第30話 悪巧みの代償
数日後、授業の終わり際。
「本日から、課外授業期間が始まります」
ベリーは尊大に言い放った。
待ち侘びた楽しい課外授業期間。クラスの生徒たちは色めき立ったが、ベリーが杖で教壇を叩いて黙らせた。
「午後は存分に課題に励むように。結果を出せなければ落第ですからね」
厳しい言葉もあまり響いていないようで、生徒たちは顔を見合せて気もそぞろな様子だ。赤毛の魔女はそれにはあまり興味がないようで、前の席にいるヴァンとレオに目をやった。
「ヴァン・アドベント。それとレオナード・スミス」
「はい」
「……」
ヴァンは頑として返事をしない。杖を向けられてもそっぽを向いたままだ。
「あなたがたには別の課題がありますね。よく、よく、励むように」
にっこりとそう言い残し、彼女はヒールブーツの音を響かせて教室を去っていった。
不貞腐れるヴァンの手元には真っ赤な羊皮紙がひとつ。
内容はこうだ――
『ご請求書
ヴァン・アドベント
レオナード・スミス
金鱗貨 20枚也』
金鱗貨――この国では最も価値の高い貨幣だ。1枚だけでも1週間は食べていける。それが20枚――奨学金でやりくりしているヴァンには気の遠い金額だ。
屋上飛行大作戦が失敗したあの日――
行く手に立ち塞がったベリーは、失望したような、面白がっているような、なんともいえない表情で一行を見回した。
「私の仕事を増やすのがよっぽど好きなようですね。クソガキども」
『ボクのナワバリで悪巧みされるなんて、クツジョク的』
いつもの可愛らしい少年の声に振り向くと、巨大化したクリムが広い廊下でみちみちに香箱座りしていた。ハァ、と吐き出されたため息が生臭い。
「こ、これにはワケが」
言い訳を述べようと、エリアスを庇いながらレオがしどろもどろに喋りだす。
「ああ、いい、面倒だから喋るな」
ベリーはそれを杖を振ることで遮った。彼女の鋭い無詠唱魔法の影響を受け、レオとヴァンの口は縫いつけられたかのように開かなくなった。
「大方察しはつく。このかわい子ちゃんが大きくなって、人目につかずになんとか飛行させてやりたくなったんだろう」
かわい子ちゃん、と呼ばれたエリアスは馬鹿にされたと思ったのか、憤然と地面を叩いて抗議した。
レオは必死で首を縦に振ったが、ベリーは冷ややかな態度のまま、鼻を鳴らした。
「フン。なぜその真っ当な悩みを、大人に相談しなかった?解決策なんて山ほどあろうに――愚かだ。愚かにもほどがある、嘆かわしい」
もっともな指摘だ、とヴァンは思ってしまった。教師陣はさすがに、レオの番がグリフォンであることを知っているだろう。
生徒として教師に相談すれば、いくらかマシな解決策を見つけられたかもしれない。
考えてみればヴァンにはそもそも、養父以外の大人に頼るという発想がなかった。村を飛び出してからというもの、ずっと一人で大人相手に立ち回ってきたからだ。
唯一、ベリーには相談しようかと考えた瞬間はあったが、それは最終手段のつもりだった。言うまでもないが、ベリーに頼るのが嫌だったのである。
――レオは、なんで俺だけに相談したんだろう?
不思議に思ってレオに目をやったが、レオは恨めしげな顔でベリーを見ているだけでヴァンの視線には気付かなかった。
それもそのはずで、レオの脳内もまた、戦々恐々としていたのだ。
教師に、大人に頼れだって?
レオはベリーを睨みながら思った。
――『青い瞳』がどこに潜んでいるかわからないっていうのに、大人に気軽に近付けるもんか!
