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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第四章 課外授業編
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第31話 深紅の真名は


 ――兎にも角にも、借金返済。


 と言いたいところだが、エリアスのつぶらな瞳に見つめられてはそうもいかない。


 エリアスを飛ばしてやるためには、ベリーに渡された論文を読み解き、材料や道具も揃える必要がある。


 協議の結果、初日は魔法を得意とするヴァンが論文解読に集中し、レオは城下町でひと稼ぎしてくるということになった。


 午後の課外授業に出かけていく同級生たちの楽しげな声を部屋の扉越しに聞きながら、ヴァンは寮に引きこもってひたすらに論文と格闘した。


 論文の内容は非常に高度なもので、図書館レベルの知識を蓄えたヴァンでもまとめるのにかなり苦慮した。

 いっそのこと魔法薬そのものを売りつけてくれたらよかったのに…と、何度か虚無に至るほどだ。


 レックスは集中力が切れてくると思考の整理を手伝ってくれた。しかし飽きると見返りに干し肉を求めるようになったため、ヴァンはその出費の方が気になった。


 そして、その夜。レオの部屋を尋ねると、彼は妙に大きなお菓子の袋を抱え、どっかり座って待っていた。


 珍しくレオが仏頂面だったので、ヴァンは向かいに座りながら声をかけた。


「よお、レオ。どうしたんだよそれ。やけ食いか?」

「報酬」


 不機嫌で低い声が聞き取れず、ヴァンは聞き返した。


「は?」

「報!!酬!!」

「お、落ち着け!どうした」


 話を聞いてみると、どうも詐欺まがいの依頼を請け負ってしまい、報酬が鱗貨で得られなかったらしい。


「見ろ!」


 差し出されたお菓子の包装には、『鱗貨クッキー』と描かれている。


 ――なるほど、銅の鱗貨を模した形のお菓子のようだ。


「これも!」


 もうひとつ見せられたのは、掲示板にあったと思われる依頼が書かれた薄い木札だ。通称『依頼札』――赤いリボンが結ばれていることから、討伐依頼であることがわかる。


 肝心の報酬の欄には、『鱗貨ほか、応相談』と書かれていた。


「応相談ってあるから銀鱗貨3枚ってお願いしたんだよ。そしたら、『銅なら貯めているのがあるので、ひと袋分差し上げますよ』って言うからさあ!じゃあそれがいいですって言ったらさあ!」


 必死で説明するレオを見てヴァンは笑い転げた。


「ばっかお前!!古典的な手に引っかかってやんの!!」


 この国の通貨『鱗貨』は、ドラゴンの鱗を模した金鱗貨、サーペントを模した銀鱗貨、サラマンダーの鱗を模した銅鱗貨の3種ある。


 それを鱗貸と呼ばず『金のやつ』『銀』『鱗のやつ』などと曖昧に呼ぶことで報酬をぼかすというのは、子供や貧民を騙すお決まりの手口だ。


 契約書がないのならごねて正しい鱗貸を出させればいい話なのだが、おぼっちゃまのレオにそんな発想はなかったのかもしれない。


「はー、笑わせるなよ。じゃあ今日は収穫なしか?」

「いや、依頼は他にもやったから。今日は銀鱗貨3枚」

「ほう」

「…でも、やっぱり足りないよなあ」


 ヤケクソなのか、大袋のクッキーを次々と口に運びながらレオは言った。


「まあ。ノルマは一日に銀鱗貨8枚ってとこだな」

「二人で?」


 レオの問いかけに、ヴァンは頷く。


「7枚でも返済はできるけど、この魔法薬――材料費が随分かかる。学校の薬草庫にはないもんばっかだ」


 背中の魔法陣のことを調べた時にかなりの量の論文を読みこんだヴァンだが、ベリーの論文はそれらと比べても理路整然として無駄がなく、特別優れているとわかる。


 ――やはり、アマリエル・ベイリーは只者ではない。


「なあ、ベリーって何者なんだ?」


 ヴァンは論文を睨みながら、レオに尋ねた。


「俺、魔法学会の有名な論文は一通り読んだけど、アマリエル・ベイリーなんて名前見たことないんだよ」


 そう言いながら考え込むヴァンを、レオはしげしげと見た。


「――魔法学会の論文、ねえ」


 ――そんなもの、ヴァンはなんのために読んだんだろうか?


 新しい魔法の開発、既存魔法の改良、魔法史の新たな解釈。そんなもの、イチ魔法学生には無用の長物だ。


 知的好奇心?いいや。田舎から出てきたなら、論文なんかより興味を持つものは山ほどあるはずだ。


 ――この野生児、なんなんだ?何を隠してる?


「なんだよ」


 ヴァンはそんな疑念をまとった視線にも不思議そうな顔をするだけで、呑気にお菓子を貪っている。

 レオはため息をついて立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出してヴァンに渡した。


「魔法学会の論文にアマリエル・ベイリーがいないのは、それがフルネームじゃないからだ。著者を見てみろ」


 ヴァンは渡された本の装丁を確認した。表紙を見ると、『魔法薬基礎』と書いてある。恐らく初等部向けの教科書だろう、随分としっかりした作りだ。そのままパラパラと捲り、著者の名前を探した。


