第7話 おかしな騎士
ヴァンの寮にラスからの手紙が届いたのは、それから1週間ほど経った頃だった。
「えー…親愛なるヴァン・アドベントくん」
――実に良い知らせがある。君にとっては、悪い知らせもだ。
どちらを先に知りたいか聞きたいところだが、どうせ君はどちらも知りたがるのだから、端的に記そう。
まず、いいニュースから。『君からあの日聞いた話』は我が校長にお伝えした。問題はない。君のご両親には校長と共に会いに行ったが、大変なもてなしようだった。辺境の村で余所者好きということもあるまい、ご両親には感謝することだ。
さて、悪いニュースだが――君には後期試験とは別に特別試験を受けてもらうことになった。難易度は後期試験の3倍程度になる――よって、特別課題も発生した。気の毒なことだが、同封した資料をしっかりと一読したまえ。
追伸:この便箋は焼却処分するように。番にでも頼むといい。
幸運を祈る
ラス・フォーチュン――
同封資料を確認してみると、『尊き血族以外が竜の番を得たのは150年振りである。よって、通常の試験ではその能力の天井を推し量ることは困難である可能性が高い。そのため、ヴァンの能力を通常以上に推し量るため、急遽特別試験が決定した』――ということだった。
『王家の紋章だ』
番が資料の隅を指す。ヴァンは頷いた。この魔法学校の校長は王家と深い親交がある。報告を受け、早速国が目をつけてきたのだろう。
「まずは小手調べってことか?でも、どうすりゃいいんだ?」
良すぎても悪すぎても良くない。目立たない程度に無難な成績を、とラスは言っていた。なんとも微妙なことを言う。
『そんな調整、できるかもわからん。警戒を怠らず励めばいいだろう』
「んー…それもそっか…」
『ラスの便箋は燃やすか?』
「頼むよ」
番の竜は小指ほどの大きさの火の玉を放った。器用にヴァンの前で静止したので、ヴァンは便箋を燃やすべく炎にかざした。
『――続きがあるようだ』
レックスの言う通り、炎に炙られて新たな文字が浮き出していた。非魔法の炙り出しとは異なる仕組みだ――なにせ現れた文字が金色に光っている。
――青い瞳に警戒せよ。
現れた一文の、最後のスペルが光り終えると便箋はひとりでにゴオッと燃えて灰になってしまった。
「青い瞳か。警戒しにくいな。金髪の人に多いけど…」
金髪には所謂、尊き血統の関係者が多い。王家の遠い親戚や大昔の分家などだ。しかし、それを伝えるなら『金髪に気をつけろ』『王家に気を付けろ』でもいいはずだ。
『王家関係者以外に、警戒すべき青い瞳の人間がいるのかもしれない』
「個人名じゃないのも気になるよな、レックス」
『ドゥレ=クスだ』
「長いって」
このやり取りはヴァンと番のお決まりのようになっていた。
――ラスの尋問を終えたあの日、寮で寝支度をしていると竜が現れ話しかけてきた。
『魂の友よ。改めて名乗ろう。我が名はルーヴァン・ドゥレ=クス。お前の心を映し、導き助ける』
ベッドに横になったタイミングで胸の上に出現したので、ヴァンは面食らってしまった。
「ルーヴァン…長いな。ていうか名前って俺が決めるんじゃないの」
『文句を言うな』
「ええ…」
対話してわかったことは、この竜は大変に気位が高く、ちょっとしたことですぐに機嫌を損ねるということだ。態度や言葉選びを間違えるとすぐに拗ねて姿を隠してしまう。
もっとも、番は魂の鏡なので、つまりヴァンの精神もプライドが高く機嫌を損ねやすいということになる。
しかしヴァンはどうしても番を自分で名付けたかった。なにせ番の概念を知ったときからずっと楽しみにしていたのだ。
しかし、本名(?)があるのに蔑ろにする訳にも行かない。そこでルーヴァン・ドゥレ=クスの末尾をとって『レックス』と愛称で呼ぶことにしたのだが、レックスは全くもってそれが気に入らないらしい。
ちなみに、ラスの資料に書かれていた特別課題の内容は、あろうことか『ベリー先生との楽しい課外授業』だった。ヴァンがうんざりとした顔で目を回すのを見て、レックスは面白がって鼻からブシュウと煙を出した。
「今日は授業が休みだし――何をしようか」
そんな独り言を呟いた、ちょうどそのときだ。ヴァンの部屋に、ノックの音が響いた。