『青い瞳』は、騎士団の暗部精鋭で組織されている。魔法学校に侵入し直接監視するのは難しいだろうが、彼らはそもそも手段を選ばない。どの教師が買収されているかわかったものではないのだ。
――ヴァンが優秀であればあるほど、ヴァンの立場は危うくなる。少しでも、騎士団側に――王に、情報を渡したくない。
今回の屋上飛行大作戦は、レオにとって苦肉の策だったのだ。
「取り急ぎ、未熟な貴様らにいいものをやろう」
ベリーは愉快そうな笑顔を作り、懐から羊皮紙を取り出して見せた。
ヴァンが目を細めて読み上げる。
「……アマリエル・ベイリー著……認識阻害魔法薬応用論……?」
声が出せたことに、ヴァンは自分で驚いた。いつの間にか沈黙魔法は解けていたようだ。
ベリーはその紙を、ひらひらと2人の眼前で振った。
「これには、魔法生物の姿を一定時間隠すのに役立つ霊薬の作り方が書いてある。まだ魔法学会にも未提出の論文だが…貴様らに写しをやってもいい」
「そ、そんな貴重なものを…」
大げさに驚くレオの反応に納得がいかず、ヴァンは眉をひそめた。
――よくわからないけど、やつの論文はそんなに価値のあるものなんだろうか?
いつ見ても、ベリーは小さい。彼女はヴァンの胸ほどしか背丈がないのである。
いつも箒や番に乗って誤魔化しているが今日はそれもしていないので、どんなにふんぞり返っていても余計に小さく見えた。
そんな彼女がすごい魔法使いだと言われても、ヴァンはイマイチピンと来ないのだった。
「情報を漏らしたら殺すぞ。扱いには気を付けることだ」
「うわ、すげ…すごい!ありがとうございます!」
レオは一瞬顔を出しかけた本性を押しとどめて、論文を受け取った。
隣で論文に対し訝しげな顔をしているヴァンに、ベリーは笑顔でもう1枚羊皮紙を渡してきた。
――それは論文の写しではなかった。
「ご…ご請求書!?」
ヴァンの素っ頓狂な声を聞いて、ベリーは大口を開けて笑った。愉快でたまらないらしい。
「タダでやるわけがないだろう、こんなおいたをしといて!」
「いくら?」
レオが羊皮紙を覗き込んでくる。
――そうだ、コイツ金持ちだった!
ヴァンは飼い主を仰ぐ犬のようにキラキラとした目でレオを見つめ、請求書を見せた。
「金鱗貨10枚…明日で良ければすぐ出しますよ」
思った通り、レオなら支払えるようだ――ヴァンは安心半分、嫉妬半分でレオの肩を強めに叩いた。
ベリーはレオの言葉に眉を吊り上げ、首を振った。
「貴族の懐の金鱗貨なんぞいらん。来月から課外授業が始まるだろう?そこで稼いでこい」
「えっ」
来月からの課外授業期間。
それは、城下町の掲示板に集まってくる街の困り事を解決し、依頼者から評価シートをもらって学校に提出するという、かなり自由度の高い課題に取り組む行事だ。
掲示板の依頼には必ず報酬もある。午後の授業が休みなうえお金を稼げるとあって、魔法学校では皆が楽しみにしているイベントなのである。
「いっいやでも…掲示板の報酬相場は高くても銀鱗貨数枚ですよ!期間中に支払えって言うんですか?」
ヴァンもその掲示板は見たことがある。討伐系の依頼でも、高くて銀鱗貨3枚だったはずだ。期間中毎日1~3件、高難易度の依頼をこなさなくてはならないだろう。
「そうだ、期限はひと月。それが今回のおいたのペナルティだ」
ベリーは呆然と立ち尽くす2人を見て愉しそうに笑い、クリムを呼びつけ飛び乗った。
『次はないからにゃ!』
クリムはベリーが乗るのを待ちながら、クワッとこちらを威嚇した。警備をくぐろうとしたことをまだ怒っているらしい。
「支払いは評価シートと一緒に、な」
ベリーは高笑いを響かせて去っていく。巨大なクリムの重い着地音と、爪が廊下に当たる音がドンチャッチャとなんだか愉快に響き、遠のいていった。
「…夜逃げする?」
「名案だ」
レオとヴァンは真っ青な顔を見合わせ、ガックリと肩を落とした。
かくして2人の課外授業は、始まる前から大赤字になってしまったのだった。




