第5話 背中の血統書
この国の外れに、一際大きな森がある。そこはかつては『竜の御息所』と呼ばれた――この大地で最も古く深い森だ。
ヴァンは、その森に捨てられていた。
「拾われたとき、四歳でした。その頃の記憶はほとんどない」
捨てられてからどれくらい経っていたのか――養父が彼を見つけた時、幼きヴァンは陽光を巧みに使って火起こしをしていたらしい。水は煮沸してから飲み、食用の草を見分ける知識もついていた。
そんな彼を見た養父は、ヴァンを『聖なる森の子』として保護し、村で育ててくれたのだ。
「書き置きや、生みの親の残したものは何もなかったのかね?」
ラスは興味深そうに尋ねてきた。
「ないわけじゃありませんが」
ヴァンは言い淀んだ。少し迷ったが、その場で着ていた服を脱ぎ、背中を見せた。
「……これは……!」
ラスは息を呑んだ。顕になった背中一面には、複雑な魔法陣が焼き付けられている。
副校長ともなれば、身体に魔法陣を刻む者を見たことはある。しかし、身体に魔法を刻むという行為自体が非常に高度な知識と技術、魔力を要するものだ。
これほど大きく、これほど精緻な術式を刻むには、いかほどの魔力と知識が必要なのか――ラスは思わず気が遠くなった。
「養父が言うには――僕の背中には、何があっても決して消えない、呪いのような魔法がかけられているらしいです」
「ふむ……。非常に複雑な術式だ。しかも古代の文字で書かれている――学者でも読み解けるか、わからんな」
ラスの言葉に、なにかヒントが得られるかもと期待していたヴァンは少し肩を落とした。
「養父も、この背中のことはそれ以上わからないと言っていました」
副校長は、その言葉に頷きながらも興味深そうに背中をじっと見つめ続けている。ヴァンはなんだかその絵面が気持ち悪くなってそそくさと服を着直した。
「古代語は、僕の故郷と言うべきか――拾われた森の近くではまだ生きた言語だったんです。だから何か知っている人がいるかもと、近くの村をいくつも訪ねて回ったけど…」
「わからなかった、ということだね」
「ええ」
それならと次にヴァンは、城下町で古代語の研究者に近付く方法を探した。村から飛び出した後のことだ。
研究者や魔法使いたちがどこに住んでいるのか、どうすれば会えるのか。どんなに聞き込みをしても、本屋をあたっても、まるで手掛かりは掴めなかった。
「研究者たちの知識は原則、国家機密だ。情報を見つけるのは難しいだろうね」
ラスの言葉にヴァンは頷いた。
「村から出てすぐ、地位も血統もない自分には、研究者に会うことも、そんな人たちと関わることも無理だと気付きました」
――それなら、古くからあるこの学校に来ればなにか分かるかもしれない。なんなら自分で背中の謎を研究してやればいい。 いずれにしてもやはり、魔法学校で基礎を学び直すべきだろう――そう思い至り、ここに来たのだ。
「入学条件に…その、身分証明があったので」
ヴァンは目を泳がせつつ、言葉を続けた。
「…申告書には、養父母を実父母として記載しました。血統調査をされてしまうとすぐに分かることですが」
「いかにも」
「疑義がない限り調査されないことも知っていたので」
「…いかにも、その通りだ」
ラスはこの日一番の溜息をつき、ソファに深々と腰掛け直した。
「君は本当に何者だね?話を聞く限り、ただの辺境の村出身の若者だろう。どうやってここに辿り着き、経歴詐称までして潜り込んだんだ?
書類に嘘を書くだけでは通らん。何人か買収しているな?」
身に覚えのあるヴァンは、ラスのほうを見られず宙を仰いだ。
――あのシャンデリア、いくらするんだろう。
「とぼけるのは勝手だが、これでは、国家機密を探りにやってきた不審者と報告せねばならんぞ」
いよいよ答えに窮して、ヴァンは口を噤んだ。
――信じてもらえるだろうか?この男に。
重々しい沈黙が続く。ラスは厳しい表情ではあるが、真剣に答えを待っているように見えた。
「信じてもらえるか……分かりませんが」
かつてのラスの言葉を引用し、口を開く。
「僕は小さい頃から、一度見たものは――絶対に忘れないんです」




