第8話 索敵
【前章までの新・登場人物紹介】
※番が明らかになったら、次の章でおさらいをかねて紹介していきます。
レオナード・スミス
茶髪にオリーブグリーンの瞳を持つ青年。父は騎士団副団長。普段はエリート好青年だが、本性は口が悪くひょうきんで、甘党。
番:エリアス(種族:グリフォン)
ラス・プーチン
押せば転がりそうな肥満体型の中年男性。エルドリア魔法学校の副校長を務めているが、休みが年に数日もない。趣味は家庭菜園。
番:シルフ(種族:妖精)
────────────────────
特別課題の日はすぐにやってきた。レオとヴァンは作戦を立てる時間も取れないまま、当日を迎えることになった。
「それでは、不本意ながら課外授業を始める」
ベリーはあからさまに不機嫌そうだった。手早く杖で目の前にある魔法陣を活性化させると、自分に続いてそこに入るよう指示した。
――転移魔法陣は、その大きさからおおよその移動距離を推察することができる。このサイズなら、歩けば3日程度かかる距離まで転移するだろう。
ヴァンがそんな予測を立てているうちに、ベリーの背中は魔法陣の中へ消えていった。その後ろから、ほとんど間を置かずレオが駆けて飛び込む。
ああ、あいつの辞書には躊躇とか、恐怖とか、そういったものはあまりないらしい。ヴァンもおっかなびっくりではあったが、負けじと陣の中へ足を踏み入れた。
魔法陣に入ってすぐ、高いところから飛び降りたような浮遊感がヴァンを包んだ。もっともそれは一瞬で、すぐに訪れたザアッという木々の音、草木の湿った匂い、ブーツ越しの地面の感覚が目的地に到着したことをヴァンに知らせた。
一瞬とはいえ、転移感覚には毎度慣れない――まだ足が浮いているような気がする。吐きそうになっているのをひた隠しにして棒立ちになっているヴァンの背中を、バンと叩いたのはレオだ。
(しっかりしろよ、笑われるぞ)
前を行くベリーを目で指し小声で囁くと、ニヤッと笑ってレオは先に行ってしまった。ゴーレムみたいな腕力だ。薄々感じていたが、彼のフィジカルは並ではない。背中がジンジンするのを感じながら、ヴァンは二人を追って進んだ。
そこは鬱蒼とした森だった。ヴァンがかつて跳ね回っていた太古の森とは正反対と言っていい。生き物の音はするが、姿は見えない。淀んだ空気と不穏な気配が辺りに満ちていた。
『嫌な匂いだ』
レックスは鼻をひくつかせ、尾をピンと伸ばして辺りを警戒している。
辺りを観察して、どの木も若いなとヴァンは思った。若いといっても30~40歳くらいだが、それ以上の木は見当たらない。これは珍しいことだ。若木が我こそはと枝をのばし陽光を遮る様は、侵入者を招き入れているようにも、拒んでいるようにも見える。
「気味が悪いな」
思わずヴァンは呟いた。レックスも同じ印象のようだ。
『人間に管理されている場所ではないのか』
レックスの意見に、ヴァンも同意した。木材を得るための森というのも一部の地域にはあると聞くし、言われてみれば木の生え方が変に規則的だ。気持ち悪さはそこからきているのかもしれない。そうであれば、木々の年齢が大体同じで若いものが多いことにも説明がつく。
そんな話をしながら進むと、やがて少し開けた丘に出た。籠っていた嫌な空気も幾分マシに感じる。そこでベリーは振り向き、簡単な結界を張ってからヴァンとレオに向き直った。
「課外授業とは言ったが、私がここですることは一つだ。――お前たちの命を守ること。それだけだ」
ベリーはあくまでお目付け役であり、導かないし助けない、そういうことらしい。
――かえってやりやすいかもしれない。
横を見るとレオと目が合った。彼は赤毛の手前表情を変えなかったが、同じことを考えているようだ。
「そして、お前たちがすることもまた、ただ一つ。森狼を狩ること。それだけだ」
持ち込むものについては制限しない、と資料にも記載してあった。武器や魔力の回復薬など、何を使っても構わないということだろう。必要なのは結果だ。
「――ああ、それと、この課題のノルマは1人10頭。倒した森狼から犬歯を抜いて持ってこい。それを証明とする」
合わせて20頭でも問題なさそうな言い方だ――ヴァンは内心ほっとした。
「最後に」
ベリーは二人に杖を向け、厳しい声で続けた。
