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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第三章 騎士団編
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題25話 月と影


 ――模擬戦後、『懺悔室』


 騎士団本部のこの部屋は、平時は市民に開放されているありふれた懺悔室だ。


 だが、今は違う。

 騎士団での通称は『尋問部屋』――


 魔術によって常時防音となっており、ここでは上官による"厳しい指導"が際限なく行われているというもっぱらの噂である。


 しかし、あくまで懺悔室としての体面を保てるよう室内は清潔に保たれており、アロマも常時炊かれている。

 騎士たちにとってはこの香りすらトラウマを呼び起こすものになっているため、本部の騎士にはアロマ嫌いが多いのだった。


「面目ありませんでした!」

「…申し訳ありませんでした」


 ヴァンに敗北したローデンとディアナの二人は、入るなり片膝をついた。


 ど素人に対し、言い訳のできない惨敗――少しでも印象をよくしなければならないが、ディアナは気が強い。敗北に納得できておらず、少々の不服感が隠せない様子だった。


 床は石造りで、冷たくひんやりとして固い。ローデンなどは自責の念でもあるのか、強く膝を打ち付けすぎて血を滲ませていた。

 こいつは本当に馬鹿なのだな、とディアナは横目でそれを見ていた。


 そんな2人の後ろで、大きな音を立てて扉が閉まった。何重にも鍵の閉まる音が響く。


 もうグレイの許可なしに、ここを出ることはできない。


 部屋の奥に置かれた椅子に腰かけていたグレイは、ゆっくりと前傾姿勢をとり、口を開いた。


「君たちに言うべきことは何もない」


 ローデンは絶望してサッと顔を上げる。「お待ちくだ――」その声を手で制し、グレイは続けた。


「いい意味でだ。竜の番を持つ者というのは基本的に化け物だ。なにかに突出していなければ、竜の血脈に好かれることはない。貴様らはよくやった、そう言っているんだ」

「しかし」


 言葉を返したのは、ディアナだ。その赤い目には怒りや悔しさが滲んでおり、同じく赤い目を持つグレイは親近感を覚えた。


「私共は、負けました。お叱りがないのなら、何故ここに呼ばれたのですか」

「ふむ」


 グレイはトントンと膝を指で叩き、沈黙を挟んだ。


「端的に言えば、聴取だ。ヴァン・アドベントは、ああ見えて監視対象なんでね」

「聴取…」


 難しい言葉は頭に入ってこないタイプなのか、ローデンは呆けて復唱した。ディアナはそんな同僚に嫌悪感を滲ませながら、黙ってグレイの次の言葉を待った。


「彼の身体運び。対処の仕方。話し方。実戦で気付いたことを、なんでも構わない。報告してくれ」


 それからは厭にネチネチとした聴取が続いた。ディアナが『体運びは柔らかく、判断が早い。対人以外の戦闘経験を感じます』と言えば、それはいつ感じた?具体的にはどんな経験が考えられる?と詰められる。

 もはや聴取そのものよりも、自分の思考能力を試されているのではないかと思えてくるほどだ。


 それから何時間経ったのか――ローデンがたどたどしい最後の説明を終えると、グレイはパンと一度手を叩いた。グレイの肩にだんだんと黒い煙が集まり、やがて鴉の形になっていく。


『ガア!』


 右肩に現れた彼の番『ヤタ』は、元気に一声鳴く。その音量にグレイは顔を顰めたが、鴉を横目で一瞥すると、番と『同時に』口を開いた。


「『下がれ』」


 その声に呼ばれたかのように、部下2人の間にじわりと黒い球体が現れた。息を飲む2人をよそにそれは地面にゆっくりと落下し、水溜まりのようになって不自然な速さで広がった。膝元を呑まれた2人は沼に嵌ったかのように身体が不安定に沈むのを感じ、小さく悲鳴をあげた。


