おれが広告塔 :約3000文字 :AI
「えっ、おれ……?」
おれは思わず声を漏らした。いったい、これはどういうことなんだ……。
バイトの夜勤明けで、頭がぼんやりしたまま駅前を歩いていた。スーパーに寄って、適当に弁当でも買って帰るか――そう思ったそのときだった。視界の端に、どこかで見たことのある顔が引っかかった。
おれは足を止め、顔を上げた。陽射しを手のひらで遮りながら目を凝らした。ビルの中腹に設置された巨大な看板。そこに写っていたのは――おれの顔だったのだ。
そう、あれはおれだ。どう見ても、おれである。似ているどころの話じゃない。輪郭も顔のパーツの位置も、おれそのものだ。
おれが……笑っている、のか? 口を半開きにして驚いているような、笑っているような、なんとも微妙な表情をしている。
どちらにせよ、おれであることに間違いはない。だが、あんな写真を撮られた覚えもなければ、使っていいと許可を出した記憶もない。いったい何の広告なんだ。そもそも、なんでおれなんだ。おれは至って普通の顔だし、何なら少し不細工なくらいだ。
もっとも、最近は広告に美男美女ばかりを使う風潮も薄れてきているという。多様性だの、親しみやすさ重視だの、そういう時代らしい。だから……いや、だからって、なんで一般人のおれが……。
考えてもわからず、どこか晒し者にされているような気分になってきた。おれはたまらず、近くのドラッグストアへ駆け込んだ。棚から使い捨てマスクを一袋掴み、レジへ持っていった。会計を済ませて店の外に出ると、すぐに一枚取り出してつけた。
再び看板の前に戻り、隅々まで目を走らせた。だが、相変わらず何の広告かわからないうえに、問い合わせ番号や企業ロゴも見当たらない。企業名なのか商品名なのかも判然としない英字の羅列が並んでいるだけだ。
おれはとりあえずそれらをスマホにメモして、足早にその場を離れた。
自宅アパートに帰り、一息ついてから改めて調べてみると、どうやらあの広告は“AI生成”によるものらしいとわかった。
タレントの不祥事でCMが丸ごと差し替えになることも珍しくない昨今、絶対にスキャンダルを起こさない『架空の人間』を使おうという流れがあるようだ。
理屈はわかるが……それにしても、おれに似すぎている。いや、ほとんどおれ本人だ。
確かに、無数に人間がいる以上、誰か一人くらい顔が似る可能性はゼロではない。AIが『平均的な人間らしさ』を追求した結果、おれの顔に行き着いた。そんな偶然もあり得るのかもしれない。
だが、勝手に使われるのはやはり気分が悪い。たぶん、抗議すればすぐに広告は取り下げられるだろう。それに……そうだ。ここはもう少し泳がせたほうが賢いかもしれない。モデル料を、いや、迷惑料をたっぷりもらうのだ。広告の前で自撮りしてSNSに投稿すれば、一気に拡散されるだろう。マスコミが面白がって取り上げるに違いない。そうなれば、必ず批判するやつが出てくるはずだ。『人権軽視』だの『無断使用』だのなんだのと批判が殺到すれば、企業側は示談金を払わざるを得ないだろう。
そうなれば……ひひひ。
おれは狭い部屋を見渡し、大金が入ったら何を買おうかと妄想を膨らませた。
しかし、それからしばらく経つと、おれは驚愕した。
街に、おれがあふれ始めたのだ。
なんでも、有名なインフルエンサーとやらが、おれの顔の画像を加工してSNSに投稿したらしい。『なんか面白い』と人気に火がつき、気づけば版権フリー素材のような扱いで、各企業が次々と使い始めたようだ。
ポスターに動画広告、アプリのバナー。服や表情、ものによっては髪型や肌の色が違うが、どれもおれだ。
