自業自得
深夜2時過ぎ。
ガチャリッ!
マンションの玄関のロックが解除された音が鳴る。人影はゆっくりとマンションの廊下を進んでいく。音を立てぬように慎重に進むその足取りには迷いは無かった。
人影が歩を進める度に手にした何かが鈍く輝いている。
やがて目的地にたどり着き……
……………
……………
ひと月程前。
俺は修羅場の中に居た。
「これは……違うの!」
俺の目の前で取り乱す女。彼女の隣には1人の男。ホテルから2人が出て来たところ……女は俺の婚約者であった。そして、男は親友だと思っていた人物だ。
女が必死に言う言葉……この状況を見るに何が違うと言うのか……
青ざめる女とは対照的に男はへらへらと笑みを浮かべ。
「へっへへ。やっと気付いたか……残念だったな」
心底楽しそうに男は俺にだけ聞こえる声でつぶやく。
「昔から良いなって思った女は全員お前の事ばかりマジでムカついていたわぁ。でも、やっとやり返せたぜ」
「は?」
俺は男の言葉に呆然とする。
「どういう事だよ?」
俺ははじめての彼女であり婚約者でもある人を今寝取られたのだ。男の言葉の意味がわからない。
男は忌々しそうな表情を女には見えない角度で俺に見せて、再び小声で言う。
「お前より俺の方が財力も顔も学業もスポーツも全て勝っている俺が……好きな女に告白したら全員がお前が好きだからって断られたんだぜ。お前ごときにことごとく……ふざけんな。
だから、俺は考えたこの屈辱を晴らすにはどうすればいいか……簡単だったよ。お前の婚約者を奪えば……最後に笑うのは俺様だってね。
だか、最後にお前には感謝してやるよ。これまで見てきた女が霞むレベルの美女。まさかの人気女優だとはなぁ」
「…………」
「俺等の結婚式には呼んでやるよ。じゃぁな」
言いたいことを言い終え男は女を連れて歩き出す。俺は2人の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くした。
……………
……………
それから数日後。
ある人気女優の結婚式の日程が変わった事が彼女の事務所から発表された。そして、その日を境に彼女のドラマ/映画/CMへの出演が激減した。異例の事態であった。女優の婚約発表は自身の人気に直結する。人によっては結婚を隠して活動している女優だっているほど影響があるのだ。そんな中で何が異常かというと婚約発表時に彼女の一途なイメージから人気はほとんど落ちなかったのに……今回の延期発表で彼女の人気は地に沈んでしまった。
その異常事態を受けてか、ネットではある噂がささやかれる様になった。彼女の浮気で婚約が破談になったのでは……と。
噂は彼女にとっては致命的なものであった。スマホが鳴る。マネージャーからだった。
マネージャーからの連絡に女は力無くその場に座り込む。
「なんでよ。私はただより幸せになりたかっただけなのに」
昨日まで入っていた全ての仕事迄もがキャンセルされた。スケジュールが真っ白になった。
デビューしてあれよあれよと人気女優への道を駆け巡ってきた彼女。本来は苦労するはずの新人の頃から何かとチャンスに恵まれてきた……新人の頃だって仕事が全く無いなんて事は無かった。
まるで強大な力が働いたかの様に仕事が取れなくなった女の転落は早かった。
所属事務所が彼女を解雇する判断をくだすまでそう時間はかからなかった。
………………
………………
有頂天だった。
憎らしいヤツの婚約者を奪った事で調子にのってしまった。会社の同僚達に女優である彼女を自慢したのだ。
周囲から羨ましがられいい気分で過ごしていくはずであった。
全ての流れが変わったのは彼女の所属事務所が発表した結婚式の延期報告からだろう。
徐々に想像していた日常からかけはなれていく。
「なあ、お前が彼女と付き合い始めたって言い出したのって、結婚式延期の直前だったよな?」
同僚の言葉に顔がひきつる。
平静をよそおいつつ同僚に顔を向け、
「なんだよ。突然に」
なんとか声を出す。
同僚は俺の顔をじっと見つめ訊ねる。
「あの噂って本当か?」
「あの噂?」
おうむ返しに返す俺に同僚は無言で見つめ返すだけで答えようとしない。
俺は声と顔に動揺がでないように気をつけ、誤魔化しの言葉を並べ、彼の追究をなんとかやり過ごす事に成功した。
居心地の悪くなった職場にも少しなれ始め、噂が落ち着くまでどうにかなりそうだと希望を持ち始めたある日の事。それは起こってしまった。彼女が所属事務所を解雇になったのだ。その事実は落ち着き始めた周囲の興味に燃料を再び投入してしまった。燃料は勢いよく燃えた。
燃料は俺の言い訳を封じた。ネットの検証班が浮気の証拠をつかみ発表してしまったのだ。調子にのっていた俺の言動が首を締める……
コンプライアンス違反による解雇。
会社の上層部の判断はとても素早く弁明の機会さえ与えられなかった。
呆然とする俺に女からの連絡。スマホを手に取り、話をする。
話をする内に段々とアイツと女に対して怒りがわいてくる。俺はスマホに向かい文句をぶつける。そして彼女に更なる絶望を与えてやりたいという思いが浮かび、俺はニヤリと笑い、
「ああ。もうめんどくせぇな。
そもそも、俺がお前に声かけたのはアイツの彼女だったから……奪ってやりたいと思ったからだ。女優じゃなくなったお前の価値なんてただ顔が良いだけ……いや、疫病神だから無価値以下だよ。お前とは終わりだ!」
言いたいことだけ伝えスマホを切る。
切る寸前に向こうで絶叫していた様だけど……
「少しだけ清々した」
笑う俺。
……………
……………
朝からネット/テレビ/新聞と全てのメディアがとあるニュースで持ちきりとなっていた。
元人気女優が殺人を犯したのだ。
被害者は一般男性。腹部を滅多刺しにするというショッキングな内容でり、各種メディアが一斉に取りあげるのは当然のことであろう。
俺はスマホに届いた連絡を一読して、
「自業自得……だよ。ホントにさ」
引っ越して3日目の見馴れぬ天井を見上げて俺はつぶやいた。
……………
……………
「わたくしの推しをキズつける害虫は私が駆除致しますわ」
言って彼女は優雅に笑った。
拙い作品ですが最後までお読み頂きありがとうございます。
ジャンルを恋愛にするかヒューマンドラマにするか迷いました。




