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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第三章 騎士団編
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第24話 獅子と狩人


 狼も、大男も、美女も倒したヴァンだったが、目の前で準備運動をしているこの優等生には、適う気が全くしなかった。


 敵として向き合うとわかるが、レオはこれまでの誰もとも違う。


 グレイは隙を『見せない』振舞いが抜群に巧いが、レオには隙が『ない』。


 そもそも魔法学校でも苦手分野というものがない男だった。器用貧乏というわけでもない。満遍なくトップクラスなのである。


 戦く脳裏には、数日前のグレイの話が甦ってきた。


 ――お前のように器用なのを『柔』、バルガス隊長を『剛』とするなら、レオナード・スミスは『柔の剛』。フィジカルにおいては天性の才能がある男だ。


 グレイ小隊長が隊員を手放しで褒めるのを聞いたのは、後にも先にもこれが最後だ。


 恨めしく友人をじっと見つめると、レオは白い歯を煌めかせて抜群の笑顔を披露してきた。目が言っている。『楽しみだな!』と。目がイっている。


 ――眼…今は当然ながら、茶髪にオリーブ色の目だ。


 そんな、ありふれた優秀な騎士に扮した王太子殿下の、骨を鳴らす音にヴァンは死を覚悟した。


「これは見ものだな!!双方頑張りたまえ!」

「死ぬなよー!」

「ぶちのめせレオさん!」


 バルガスの笑い声、新人騎士たちの煽る声、腕組みしたグレイからの無言の期待圧。

 頭の鴉はくるくると異様な角度に首を回しながら、レオの準備運動が終わるのを待っている。


 試合開始が迫るほど、じんわりと冷たい汗が額に伝うのをヴァンは感じた。


 ――しかし、無情にもすぐにその時はやってくる。


「始めるよ。飛び入りしたんだから結果残しなよ、レオ」

「すぐに終わりますよ」

「グッ」


 ヴァンが唸るのと、鴉が鳴くのと、そしてレオが土を蹴るのは、ほぼ同時だった。いや同時ではおかしいのだが、ヴァンの目にはほぼそう見えた。


 次の瞬間、ヴァンの眼前には木刀の切っ先が迫っていた。

 上体を反らして避けようとしたが、背筋にひやりとした怖気を感じ、ヴァンは咄嗟にバックステップに切り替えた。

 全てを目で追えていたわけではなかったが、レオは木刀で横から切りつけた勢いのまま回転蹴りを繰り出しており、その場にいたら足を払われ―いや、砕かれて終わっていたかもしれないことは理解した。


「よく避けたね、やったと思ったけど」


 レオは木刀を構えなおしながら不服そうに口をとがらせる。


 ――やったってなんだ。殺ったってことか?


「野生の勘だよ。お坊ちゃんには無理だろ」


 ヴァンの言葉に、レオはにやりと笑って返した。


「フン。続くと思うなよ」


 ローデンよりも重く、ディアナよりも早く、グレイに迫るほど正確な剣撃の雨がヴァンを襲った。

 練習中、何度かレオと手合わせしておいてよかった――ヴァンはその記憶を頼りに対応していた。でなければついていけなかった。


「うそ、だろ、おいっ!」


 攻撃を繰り返しながらテンションを上げていくレオ。話す余裕があるとは信じられない。


 次の瞬間、レオは木刀を大きく振りかぶったかと思えば、地面に打ち付けて砂煙を上げた。ヴァンの視界が奪われた一瞬、踏み込みの気配が正面から迫る。

 が、次にヴァンが察知したのは、背後。


 ――踏み込みじゃない、跳躍だ!


「ぐっ……!」


 ヴァンは体を捻って側転し、ぎりぎり背後の一撃を逃れた。回避と同時に、土が弾ける音。地面に食い込んだレオの木刀が、まだ微かに震えていた。


 この鮮やかな攻防に新人騎士たちは歓声を上げていたのたが、二人には聞こえていない。


 目まぐるしい攻撃をヴァンは懸命に木刀でいなし、受け身を取りながら逃げたが、それだけですぐに息があがってきた。体力は一朝一夕で身につくものではない、当然だ。このままでは押し負ける。


 ――そんな負け方は、ダサすぎるよな。


 じりじりと集中力が上がるにつれ、ヴァンの中にある狩りの本能が燃え始めた。


 ヴァンは降りかかる攻撃に強く意識を集中した。右、左、右、下、このフェイントは――下。読めてきた。速いし重いが、見えている。


 ――この一週間、俺は騎士団の剣術の基礎を習った。膨大にある派生にもすべて型がある。お前が教えてくれたんだろう、レオ。


「全部、覚えてるぞ」


 強く地面を踏み込み、駆け出すための力を溜める。その殺気を察知したのか距離を取ろうとしたレオに向かって、ヴァンは木刀を――投げつけた。


「は!?」


 優等生は素っ頓狂な声をあげた。それもそのはず、戦場において武器を手放すことは最もリスクの高い行為だ。ましてや、ここ騎士団において『剣』とは神聖なものであり、投げるなんて木刀だろうがあり得ない。