おれのバイト先は食品ラインの現場だから、作業中は常にマスクをつけているし、同僚との交流もない。だから今のところは気づかれていないが、それでも街を歩いていると、たまにじっと顔を見られることがある。「あれ?」と首を傾げられることもあるので、おれは外出時にマスクを外せなくなった。
SNSでの評判では、『間抜け面がちょうどいい』や『キモいかキモくないかの絶妙なラインにある』『なんか臭そう』など、明らかに小馬鹿にされていたが、完全な悪意というわけでもない。いじられキャラといった立ち位置だった。
AIを使った“おれ”のオリジナルソングまで作られ、SNSで大流行した。軽快なリズムに合わせて、おれがダンスする。再生回数は一千万にまでに上り、若者たちがそれを真似した動画もまた、数百万回再生。テレビで芸能タレントが真似して踊るなど、行き着くところまで行った。
そろそろいい頃合いだろう――そう思い立ったおれは、駅前広場へ向かった。
休日の昼間とあって、人通りは多い。家族連れ、買い物帰りの主婦、若者たち。ざわざわとした喧騒の中、おれはその中央で立ち止まり、ぐるりと周囲を見回した。
ある。あるぞ。ビルの壁面、駅舎入口、コンビニの窓ガラス。おれの広告が三つ、いや四つもあった。最近ではテレビCMにも出始めているし、知名度は確実に上がっているはず。このブームが過ぎ去る前にやるべきだ。
よし――。
おれはマスクを外し、アスファルトの上に放り捨てた。
両腕を大きく広げ、胸を張り、そしてゆっくりとその場で回り始めた。
――え、嘘。
――待って。あの人って……。
――広告の!
ざわめきが波紋のように広がっていく。やがてそれはどよめきへと変わった。通行人たちが足を止め、円を描くようにおれを囲み始めた。
次々とスマホが掲げられ、レンズがおれに向けられた。
いいぞ。狙い通りだ。確実にニュースになる。
『AI広告にそっくりの人物が実在!』『肖像権はどうなる? モデル料は? 専門家が解説!』『話題の“あの顔”本人、緊急生出演!』――そんなテロップが頭に浮かんだ。テレビ局から出演依頼が殺到する。いいや、テレビ局だけじゃないぞ。雑誌、ネットメディア――引っ張りだこだ。あの“おれ”の知名度も人気も丸々かっさらい、一気に時の人だ。おれは大金持ちだ!
おれは鼻から大きく息を吐き、軽く手を上げ、広告と同じ角度とポーズを決めた――いてっ。
「は……え?」
石……か? 鈍い衝撃が頭を打った直後、足元にビー玉より少し大きいくらいの石が転がった。
腰を落とし、その石を見つめた――そのときだった。
ばたばたと荒い足音が正面から迫ってきた。
「うごお!?」
次の瞬間、強烈な衝撃が下腹部を突き抜けた。一瞬、視界が真っ白に弾け、息が止まった。時間すら止まった気がした。
男だ。顔を上げた瞬間、黒いTシャツに白いハーフパンツ姿の若い男が、おれの股間を思いきり蹴り上げたのだ。
おれはその場に崩れ落ちた。腹ばいに倒れ込み、短く荒い呼吸を繰り返す。白目を剥きながら、なんとか痛みに耐えようとした。
――すごーい!
――動画の反応と同じじゃん!
――本物だ!
だが、無意味だった。はしゃいだ声が降ってきてから間もなくして、顔に蹴りが飛んできた。頬と顎に鈍い衝撃が走り、体がアスファルトを転がった。起き上がるどころか膝を立てる暇すら与えられず、靴底が背中を踏みつけ、横腹に蹴りが入った。髪を掴まれ、頭をアスファルトに叩きつけられた。
さらに殴られ、蹴られ、引きずられ、水をかけられ、尻の穴に何かを突っ込まれ、意味不明な――たぶんホモビデオのセリフを無理やり叫ばされた。
「な、なんで……! なんで……!」
笑い声とシャッター音が弾む中、おれは血を吐きながら、必死に問いかけた。
すると、人混みの中から軽い調子の声が返ってきた。
「だって、人権フリーでしょ?」
おれは――広告だった。




