装填。カチッという音が鳴るまで完璧に入れると、独特な電子音と共に腕時計が光りだし、其処から黒い部品が展開。一瞬のうちに全身に行き渡り装着。あっという間に、先刻見ていたスーツ姿へと変わっていた。少し差異があるのは、装甲の隙間が赤く光っていると言う事である。
「す、凄い!! 日本にこんな技術が有ったなんて!!」
「死に物狂いで開発したからね。極秘中の極秘だよ。こんなのが知れ渡ったらクソッタレな奴等に悪用されるのは目に見えてるし、僕達の命も狙われそうだしね」
鏡に映る別の姿に興奮する陽輔、それを可笑しそうに笑う民人。スーツを装着した者の視点はと言うと、肉眼で見た景色と遜色の無いモニターで前方の視覚を映像化。しかし、所々に数値やら様々なグラフが動いたりと忙しなく感じる物であった。
『マイク音量大丈夫? チェック、ワン、ツー。――よし、問題無いみたいだ。陽輔君、聞こえる?』
極短い二拍子のコール音の後に音脳から直接喋り出した様な民人の声が響き始める。後ろを振り返ると、彼はいつの間にかヘッドセットマイクを頭につけて、タブレットを片手に此方を見ていた。何をしていいのか分からずに落ち着きの無い動きをしていると、民人は自分の左耳を人差し指で突っ突き始める。真似をする様に陽輔は左耳にあった小さなボタンを押し込むと、いつの間にか映像の左下にあった雷のアイコンの隣にマイクのアイコンが表示された。
「はい、聞こえます。こんな機能も有るんですね」
『抜かりは無いよ。これで好きなタイミングで通信も取れる。僕からはこのタブレットを通して君のスーツからの視覚を共有出来るしね。サポートは万全だよ』
もう一回左耳のボタンを押すと通信は切れ、二つのアイコンも消えた。良く出来ているな、と思い陽輔は試しにその場突きを一発打ち込んでみた。武術のぶの字も知らない自分からは想像出来ない程の力が漲っている事が瞬時に理解した。
「他にも色々と機能が付いてるけど、後々追って説明するね。まずはこれ。」
民人から渡されたのは、漆黒の鎧とは対となる、混じり気の無い純白のマフラー。これには何の意味があるのか分からずにスーツの首に巻き付けられられた。
「うんうん。やっぱりコレが無いとね」
「これは?」
「武器だよ。このスーツにも武器を持たせないとね」
これが武器になり得るのかは分からないが、無意味な事をしない人だとは思っていたので、敢えて武器になるんですか? 等と言った野暮な事は口にしなかった。さっきまでの会話の中で陽輔は少し引っ掛かるところが有った。
「……そう言えば、このスーツって名前が有ってもいいんじゃないですか? その、何とか駆逐スーツって長ったらしいですし」
「ふふふ、そんな事があろうかと、実は名前を決めていたんだ。君の陽輔という名前から取った『マスクド・シャイニング』ってのはどうかな?」
ますくど、しゃいにんぐ。仮面を被る陽光という事なのだろうか。捻りが無さ過ぎてどうかとも考えていたが、陽輔自身、特に思いつく様なネーミングが無い為、それで決まりとなった。
「後、怪物の名前は噂によれば『スパイシア』と呼ばれているらしい。怪物自ら名乗り出る時が多く、そいつ等が自称していた。スパイシア、人間に欺き(SPY)人間を殺し透明化させる(SHEER)か。僕よりもネーミングがいいよねぇ、憎たらしい」
民人が勝手に苛立っていると、ノックもせずに勢いよく開ける研究員の一人が。どうも慌ただしそうに、彼のマナーの注意の言葉を押し退けて喋り出した。
「樫原博士!! 大変です!! スパイシアです!! それも二体です!!」
突然の非常事態に民人の表情が一変して締まった物となる。急いで部屋を抜け出す彼に、腕時計をバングルから外してスーツを解除した陽輔も一緒に追いかけていく。
「場所は?」
「甘魅町、一丁目33-4!!」
「此処から近いな、発生時間は?」
「一匹目はレーダー察知から5分弱経過! 二匹目はつい先刻!!」
「……よし、陽輔君。初陣となるが、頑張ってくれ。僕も応援する」
「はい!!」
力強く頷いた陽輔は、再びバングルを装着し、腕時計を嵌め込み、マスクド・シャイニングに変身してビルを後にするのであった。
※
「貴様……、何者だ?」
「……オレは『マスクド・シャイニング』。お前達を倒す。……それだけだ」
マスクド・シャイニングの強度は凄まじく、石を真っ二つにする程の刃を受け止める事が出来た。そして何よりも特出したのは速さである。身のこなし、攻撃の連打、全ての身体能力が常人の桁違いで、ハイスピードで敵を圧倒していく。そしてその陽輔自身の身体負荷を感じさせない事こそがスーツの役割でもあるのだ。
敵が猛打をまともに喰らい、グロッキー状態になると、突然通信のコール音が入り出した。ボタンを押すと、先程の様に民人の声がスーツの内側に響き始める。
『陽輔君。敵が怯んだ今がチャンスだ。腕時計のボタンを押して、リミッターを解除するんだ。そしてキックでコロナストリームを打ち込むんだ』
言われるがまま、陽輔がボタンを押す。すると『FULL FORCE』というアナウンスと共に背中の丸いユニットが突起。其処から大量の薄紅色したコロナストリームが放出し、マスクド・シャイニングを包み込んだ。
「はぁああああッ!!!」
高く跳躍し、一回宙返りを挟みながら、スパイシアの背の二倍程の高打点からの跳び蹴りを打ち込む。地面にめり込み、スパイシアはコロナストリームの猛毒に悶える様にマスクド・シャイニングの足首を掴んで抵抗しようとしていた。しかし、弱り切った手は届かず、彼の追討ちの踏み付けで完全にエネルギーを注入され、蟷螂はそのまま力尽き爆発。見事、初陣を勝利に収めたのである。
魔法少女と交戦していた残り一匹も、逃げ出し、マスクド・シャイニングは学校で噂になっていたカスタイド・プリンセスと対峙する。ただ見つめるだけで何も発しなかったが、陽輔は第一に『気に入らない』と感じた。理由は分からなかったが、こんな奴は認めないと強く感じた。そして、こんな奴に任せ切れないと勝手に足手纏いと決めつけた。
少しの間睨み合った後、お互いそのまま背を向け、マスクド・シャイニングは樫原民人が待つ本拠地のビルへと戻っていくのであった。
 




