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迷い霧

作者: 尚文産商堂

「しまった、ここはどこだ」

車を走らせていると、1本道のはずなのにいつのまにか霧が立ち込める山の見知らぬ森へ走り続けていた。

普通車で、しかもガソリンが切れかけている状況で、俺一人迷うなんて言うことが、どれほどの恐怖か。

それに、さっきから携帯電話も圏外になっている。

その時、霧がゆっくりとだが晴れ始めた。

「よっしゃ、これでなんとかなる」

そう思ったのもつかの間、道路は山頂で止まっていた。

その山頂は、平べったく、小屋が1軒だけあった。

「しかたない、ちょっとお邪魔させてもらおう」

そう思い、小屋へと車を降りて近寄る。

「ごめんください、すこし困ったことになってしまい…」

小屋のドアをこぶしでノックしながら、誰かいないか様子をうかがった。

中から、ごそごそした音が聞こえてきたと思うと、ドアがガラガラ開いた。

150cmぐらいの老婆が、俺を見上げていた。

「おや、お客さんなんて珍しいですね。どうなされたのですか」

「申し訳ありませんが、電話を貸していただけませんか。車がガス欠寸前で…」

「それは大変でしょう。まあ、上がってらっしゃい」

俺は、老婆に言われるがままに、家へ上がらせてもらう。

「もしかして、霧に巻き込まれたのでは」

お茶をいただきながら、老婆は俺に話す。

「ええ、そうなんです。霧に巻き込まれて、気付いたらここにいたんです」

「年に1人か2人ほど、この山に発生する霧に巻き込まれるんですよ。迷い霧って言いまして、その霧に巻き込まれたら、どこか知らないところへ連れ去られるって、神隠しにあうとも言われてます」

俺に微笑みかけながら、せんべいの袋が入ったお皿を勧めてくる。

俺はそれらに手を付けず、老婆の話を聞いた。

「じゃあ、ここはどこなんですか」

「迷い霧を抜けた先の、単なる山ですよ。私はここで、お客さんが来た時のもてなしをするように、管理をしているんです」

「管理って、国からとか頼まれてるんですか」

「国というよりかは、この山の所有者の方からですかね」

「そういえば、少し聞いてもいいですか」

「なんでしょうか」

老婆は、俺に電話の受話器を貸しながら微笑んでいる。

「あなたのお名前を聞いても」

「私の名前を聞いても、何にもなりませんよ」

ホッホッホッと笑いながら、俺にこたえる。

「じゃあ、この山の名前は」

「ニシル山といいます。かの昔、大洪水が起こった際、箱舟がたどりついた山ですね」

「箱舟って、ノアの方舟ですか。それにしては、山の名前が違うような…」

「ノアさんが乗ってこられた方舟はアララト山というところに着きました。まあ、それは諸説あるのですがね。この山は、それよりも古いメソポタミア文明の神話の場所ですよ」

「…ちょっと待ってください。それならば、俺は霧の中で場所を超えたということですか」

「迷い霧、神隠しに遭う霧ですよ。それぐらい普通でしょうね」

笑い方がわずかに変わる。

「それよりも、電話はよろしいのですか。それとも、ガソリンを直接渡したほうがよろしいですかね」

受話器を握る俺の手が、妙に汗ばんでいる。

「ガス欠なのでしょう。困ったときに助けるのは、当然のことですからね。私が冬季の燃料として保管しているガソリン程度でよろしいのであれば、分けましょう」

「よろしいのですか」

「ええ、備蓄はまだあるので」

「なら、お言葉に甘えて」

俺は受話器を返し、車のところで待つように言われた。


老婆は、ガソリンタンクを重そうに転がしてきた。

「お手伝いしましょうか」

「ええ、では、転がすのを手伝ってもらえるかしら」

ゴロンゴロンと転がされてきたタンクは、意外と軽かった。

そして、手動ポンプでタンクの中からガソリンを抜き取り、そのまま車へ移す。

「こんなものかな」

俺は車のセンサーを見ながら言った。

「これぐらいのいいの?」

「ええ、ありがとうございます。おかげで助かりました」

「またいらっしゃい」

俺は車のエンジンがかかるかを確認してから、山を下り、再び迷いの霧を抜けた。


今度は、さっきまで走っていた山道とは違い、市街地へ出た。

「…さっきのってどこを走ってたんだろう」

俺は気にはなったが、それよりも先におなかがすいたことに気づき、近所のコンビニで飯を食べることにした。

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