 しかし次の瞬間、トプンという小さな音だけを残し、ディアナとローデンは足元の闇に呑み込まれて消えてしまった。


 グレイはそれを見届けると、鴉を軽く撫で、続けて口を開いた。


「『入れ』」


 錆びついたような不吉な声が、がらんとした懺悔室に響く。するといくつもの鍵が次々に開く音がして、間もなく扉が開いた。


「遅くなってすみません、小隊長」


 レオナード・スミスはいつも通り、美しい敬礼で現れた。

 グレイは黙って頷き中へ促したが、敬礼の際に見え隠れした包帯に気付くと興味深そうに言った。


「勲章かな」

「…これですか?」


 優等生は包帯の巻かれた右拳を見せ、バツが悪そうに苦笑する。


「元々地下の部屋で暴れて軽い怪我はしてたんですが、無理に使ったもんで」

「手こずったね」

「いやあ、楽しかったです」


 グレイはレオの晴れやかな表情を見て少し眉を上げたが、小さく息をついて「調子を戻したようで何よりだ」とだけ答え、少し間を置いてから続けた。


「お前には色々と聞かなきゃならない。…あの竜の番持ちとは、学校で出会ったんだったね」

「ハイ」


 それからレオは、ローデンたちと同じように詰問を受けた。優等生らしく淡々と質問に答えていったが、とある質問でふと声が詰まった。


「お前は、ヴァン・アドベントの見舞いで隔離部屋から出てきた…つまり彼は、お前の良い友人か」

「………」


 ――そうだ。唯一の友人だ。


 そう答えたかったが、しかしレオは言い淀んだ。ここでハイと答えることが、今後どのように作用するのか不安になったのだ。


 ――なぜ、ヴァンのことでこんなに厳しい聴取が行われているんだ?


 竜の番は確かに珍しいけど、珍しい番持ちなら他にもいる。実力のある者もほかに沢山いる。何か…何か不自然だ。ヴァンは――何かに巻き込まれている?


 まずい、早く答えなければ。


 レオがごまかしのセリフを口にしようとした瞬間、グレイはそれを手で制した。


「…よく、わかった」


 極めて優秀なこの上官は、すぐに答えないことで何かを察したようだった。レオは唇を噛み、形だけでもすぐに否定できなかったことを後悔した。


 ――このやり取りのせいで、自分の業にヴァンを巻き込んでしまわないだろうか。無用なトラブルが舞い込んだりしないだろうか。


「なぜ――彼のこと調べているんですか?自分が思うに、少し優秀なだけの、ありふれた学生です」


 いつもなら上官のすることに探りなど入れないレオだが、今回ばかりは黙っていられなかった。


 その言葉に、グレイは腕組みしてこめかみを抑え、すぐには答えない。たっぷりと間をとったあと、重々しく口を開いた。


「……ヴァン・アドベントは、『青い瞳』の特別監視対象だ」


 レオは目を見開いて硬直した。


「すると…すると、それは」


 優等生然とした態度を繕う余裕もなく、動揺を隠せないまま続ける。


「つまり、ヴァンは、王に目をつけられていると?」

「そうなる」


 レオは大きく狼狽した。話が大きすぎる。


「心配しなくても、王はヴァン・アドベントを敵視しているわけではないよ」


 グレイは表情を変えず、足を組み直した。


「しかし、監視は――しなければらない。学校には暗部を置きにくい。意味はわかるよね」

「…僕に報告しろと言うんですね」


『青い瞳』――


 それは、王直属の隠密部隊。幹部以上の騎士のみが存在を知る、精鋭中の精鋭だ。『青い瞳』という名称は、王の"眼"に由来する。


 彼らは有事の際に勅命でのみ動くと言われている――が、この話をまともに信じている者はほとんどいない。下っ端の間での都市伝説のようなものだ。


 レオ自身も、たった今グレイからその名を聞くまでは、ただの噂だと思っていた。


「随分、皮肉じゃないですか」


 ちらちらとレオの瞳が揺れる。オリーブグリーンの瞳が深い海の色へと移り変わっていく。強い風がレオを包んだかと思えば、風が止んだころには髪も月のような金色に変わった。


「――どの話だ」


 グレイは冷たく笑った。いつも通りげっそりと疲れきっていそうな容貌だが、その目は爛々としてレオを見つめ返してくる。


「青い瞳のお前が青い瞳の手足となることか。それとも、お前の初めての対等な友人を、友人だからこそ監視しなければいけないことか」


 レオは何も言わずグレイを睨み返した。口を開いたら、取り返しのつかないことを言ってしまいそうだった。


 上官は顔色ひとつ変えず、「くだらない」と一蹴した。


「お前を育て、庇護している恩を忘れるなよ。……生かされている立場で選択権はない。この話は終わりだ」


 ――当然、俺の報告だけを信用するわけではなく、暗部もつけるのだろう。拒否したところでさして意味はない。


「大体、お前は出自を明かしたのに、ヴァン・アドベントは何も話してくれないんじゃないの?」


 出自を話したことも承知済みらしい。レオは無力感に苛まれた。


「…ヴァンが、僕に隠し事をしているって言うんですか」

「さあ。ただ、俺はあいつは胡散臭いと思っているだけ」


 ――出自を明かしたあの時、ヴァンは確かに何かを言い淀んでいた。それに、今日の模擬戦でもいくつか気になることがあった――グレイに話してはいないが、この優秀な上官もその違和感に気づいているのだろう。


