第28話 友よ、お菓子を食べよう
魔法学校に戻ってからというもの、ヴァンは騎士団で培ったスパルタ鍛錬法を毎日怠らずに続けては、授業に望む日々を過ごしていた。もっとも、ノルマは常人が筋肉痛になる程度まで調整してある。
――いや、断じて、サボりたいからではない。
グレイの組んだ訓練スケジュールは、一日中かけて立てなくなるまで追い込むものであったため、そのまま採用すると魔法学校の授業に出る時間的、身体的余裕が塵ほども残らないのだ。
訓練中はウエイト(重し)としてレックスがいつも協力してくれるのだが、それができたのは、ヴァンが学校に戻ってから二週間ほどの短い期間だった。
というのも、レックスは異常に早く成長を続けており、すぐに頭に乗るのが厳しいサイズまで身体が大きくなったのだ。
「番って姿を自由に操れるんだろ。ベリーのとこの猫みたいに、小さくなれないのか?」
ヴァンの疑問に対し、レックスは唸った。
『知らん。ケット・シーは妖精なのだから、当然魔法を使えるだろう。しかし、わたしは竜だ。……魔法の使い方など知らん。それに、幼竜に戻るなど不愉快だ』
「そうはいっても、普通の飛竜でも1年でそこのベッドくらいの大きさになるんだぞ?どうやって寝るんだ」
黒竜は答えずに、機嫌を損ねたのか黒い炎を伴って姿を隠してしまった。こうなると長いので、購買へレックスのおやつを買いに行くはめになるのがいつもの流れだ。
――レックスが度々燃えるように姿を消すことについて、どういう状態なのかは尋ねたことがある。
『精神体になってお前の中にいる。わたしの身体は魔力で作られているし、いつでもそうできる』
優れた魔法使いであれば外からでもヴァンの中にいるレックスを感じ取れるのだというが、そもそも当人のヴァンが感じ取れていないのだから、お粗末な話だ。
レックスを連れていると学校ではどこに行っても目立つので、なるべく隠れていてほしいというのがヴァンの本音だったのだが、レックスはこれをにべもなく断った。
『あまり長くやると魔力が霧散して、実体に戻るのに時間がかかる。それに、疲れる』
今の魔力量では、姿を隠せるのは長くても半日程度らしい。不便なものだ。
魔法学校に戻って一か月程度たったある日、ヴァンはレオから手紙を受け取った。
「友よ、お菓子を食べよう。
今夜、消灯後、俺の部屋集合」
――レオの部屋で夜な夜なお菓子会、ということらしい。シンプルながら実に魅力的な誘いだ。
今思えばまず手紙の真偽を疑うべきだったのだが、ヴァンはこの文面からひしひしと伝わるレオらしさで疑念などすっ飛ばしてお菓子を買いに行った。
レックスはその場では何も言わず、お菓子を抱えて部屋に戻ってきた番主のアホ面に説教替わりに火の粉をお見舞いした。
『まあ、手紙の匂いからして問題はないだろう』
「じゃあなんで前髪燃やしたんだよ!チリチリになっちゃっただろ!」
『警戒はするべきだろう』
そんなこんなでその夜、ヴァンは人目を忍んで寮の上階へ進み、レオの部屋を軽くノックした。
「よお。ドア閉めるまで音立てんなよ」
レオは思わせぶりにそう言うと、グッと扉を開き、ヴァンを招き入れた。
――開いた扉の先には、仔馬程度の大きさに成長したエリアスがベッドに鎮座していた。
「うお……!!!!」
叫ぶのはなんとかこらえたが、その凛とした視線に心を貫かれたヴァンは部屋に入るなりねちっこくその体を観察し、エリアスに蹴られた。
『何をしている』
呆れた様子で姿を現したレックスに、レオも驚いて声を上げた。
「レックス!やっぱりお前も大きくなったんだな」
『いかにも』
誇らしげなレックスだったが、エリアスと背比べをさせてみると、体高は既にエリアスに抜かれていた。言うまでもないが、レックスは不貞腐れて姿を隠した。
「レックスの方が早く成竜になると思ったんだけど。飛んでたし」
不思議そうにそう言ったレオに、鼻血を止めようと必死になりながらもヴァンは答えた。
「竜は兄弟でも共食いがあるから、生まれたてでも飛べるんだ。でもそこからの成長速度は鳥類のほうが早い。飛べないと親に見捨てられるからね」
もっともらしい解説も、鼻血をダラダラ流しながらでは決まらない。レオは笑いながらハンカチをヴァンに渡して言った。
「エリアスも、もう飛べると思う。飛ばしてやりたいんだけど、場所がなくてさ」
エリアス――グリフォンがレオの番であることは、今も機密扱いだ。クラスの連中は番召喚のシーンを見ているため尋ねられることは多いらしいが、何を召喚したのかについて、レオはぐらかし続けている。
「エリアスはレックスみたいに姿を消せないし、もう髪とか外套に隠せるサイズじゃないからさ。ほんと困ってる」
毎日寮に置いていかれるうえ、自慢の翼も広げられない日々に、エリアスもへそを曲げ始めたらしい。
どうにかできないかということで、息抜きと相談を兼ねてのお菓子会というわけだ。
「姿を消すのって、お前の特別な能力だったのか?」
ヴァンの呼び掛けに対し、レックスは不機嫌そうに虚空からひょっこりと鎌首だけを出した。
『魔力操作が得意な魔物なら可能だ。グリフォンには難しいだろうな』
それだけ言って、レックスの鎌首はまた姿を消してしまった。
「レックス……お前、感じ悪いぞ。お菓子あげないからな。ごめんなレオ、エリアス」
すまなそうに謝るヴァンを、レオは笑って許した。
「意外と面白いやつだな、お前の番。まあ、エリィは爪と嘴が武器だし、魔力云々は苦手だわな」
「……まあな」
本来なら、鳴き声によるこ特殊攻撃も武器の一つだ。ヴァンは悔しさで拳を握りしめたが、レオは気にしていないようで、目の前の問題に唸るだけだった。
「人目につかず、飛行訓練できるとこないかな。おっ、このクッキー美味いぞ」
レオに渡されたクッキーを齧りながら、ヴァンも唸った。
「うーん。魔法で透明にしてやれないかな」
「長時間透明にさせるなんて、魔力が持たないだろ。魔法薬の方が無難だ」
魔法薬と聞いて、ヴァンの脳裏に『禊汁』の苦い記憶がよぎった。
「うし、新作のチップス開けてから考えよう」
気を取り直そうと、ヴァンは袋に手をかけた。
「おう、じゃあ――作戦会議だ」
レオもニッと笑って、もうひとつの袋に手をかける。
示し合わせずとも同時に、二人の袋菓子はパンと弾けて開いた。
――夜が更けるのは早そうだ。