「ウル・クリムエラ…著。誰なのこれ」


 レオはその質問に、さらに呆れてしまったようだった。


「それはベリー先生の真名っていうか、別名。彼女はそれの著者だし、魔法学会の創設者、そして――数少ない、人間びいきのエルフだ」

「創設者!?エルフ!?」


 エルフ――不老不死に近い寿命を持ち、生涯を魔法の研究に捧げる神秘の種族。魔力の根源である自然を愛しており、文明を嫌う者が多いと聞く。


「エルフか――魔力量がとんでもないなとは思ってたけど、エルフなら納得だ」」


 ヴァンは腕組みして言った。レオは手元にあった羽根ペンで、菓子袋にベリーのフルネームを書きだした。


「ウル…アマリエル…クリムエラ…ベイリー。ウルはエルフ語で『優れた』とか、『英傑の』って意味。『クリムエラ』もエルフ語で、意味は『深紅の』だったかな」


 レオによれば、エルフとしての名前が『ウル・クリムエラ』、人間界での通名が『アマリエル・ベイリー』ということらしい。


 ――そういえば、ベリーの耳はいつも長い赤毛に隠されて見えなかった。エルフの特徴である尖り耳を隠していたのかもしれない。


 一人納得顔のヴァンに、レオは呆れた様子で言った。


「やっぱり知らなかったのか。アマリエル・ベイリーがエルフだなんてこと、公然の秘密だぞ。この学校で知らなかったのお前だけなんじゃないか」

「え、そうなの?」


 ヴァンは戸惑ったように聞き返した。レオは少なからずその声に焦りを感じ取っていた。


「いつもベリーが入ってくると教室、静まり返るだろ。皆緊張してるんだよ。不思議に思わなかったのか?」

「いや、ベリーっていうか、怖い先生にビビってるだけかと思ってた」


 ベリーに反抗する度にクラスメイトたちからヒソヒソされるのも、『何考えてんだあの礼儀知らず』ということだったわけだ。


 それでもヴァンはベリーを手放しに尊敬する気持ちにはならず、脳裏によぎった『反抗期』という言葉に死にたくなった。


 レオはお菓子がなくなったのに気付いて、どこからともなく新たなお菓子を取り出しながら言った。


「エルフは権力に興味ないから、学会も作るだけ作って、学会長はすぐ降りたらしいよ。なんでこんなとこで先生やってるのかは知らないけど…お前、本当に世間知らずだな」

「うーん…俺田舎者だからなあ…」


 ――まーたそれか。誤魔化したな。

 レオは密かにため息をついた。


 どうもこの親友は、出自や育ちについては話したくないように見える。


 ヴァンはレオの知らないことを知っていることも多い――狩りの知識、森の歩き方、地理学、魔法生物の生態。とにかくこの友人の凄まじい知識量には舌を巻く。


 ――しかしそれに比べて、世間の常識はまるで抜け落ちてしまっている。


 図書館の本から産まれて森で育ったのか?などとくだらないことを思うほど、ヴァンの教養はアンバランスなのだ。


 レオは少し探りたくなって、ヴァンに尋ねた。


「お前、絵本とか読まなかったのか?」

「絵本?」


 ヴァンはきょとんとしている。


「いや、読んでたよ。『はらぺこゴブリン』とか、『真実のウンディーネ』とか」


 そこまで話して、ヴァンはしまったと思った。


 故郷にあった絵本は、古代語で書かれていた。ボロボロだったし、村の子供たちで回し読みされてきたものだろう。

 しかし城下町では、学術書以外に古代語の本など見たことがない――レオがそれらの絵本を知っているはずがないのだ。


「……なんだそれ、聞いたことないぞ。絵本って言ったら、まず『大魔法使いクリムエラ』だろ」


 しかし、レオのこの発言にヴァンの焦りは吹っ飛んでしまった。


「く、クリムエラって、つまり――」

「ベリーのことだよ。絵本の中では、国を脅かす強大な魔物を倒すヒーローだったな」


 さすがに作り話だろうけど、とレオは笑っていたが、ヴァンは村の古文書にあった「アマリエル・ベイリー」の名を思い出していた。


 不老不死のエルフ。

 村に伝わる救国の魔女の言い伝え。

 人間族が絵本にまでして語り継ぐ英雄譚。


 これまでの疑問が次々と繋がっていく。


「お、俺は今まで一体…何に反抗し続けてたんだ…」

「ほんとだよ。ヒヤヒヤするからベリーにちょっかい出すのやめろよな」


『雑談もいいが、明日はどうするんだ』


 虚空からニュッと首だけ出してきたレックスが、目でベリーの論文を示す。


『材料集めと鱗貸稼ぎ、どう両立する』


 レックスの言葉に、レオは唸った。


「たしかに。そもそも解読は終わったのかよ」

「当たり前だろ。とりあえずこれ見ろ」


 ヴァンは論文を材料の一覧とレシピに書き起こしたものを差し出した。


「うーん?」


 大げさな反応を期待していたヴァンだが、レオはちんぷんかんぷんのようで、微妙に唸るだけだった。


 眉を八の字にしながらも、ヴァンは材料表を指さして言った。


「俺にいい考えがある。まず、採集依頼からこなさないか」


 採集依頼――緑のリボンがかかった、通称『緑札』の依頼だ。依頼主は大抵研究者、薬草屋、薬屋、主婦。報酬では材料を分けてもらえる可能性がある。


 依頼札の掲示板は城下町の広場にある、巨大な木製ボードだ。

 とても手が届きそうにない場所にまでみっしりと札が貼られており、人々に悩みある限り、札がなくなることはほぼない。


 しかし今日レオが騙されたように、詐欺まがいの怪しい依頼や、リスクと報酬が見合わないものもかなりある。


 いい条件の依頼は昼前には全部剥がされているし、緑札なんかは戦闘が苦手な生徒に人気なため、早めに見に行く必要がある。


 そんなわけで、「朝イチで札取りして、午後から依頼をこなして」と作戦の話を続けようとしたヴァンだが、レオは微妙な顔をしていた。


「緑札つまんなそう……やっぱ赤札にしない?」


 ヴァンは思った。

 この脳筋との友情はこれまでかもしれん、と。

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