第4話 尋問
「これは驚いた」
ラスは本当に驚いているようだった。同時に、言葉尻に狼狽が感じられた。
「おまえ――その――」
ヴァンは最後まで言えず、戸惑ったように自分と竜を交互に指さした。
『そうだ。お前の番だ、ヴァン』
「喋った!」
黒竜はしゃなりと翼を畳み、笑い声の代わりなのか喉を鳴らした。小さな雷のような音がした。
――竜は人語を理解する。確かに、そんな文献を読んだことはある。しかしまさか言葉を話すとは思わなかった。
もっとも、この竜が実際に肉声を発しているというわけではない。どうやら自らの意志によって相手の意識に直接語りかけることができるようだ。
仕組みはわからない。
だが、頭に声が響くというより、実際に竜が話しているように感じる――この不思議な感覚に、自然と心が踊った。
「マジか――マジか!」
しかし、竜族だろうとは思ったが飛竜とは――いつか背に乗れるかもしれない。キラキラと目を輝かせていたヴァンだが、手にしたままだったカップを見てすぐに我に返った。
「やめたほうがいいって、このお茶のことか?」
『ああ』
竜は意味ありげにラスを見やった。ラスは困ったような顔で肩をすくめた。
「やれやれ…なに、悪意があったわけじゃないんだ」
彼が指を鳴らすと、手元の紅茶はカップごと消え失せた。ケーキはそのままだ。
「何か入れてたんですか?…毒?」
「いや、滅相もない!リラックスできる成分のある薬草だ」
具体的なことは言いたくないらしい。ヴァンは背筋を嫌な汗が伝うのを感じた。
『証拠を消してから何を言っても無意味。お前にもう信用はない。ヴァン』
竜と眼が合うと、途端にヴァンの鼻に草の匂いが香った。青臭さの中に甘ったるさの漂う、特徴的な匂い。あまりに匂いが強く噎せ返ったが、これは――嗅いだことがある。
「催眠草。ヒプノテイアの匂いだ」
「おっと…嗅覚共有を受けたのか。手に負えんな」
ラスはボリボリと頭を掻き、1度大きく息をつくと、少し険しい表情でヴァンに向き直った。
「いや…謝罪しよう。紅茶だが――万全を期すのが私の悪い癖でね。実際、飲んでも害があるものではないんだ」
彼がもう一度指を鳴らすと、紅茶が机の上にもう一度現れた。
「催眠草の効能は習っているかね」
「量の多さによって、錯乱、睡眠、鎮静、尋問…だったかな」
「素晴らしい。その通りだ」
「害がないって?」
「ははは、まあ待て」
ラスはヴァンの目の前にあった紅茶を一息に飲み干して見せた。
「私の特製でね。ごく微量だ。本当に害はない」
ヴァンは面食らってしまい、何も言えなかった。竜はただじっとラスの次の言葉を待っているようだ。
「君の歳ではまだ習っていないだろうが――その昔、催眠草はこうして紅茶に使われていた。リラックス効果が望めるし、依存性もない」
「――初耳です」
疑いの目を隠さないヴァンを見て、ラスは苦笑した。
「まあ、多少口が軽くなることを期待していたことは認めよう」
そこに妖精が飛んできて、小さな壺を机に置いた。細い煙が出ている。
「いい香りがしただろう?この部屋は。緊張を解く効果のある魔法薬の香りだ。そこの番はあえて指摘しなかったのかな」
『ふん』
――ラスの良心を測るために、言わないでおいたってことか?
ヴァンが驚いて番を見ると、黒竜は仕事は終わったとばかりにその場で身を伏せ、気配ごと燃えて消えてしまった。
「やれやれ、嫌われたな」
ラスは肩をすくめる。ヴァンはあの竜と精神が繋がっているのを感じていた。必要なら、いつでも出てくるだろう。心配ない。――それより今は。
「ラス副校長。なんでそこまでするんです。どちらにしても調べればわかることだ」
ラスは唸り、しばらく考え込んだ。
しかし、やがて意を決したように顔を上げ、ヴァンを真っ直ぐに見て言った。
「これは、うまく説明できるかわからん――信じてもらえるとも思わんが――私は君の…生徒の味方でいたかったのだ」
もし経歴詐称であったなら、自主的に話してきたと記録した方が後々の将来に響かないのだという。
「薬草を盛っても気付かれなければ問題ないし、と」
ヴァンの指摘に副校長は大口を開けて笑った。
「かなわんな。君を試す意図もあった。薬草で緊張を解いたうえでどう出るか。私への警戒をずっと続けていたようだが…敵かもしれない人間から渡されたものに口をつけようとするなど、詰めが甘いな」
今度はヴァンが苦笑する番だった。
この男が何を考えているのかは、正直わからない。この感じの良さと相反する底の見えない不気味さは、どこか踏み入れすぎてはいけない雰囲気を孕んでいる。ヴァンはずっとこの男に対し、警戒心を解けずにいた。
しかし、今――不自然にも敬虔なる竜族を番召喚し、注目を集めてしまっているこの状況では、形だけでもまずは味方を獲得するべき、なのかもしれない。
「騙されているような気がしないでもないけど…一旦信じて、正直に話しますよ」
冷静になって考えてみれば、どうせバレることだ。ここで隠し立てしても意味がないだろう。
ラス副校長はニッコリと笑って新しいカップに水を注いでくれたので、ヴァンはそれを飲み干してから話し出した。
「俺の両親は――誰なのかも、どこにいるのかも、知らないんです」
この身に起きた悲劇と幸運。
その全てを語ろう。