「だとしても、変わりません」


 レオにとってヴァンは初めてにして唯一の友人だ。それは変わらない。


 ――待とう。あいつが話してくれるのを。そして、降りかかる火の粉があるなら、俺が護ろう。もっと強くなって。


 ◇◆


 その日の夜。


 グレイは夜風に紛れ、番の力で王宮へ飛んでいた。


 グレイやヴァンたちが住まうこの国エルドリアは、古くから絶大な権力を持つ王家と貴族が支配している。

 複数の大陸を統べるだけあってその武力は凄まじく、数代前に「大帝」と呼ばれた名君がその支配地域を広げたことでさらに強大となった。


 その歴史を考えれば、天まで届かんとばかりのこの王宮の絢爛さにも納得したいところだが―


 ――いくらなんでも、金を使いすぎだな。


 グレイは人知れず嘲笑した。影に生きる身として、下品な装飾を好きにはなれない。


 音もなく王宮の結界を突破し、警備の隙をついてすり抜けながら王の待つ広間へ向かう。


「申し上げます。『影』がまいりました」


 ――玉座の間大扉の目の前。

 するりと天井から舞い降りたグレイを見て、近衛兵はギョッとしていた。


 毎度のことなのだから慣れてほしいものだ、見苦しい。


 いくら王家が武力に優れているといっても、その武力の頂点近くにいるグレイにとって、ここの警備を突破することは容易なことだった。

 正面から入らずに、あえて警備をかいくぐってここまで侵入することは、暗部としての実力の証明も兼ねている。


 玉座の間はいつも通りだだっ広く、無駄に長い赤い絨毯の終着点には、光り輝く金の玉座が2つある。


「ご苦労であった」


 そこに座した王は、今日も長い白髭を執拗に撫でながら、グレイを迎えた。


 王の横には王女もいた。

 この代の王は、王女があまりに聡明叡知であることから王は傀儡だと言われている。


 真偽は定かではないが、王女の表情はいつも紫色の薄布の向こうにあり、グレイはその素顔を見たことはなかった。


「例の竜の番持ちですが―」


 グレイは一通り、ヴァン・アドベントの性格、番の能力、模擬戦の結果、伸びしろについての報告を行った。


「竜の番らしい伸びしろである、というのが個人的な総評になります。もっとも、同レベルの潜在能力の人間は騎士団内でも見つかりそうなものですが」


 王は黙って髭を撫で続けている。王は女王に軽く目くばせをしてから、ゆっくりと話し出した。


「私の息子の――長男だがね。男の子が、一向に産まれんのだ」

「は。それは…問題でございますね」


 着地点の見えない会話の滑り出しは、貴族特有のそれだ。グレイは黙って次の言葉を待った。


「まったくだ…由々しき事態だよ。第一王子に跡継ぎがいないとは…お前も知っているだろうが…第二王子派は、私に反抗的でね。考え方も、過激なのだ…この玉座を譲るには、危うい」


 グレイはこの王の話し方が非常に苦手だった。相手に合わせるということを知らず、ゆったりとしていて掴みどころがない。


 王族貴族にはよくいえることだが、結論は一番最後か、もしくは何重にも建前にくるまれた状態でさりげなく差し出される。

 1分1秒を惜しんで働くグレイにとって、こういった者たちの話を聞く時間は永遠のように感じられた。


「第一王子は、お前も知っての通り…代々竜族使いの血筋だ。跡取りさえ見つかれば…解決するのだが」

「は」

「そういえば…その青年は――父が、存命らしいな」


 グレイはふと顔を上げ、王を見つめた。

 髭と分厚い白眉の奥にある眼光からは、なんの温度も感じられない。


「…調べてまいります」


 グレイは王と同じように温度なく、伏して答えた。


 随分と古めかしい田舎の村にいるという、ヴァン・アドベントの養父。魔法学校の副校長、ラス・プーチンが一度視察に行ったはずだ。

 片田舎に現れたいかにもな金持ちに対し、意外にも大変な歓迎のしようだったと聞いている。


『我々相手にもドンと構えた、立派な親父さんだった』


 視察の報告書を渡されたとき、ラスはそう笑っていた。


 ――どうやらヴァン、お前には嫌われることになりそうだな。


 模擬戦で自分の褒め言葉に感動していた彼の顔が思い出される。

 しかしグレイは表情一つ変えず、王宮の渡り廊下から番の鴉に飛び乗った。


 ――「仕方ない」。そうだろう?


 帰りの道すがら、ぼんやりと夜空を眺める。


「ヤタ、なんでお前には3本も脚があるんだろうな」


 巨大化した番の鴉「ヤタ」には、三本の脚がある。ヤタは普段、中央の脚を1本持ち上げて2本に見せている。そういう習性なのだというが、理由は不明だ。


「フン、よりによって3本――俺の立場の暗喩かな」


 騎士団小隊長。青い瞳の司令塔。それに…


「今夜は満月か。綺麗だ」

『ガア!』


 しかしグレイたちは、月を避け雲の下をゆかねばならない。


 闇に潜む影として。

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