第21話 尊きは筋肉?
「で、なんで!朝から全力疾走してんだよ!!」
ヴァンは絶叫した。騎士団の連中は見て見ぬふりを決め込んでいるのか、誰も答えてくれない。
演習場と呼ばれるこの中庭の外周は、およそ1キロ。それをとんでもないペースで走らされ、既に5周目に突入していた。
つい昨日――精神的に持ち直したレオは、上司に報告のうえ、無事謹慎を解かれて本来の宿舎の部屋へ戻った。事情を理解したグレイの計らいで、ヴァンにも宿舎の空き部屋が用意されたまでは良かったのだが―――
「点呼ォオオオオ!!!!!!!」
朝一番、聞き覚えのある野太い声に叩き起され、あれよあれよという間に訓練生に逆戻りというわけだ。
外周中、レオの姿を探したが見当たらなかった。
彼はエリートだし、病み上がりだ。休んでいるか、訓練生とは違う訓練をしているのかもしれない。
(せめてグレイがいれば――なんとか事情を分かってもらえるのに)
今日はグレイの姿も見つからないのだ。いるのはバルガスだけ――最悪だ。
『どうせ鍛えてもらうつもりだったんだろう?好都合じゃないか』
レックスは自分だけ空からついてきて、可笑しそうに言った。
「走って、ないやつは、黙って、ろ」
ヴァンは息も絶え絶えに答え、「やめ!」の合図が聞こえるなりその場に倒れ込んだ。
そこから昼まで、訓練はほぼぶっ続けだった。
走り込みの後は体術についての座学(バルガス曰く休憩)を挟んだ。
が、ランダムで名指しをされたり、バルガスが見本を見せるための生贄になるなどといったランダムイベントがあり、とても気を抜ける状況ではない。
ゲストであるヴァンは指名されやすくうんざりする時間だった。
そこからは腕立て、腹筋、背筋、腿上げ、素振りと続くのだが、驚くべきことにメニュー内容は個人によって違っており、最初に指示内容の書かれた紙が配られた。
神経質そうな書体で書かれた指示書を見るに、とてもガサツなバルガスが用意したとは思えない。
レックスは興味深そうに指示書に鼻を寄せた。
『グレイの匂いだな』
やっぱりか、とヴァンも頷いた。昨日の訓練でバキバキになった脚や腕周辺の強化メニューは省かれ、腹筋や腰周りが中心になっている。
その指示内容はやはり的確に限界値を狙っており、メニューをやり終えたヴァンは一歩も動けなくなった。
「どうだ?やってるか?」
中庭で大の字になっていたヴァンを覗き込んできたのは――レオだ。見慣れた茶髪とオリーブグリーンの瞳――なんだか安心する。
「レオ……どこにいたんだよ、助けてくれ」
「昨日、訓練に混ざりたいって言ってただろ?グレイ小隊長に伝えといてやったんだぞ」
「えっ」
なぜ――なぜそれならそうと誰も言ってくれないのか。レオは絶望したヴァンの顔を見てゲラゲラ笑った。
「そんな顔すんなって!1週間だけだってちゃんと言っといたし。学校にも伝わってるから」
「先に言えって!俺今日顔も洗ってないんだぞ!」
「はあ?そんなもん、朝日が昇る前にやっとけよ。ほら、配給」
当然のようにそう言ってのけるレオもまた、修羅の道を辿ってきた側の人間なのだ。
この騎士団に常識を求めるのが、そもそも間違いだった――ヴァンは渡されたサンドイッチを齧りながら、遠い目をした。
「グレイ小隊長からの指示書はちゃんと読んだか?」
「ああ。訓練メニューがしっかり書いてあって…」
「違う違う、そっちじゃない。裏だよ」
「裏?」
ヴァンは訓練内容の凄まじさに気を取られて裏まで見ていなかった。
言われた通り裏返してみると、そこにはグレイ小隊長からの所感が文面で記されていた。内容はこうだ――
「ヴァン・アドベント 貴君は非常に柔らかい筋質を持っている。手の皮が厚く、大抵の武器に適性があるが、視力も高いようなので最も向いているのは遠距離武器だ。柔軟性という長所を活かすためには基礎的な訓練により体幹を強化する必要があると考える―――」
「長い!」
思わず叫んだヴァンだが、内容には心底感心していた。ヴァンは言われた訓練をしていただけなのに、まるで個人的に身体能力テストを受けたかのようだ。
「すっごいだろ?あの人、観察の鬼なんだよ。俺あの人にじっと見られるとドキドキするんだよね。サボってるとすぐバレるし」
レオは訓練の手を抜いたある日、即日バレて懺悔室で逆さ吊りにされた話を面白話として披露した。いとも簡単に行われるえげつない行為に、ヴァンは顔を引き攣らせて何とか笑ったのだった。
「レオは、今日の訓練は休みなのか?」
「まさか。午前中はお説教食らってたんだよ。午後は自主練だろ?付き合うぜ、ヴァン」
レオは若いながらも下っ端ではなく、兵士長と呼ばれる階級にいるらしい。小隊を率いるほどではないが、指導くらいはできるという。
「じゃあ、始めるか」
そう言ってレオは着ていた騎士団の制服を脱ぎ捨て、上裸になった。
レオは普段かなりスレンダーな紳士に見えるのだが、脱いだらスゴい。服の下には立派な筋肉が隠れていた。
鍛え抜かれたその身体には、小さな傷跡も大きな傷跡もたくさん刻まれていた。訓練によるものか折檻か、はたまた任務でのものかは分からないが、彼はこの常識外れな騎士団にいじめ抜かれ生き残った選りすぐりの戦士なのだ。
準備運動を終えたレオは改めてヴァンに向き直るとぐっと腰を落とし、武闘派にしか許されないような妙にサマになる構えをとった。
「よし、組手だ。かかってこい!」
――かかってこい?この筋肉達磨に???
ヴァンは耳を疑ったが、どうもレオは脳筋スイッチが入っているようで、目を輝かせたまま待ちの姿勢だ。
『せめて膝はつくなよ』
レックスの激励も手厳しい。
残念ながらこの後ヴァンの訓練着は泥だらけになる運命なのだが――ともかく、ヴァンは全力で踏み出したのだった。