「私はお前らの命だけを保証する。四肢の欠損以上の怪我を負えばそれを治すほどの力はないからな。当然だが、治癒士の手配もない」
治癒士――回復を専門にした魔法使いだ。四肢の再生ができるレベルとなると、国家資格持ちの魔術師だろう。たかが未成年の試験に手配されないのは当然だ。
いや、そもそもこれほどの危険度の試験に未成年が参加していることがおかしい。不自然なことだ。試されているにしても、危険度が高すぎるような―――
「それでは始める。せいぜい励め」
宣告と同時に、なんの合図もなく――ヴァンとレオは結界から弾き出された。2人は為す術もなく丘の下に滑り落ちていく。乾いた土煙が目に入って何も見えない――ベリーの結界の場所はもうロストと考えるべきだろう。
「ヘイヘイ、軟弱すぎるぜ」
スマートに足からスライディングしていたレオは、頭から行って擦り傷だらけとなったヴァンに手を差し伸べた。
「――俺は武闘派じゃないの」
口を尖らせてそう答えつつ、ヴァンはレオの手を掴んだ。
「抜かせ」
ヴァンを助け起こすと、レオは辺りを警戒しながらざっと観察した。
目の前には木、木、木。見渡す限り森だ。
「やってくれるよなあ…ベリー先生」
レオは顔を顰めた。正直、森狼の出現場所の情報くらいはくれると思っていた。
森の真ん中にこう投げ出されては――あまりに無防備だ。
狩りは先に見つけたもん勝ちだってのに。
「レオ、なにしてんの。こっち」
気が付くと、ヴァンは離れた木立で手招きしていた。
「ヴァン!適当に進んだら危ないだろ」
「適当なわけないだろ。こっちは獣道だよ、たぶん水辺に続いてる」
森という場所をよく知るヴァンには、景色が情報に溢れて見えていた。左の木々の間には蹄の跡。草食動物の獣道だ。地面には動物の糞と土が掘り返された跡。森狼の痕跡だが、どちらも古い。まだ塒は遠い――つまり、安全だ。
「………」
他にも気になる痕跡があったが、ヴァンはそれは口にせずレオに説明した。
「獣道は道が踏みならされているから歩きやすいし、足音も立ちにくいから危険な生き物に見つからずに済む」
「なんで水辺に続いてるってわかるんだよ」
「草と土を見ればわかるだろ」
「わかってたまるか!」
レオは突然野生児のような動きをしだしたヴァンの背中を呆れ半分、感心半分で追いかけた。意外な才能があるものだ。
「地形と、植生からして…ここは学園の西側の山を越えたあたりの森だと思うんだけどさ」
当たり前のように森の場所まで特定しているヴァンの話を、レオは信じられない気持ちで聞いていた。
「だとしたら…ああ、ほら…居た。屈んで」
「うおっ、急に言うなよ」
ヴァンにぶつかるすんでのところで踏ん張って屈むと、視線の先になんと――森狼が2頭居た。
銀の体に、切れ長な緑の瞳孔。その鋭い爪についた血を、彼らは川で洗い流しているように見えた。
「洗ってるのか?賢いな」
「本能かな。生き物の血が汚いものだって分かってるんだろうね」
狼たちがあげた水飛沫が頬に着地したのを感じ、あまりの距離の近さに離れようとレオは立ち上がりかけた。が、それをヴァンは手で制して厳しく「動くな」と言った。
「今気づかれてないのは風下にいるからだ。動いたら危ないだろ。奴ら鼻がいいんだから」
――なんなんだコイツは。実は熟練の狩人なのか?
そう思わせるほど、今のヴァンの背中には謎の安心感があった。さっきまで転移酔いで吐きそうなへなちょこだったというのに…。
「この辺りの生き物は冬に備えて樹上生活するから…餌が見つからなくて困ってるだろうね」
「…いやあ、困ってるっていうか、ブチ切れてないか」
引き摺ってきた鳥類の肉を争って、目の前で森狼同士が喧嘩を始めていた。
『ヴァン、群れは50メートルほど離れている』
どこからともなく現れたレックスは、最適なタイミングで偵察結果を伝えてきた。
「チャンスかも。やつら、爪洗いをするために一時的に群れから離れたんだ」
レオは腰の帯剣に手をかけた。
「不意打ちか?」
「1頭ずつ不意打ちかな」
「…出遅れるなよ」
「抜かせ」
ヴァンの言葉を聞くが早いかレオは木立から飛び出した。その抜刀の素早さたるや、水飛沫よりも速かった。森狼が気付いた時には刃は目の前だっただろう。
鈍い音がして、狼の首は川に落ちた。
――開戦の合図だ。