「やあ、ヴァン・アドベントくん。出てきてくれないか」
よく通る、気持ちのいい男の声。誰なのか察しはついていたが、ヴァンは扉を開けず、憎々しげに声をかけた。
「誰だ」
「スミスだ。レオナード・スミス!同じ学年だろう」
予想通りの名前に、うんざりしてヴァンはドア前にしゃがんだ。開けたくないのである。
「…なんの用だよ…」
「大事な話だ!開けてくれないかな」
レックスはヴァンの頭の上に飛んできて、消えずに鎮座した。成り行きを観察する構えらしい――ヴァンには意図がわかった。面白がっているのだ。
「はあ…今出る」
鍵を開け、ノブを回し、扉を押す――と同時に、スミスは足を差し入れ、ヴァンの腕を取りひねり上げてきた。視界がぐるりと周り、関節が悲鳴を上げる。一瞬の後に、ヴァンはスミスに拘束されていた。
「いっ、」
ヴァンがバランスを崩した瞬間にレックスはすぐに飛び立っていたが、特に主を助けるでもなく、近くの棚に着地した。
完全に制圧されたうえ自室に侵入を許したヴァンだが、何が何だかわからず言葉が出てこない。スミスはすぐにヴァンを放したが、その代わり素早く扉を閉めて内鍵を回した。
「ゲホッゲホッ、な、なんのつもりだよ」
焦りから噎せるヴァンを、スミスは不思議そうに見ていた。
「なんだ、大したことないじゃないか。君、本当に竜の番持ち?」
「あ!?喧嘩売りに来たのかお前」
「いやいや、話をしにきたんだよ。気が合いそうだったからさ」
気が合う?正気かコイツ?
噎せ終わって改めてスミスを見ると、壁に寄りかかったまましゃがんで大股を開き、懐からお菓子を取り出し始めていた。不自然なほど品のいい、普段の振る舞いからはとても想像できない姿だ。
「せ、清廉潔白、品行方正の好青年はどうした」
「へえ、俺のことそんなふうに思ってたの?そりゃどうも」
露ほども言葉通りには思ってなさそうだ。というよりも懐から出したお菓子のどれを開封するかに迷っており、あまり話を聞いていないように見える。
「ねえ、お茶とか出ないの?」
「出ねえよ!」
『ヴァン、落ち着け』
心底楽しそうな様子のレックスが喉を鳴らしながら言う。スミスはそんなレックスを興味深そうに見つめた。
「そいつが番か?生まれたてで言葉を話すのか。さすがに竜だな、面白え~」
なんならヴァンよりも口が悪い。咥えているお菓子が煙草に見えてきそうだ。
「お前、それが素なのか?」
「そうだよ?あのなぁ、あんな気持ち悪い好青年がこの世にいるわけないだろ。思春期だよ?俺たち」
大口を開けて笑ったか思えば、あ、いる?とビスケットを差し出してくる。あれだけスミスを忌み嫌っていたヴァンだが、単純なことに既にかなり好印象になっていた。大人しくビスケットも受け取った。
「しかし、まったく、クソくらえだと思わないか?」
「クソ…なんだって?」
ヴァンはまだスミスの豹変についていききれていない。
「課外授業だよ。俺も呼ばれてるんだ」
「ああ、ベリーの…俺はあの赤毛女は嫌いだけど、お前は随分気にいられてるだろ?」
「いや、あの教師はどうでもいい。試験内容だ。森狼の群れ狩りだってよ――本来騎士団の仕事だぞ?あいつらサボりたいだけだ」
森狼――ヴァンは記憶の引き出しを漁った。図鑑によれば、銀色の体毛を持つ中型の魔獣だ。人里近くに迷い込んで獲物が見つからないと人間を襲うこともある。
「二人でやるのか?無理があるだろ。あいつら群れで行動するし、群れの規模だって少なくとも20匹だ」
「さすが、詳しいな。予習済みなのか?…奴ら、最近やけに数が多いんだ。サボりだなんて言ったけど…騎士団内に怪我人もかなり出てる」
「おいおい、戦闘のプロだろ?」
「親父たち精鋭が遠征でいないから、末端で対処してるせいだろうな。…ま、俺たちがやるなら、群れを少しずつ削っていくことになる」
スミスの見解は現実的に思えた。彼の父親といえば学園では有名だ。国家騎士団 副団長のことだろう。息子であれば、任務同行の経験があるのかもしれない。
「俺とお前で競争ってわけか?」
「いや、死にたくなければ協力した方がいい。まあ、上は比べたがるかもな。どうする?」
スミスは悪戯っぽく笑った。どちらの提案も魅力的だったので、ヴァンは唸った。