 ――でも俺、騎士じゃないもん。


 ヴァンは木刀を投げると同時に土を蹴り、木刀の陰に隠れるように身をかがめ――レオの顔面に、渾身のアッパーを決めた。


 拳に返る肉の感触。

 視界の端で鴉が翼を広げている――

 大きな歓声。


 しかし、魔力が切れたランプのように、バチンとヴァンの意識はそこで途切れた。



『ガア!!!』



 耳の奥で鴉が鳴くのがきこえたようなきがした。


 ◇◆


 かくして親友との対戦を追えたヴァンだが、その死闘の結果の記憶がない。目が覚めたときには騎士団の医務室のベッドにいたからだ。


『……健闘したと思うぞ』


 目が覚めたヴァンに、レックスからは随分と言葉を選んだコメントをいただいた。

 小さな相棒が言うには、どうもヴァンがレオに拳を入れた直後、間髪入れず打ち下ろしの右ストレートでカウンターを食らって気絶したということだった。


『お前の拳は当たっていたが、お前が人を殴り慣れていないせいで振り切れていなかった。それにレオは首が強すぎる』


 なんと、頬に拳が食い込んだというのに、レオはその顔で押し返してカウンターを打ち込んできた、らしい。


「だ〜っっや、やりすぎた!!!スミマセン!!!」


 それがレオの第一声だったそうだが――殴られたら殴り返すのは男として当然のことだ、恨んだりはしない。


 そんなことよりヴァンは、レックスがヴァンを見る目がさっきからやけに同情に満ちていることが気になっていた。

 ベッドの脇には果物が積まれており、『マジゴメン。レオ』と一言書かれたカードが添えられている。


 まだどこかぼんやりとした頭で顔を上げたヴァンは、窓に映った自分の顔を見てぽかんと口を開けた。


「ば、化け物みたいになっとる・・・」


 ヴァンが呻いた瞬間、誰かが吹き出す声が聞こえ、数人の騎士がなだれ込んできた。


「ぶ、はは!いい顔だな新入り、大丈夫か?」

「すげえ勝負だったな!」

「みんな褒めてたよ、元気出して」


 これまで親しく話したことはないが、何度か訓練を共にした新人騎士であることはわかる。彼らはお見舞いの品を渡しながら、勝負の後の話をしてくれた。


 気を失った後グレイに回復薬をかけられたらしいのだが、ヴァンは目を覚まさなかった。気つけ薬も試したようだが効かず、目を覚まさないならと試合は中止。

 そのまま解散となり、敗北したローデンとディアナ、そしてレオは呼び出され、個室に連れて行かれたとか。


「説教っていうか、折檻っていうか、制裁っていうか」

「ろくなことじゃないな、たぶん」

「でもすげえよレオさんについていくなんて」

「俺らなら3秒もたないよな」


 ここまでちやほやされると悪い気はしないが、今自分の顔が赤黒く頬を腫れ上がらせた化け物であることを考えると、励ましと捉えるべきかもしれない。


「ヴァン!目が覚めたって?」


 息を切らして駆けつけてきたのはレオだ。レオの姿を見ると、騎士たちは敬礼して下がった。隊位が違うため上官扱いなんだろう――ちょっとかっこいいなとヴァンは思ってしまった。


 表情が分かりにくい状態のヴァンを、レオは心配そうに覗き込んできた。


「うまく喋れらいんだけど?」


 恨みたっぷりに言ってやると、友人は安堵したようだった。


「加減できなくて悪かったよ。反射でつい」

「一発は一発のつもりだったろに、やり返すなよな」


 地下室でのやり取りを思い出したのか、レオはそれを言うかよ、と笑った。


 ――あ、笑った。


 不思議とその時、ヴァンはそう感じた。


 レオはこれまでも笑顔を見せていたが、エリアスのことで吹っ切れていないのだろう、どこか痩せ我慢しているような、苦しそうな影があった。しかし今の笑顔は、とても自然に見えたのだ。


「なんかスッキリした顔してるな」

「え?…そうかな」


 ――思うに、レオはエリアスへの罪悪感だけでなく、無力な自分や、理不尽な襲撃者への怒りが消化できていなかったのではないだろうか。


 ヴァンはそれを話そうとしたが、口の内側が切れており痛いので面倒くさくなった。


「俺を殴ってスッキリしたんらろ」


 なんともいえない要約になってしまったが、レオは目を丸くしたあとゲラゲラ笑いだした。


「そうかもな!まったく、助けられてばっかりだな、ヴァン」

「不本意だ」


 笑い会う二人の青春を、窓の外から鴉が見ていた。気配に敏いレックスも、エアリスも気付いていない。


 鴉は不意に首を傾げ、カラコロと鳴く。その目には温度がなく、見守っているのか、監視しているのか――眼差しからは測れなかった。


『いい――今日はやめだ』


 どこかららともなくそんな声がした。鴉はバサバサと飛び去り、黒い羽がいくつか抜け落ちたが――それさえも、煙のように消えてしまった。


 窓の外には冷たい銀色の髪が1本、落ちていた。

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