「そもそも、スミス、なんでお前も呼ばれたんだ?王家直々の特別課題だよな?…お前の番も竜だったのか?」
「いいや、違う。一応、機密保護対象なんだけど…」
飄々としていたスミスはここで初めて少し真剣に考え込んだが、すぐに面倒になったのか、肩を竦めて腕組みを解いた。
「ま、どうせ見せることになるしな。エリィ、出てこれるかい?」
その言葉に応じたように、スミスの肩から小さな生き物がおずおずと顔を出す――どうやら怯えているというより、こちらを警戒しているようだ。
それは、一見鳥類の雛のように見えるが、前足は三前趾足後ろ足は獣のようだった。図鑑を読み漁ったヴァンでも見た事のない生物だ。
「エリアスだ。かわいいだろ?一応、神獣にあたるらしい。大きくなると翼が生える…種族名、なんていったっけ」
「待て、待て、マジか?」
鳥類の頭。翼。獣の体――ピンと来たヴァンは、スミスが驚くのも構わず身を乗り出して彼の番を見た。
「な、なんだよ」
「グリフォンか!?初めて見る!」
ヴァンは好奇心に火がつき、舐めまわすようにグリフォンを観察した。グリフォンはもちろん図鑑に載っている。しかし幼体を見る機会などまずない。成体ですら、10年に1度ほどしか目撃例のない希少生物なのだ。
エリアスと呼ばれたその幼鳥は、確かに翼といえるほどまだ羽毛が生えきっていないようだ。茶色っぽい体色に鋭い橙色の眼光が印象的で、小さいながらしっかりと鋭い爪が生えているのも見えた。
「羽毛の色が文献と違うな。成長過程で変わるのか?嘴はやはり肉食の鳥類様だな。体高は…」
「アドベント、お、落ち着いてくれ、近い」
「…爪の長さは…」
『ヴァン』
レックスが頭にドスンとぶつかってきて、ヴァンはハッとした。
「あっ、わ、悪い!あんまりに珍しくて。スミス、すごいなお前!」
「いや…どうも…」
この日初めて動揺したスミスは、なにやらもごもごお礼を言ったあと立ち上がった。
「とにかく!俺は多少の戦闘経験がある。アドベント、お前の実力は分かんないけど、死なないよう二人で上手くやろうって話だ」
「…なるほど?」
彼は自らの経験から試験の危険度を知らせるため、そして協力する気があることをヴァンに予め伝えるために来てくれたようだった。
大体、番召喚儀式の時だって一番肝が据わった奴だったし。
ヴァンはこの男をすっかり気に入っていた。
「なあ、スミス。俺のことはヴァンでいいよ。あと、コイツは―レックス」
『ルーヴァン・ドゥレ=クスだ』
2人のやり取りにスミスは吹き出し、「おう。じゃあヴァン、レックス、当日はよろしく」そう挨拶すると立ち上がった。しかし、ドアノブに手をかけたとき、ふと動きを止めた。
忘れ物かとヴァンが声をかける前に、振り返らずに一言――
「俺も、レオでいいよ」
――そう言い残した、彼の耳は真っ赤だった。
「あいつ…照れ屋さんだな!」
ヴァンは番と目を見合せて笑った。
レオナード・スミス――思ったより可愛らしいやつだ。組み伏せられた分際で、ヴァンはそう思ったのだった。
この学校で背中の謎を解くためには、まだまだ魔法の基礎を学ばなくちゃならない。
ある程度の地位まで登りつめることができれば――自ずと、この背中の謎を解けるような人物との接点も見つけられるようになるはずだ。
「まずは、特別課外授業とやらを乗り越えないとな」
レックスはビスケットをくわえていたので答えなかったが、尻尾を軽く振って同意を示した。ヴァンはそれを見て口を尖らせた。
「俺のビスケットじゃない?それ」
今のところ、実に平和で愉快な魔法学校での生活。
まさか課外授業で、死の寸前まで追いつめられることになろうとは――。
ヴァンも、レックスでさえも、このときは思いもしなかったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第一章、いかがでしたでしょうか?
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(作者は、何らかの反応が得られるたびに謎のダンスをしています)
ヴァンたちの物語はまだ始まったばかり。
第二章からの七転八倒も、どうぞお楽しみに!




