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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第三章 騎士団編
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第16話 騎士団は理不尽


 やはり――転移には慣れない。


 ヴァンは転移直後、ふらつきながら膝をついた。胃のひっくり返るようなあの感覚、馬に振り落とされる寸前のような浮遊感――そんな感覚が残っていて、地面の硬さすら実感できない。


 ヴァンは胃液をこらえ、ようやく顔を上げた。


「……うわっ」


 思わず声が漏れた。一軒家のような大きさの門扉が目の前にそびえていた。

幅も、高さも尋常ではない。外側には巧みな彫刻が施され、まるで王宮のような重厚な威圧感を放っている。


『来る者を阻むというより、威圧する門だな』


 レックスの意見に、ヴァンは頷いた。


「まあ、騎士団は国力の象徴みたいなもんだしな」


 門や柵に凝らされた意匠を興味深く観察していると、背後から野太く大きな声が降ってきた。


「おお!!!訓練生か?」

「えっ」


 振り向くと、背後に筋骨隆々の騎士が立っていた。一体いつの間にそこに出現したのか、後ろには馬まで連れているのにも関わらず、ヴァンもレックスも全くその存在に気が付かなかった。


男は任務の帰りらしく装備には泥がついているが、その胸には金銀色鮮やかなバッジが大量についており、下っ端とは思えないオーラを放っている。


「竜の番連れとは珍しいな!え?」

「あ、いや」

「しかし、新人が来るとは聞いてないが」

「その、友人を…」

「いや面倒なことは後にしよう!『歓迎会』をせねば」


 聞こえてない――ヴァンは焦った。男には随分な上背があるうえ声も大きすぎるので、ヴァンの声は全く耳に届いていないのだ。まずい。このままでは新人騎士として迎え入れられてしまう。


「入り口で何をしているんです?はやく入りなさい」


 更に後ろから、驚くべきことに、筋肉男よりも更に背の高い女性が現れた。ヴァンよりも頭3つ分ほどは背が高い。同じ人間とは思えない骨格だ。

その背丈にも目を奪われるが、なんといってもその顔立ちにヴァンは釘付けになった。恐ろしく整っている――あまりに整いすぎている。

美しすぎるものに人間は畏怖を感じるらしい。ヴァンはこの女性の存在感に圧倒され、弁明のチャンスを見事に失った。


「新人、ぼさっとせんで着いてこい!同伴がなければまだ入れんだろう」

「いや新人じゃな、」

「ああ!まだ名乗っていなかったな!私の名はバルガス。お前のような新人を育てるのが主な仕事だ。本部にやってきて最初に会うのが教官とは、幸運だな!ハッハッハ」

「ちょっと、うるさい。エントランスは響くんだからあんたは喋んないでよ」


 この女性も随分と横暴な物言いだが、バルガスは「そう言うな!ハッハッハ」と笑うだけで何も気にしていないようだ。


――なんということだ。この場ではほとんどまともな会話がひとつも成立していない。


「あの!俺!お見舞いで来ただけで!」


 ヴァンはもう一度一生懸命声を張り上げてみた。しかし、その声はバルガスの鎧の擦れる音や大袈裟な足音にかき消されてしまう。


「ところでバルガス、例の件は上手く片付いたの?」

「いんや、さっぱりだ!団長に出張ってもらわにゃ前に進まん」


 必死の訴えも虚しく、二人の興味は既に任務の話に移ってしまっていた。


(くそ、まずい!聞いてねえ!)


 ヴァンは諦めず何度も会話を試みたが、やはり声は届かない。それどころか途中で歩くのが遅いと叱られて荷物よろしくバルガスに抱えられてしまった。


 ――成り行きに身を任せるしかないのか…。


 そこからはもう諦めの境地だった。バルガスが押し開けた新たな扉の向こうに、常識人がいることをヴァンは願った。


「バルガス隊長!」

「ご苦労様です!」


 入ってすぐに、入口を護っていたらしい憲兵が敬礼してきた。

 室内ではあるが、窓は大きく、開放感のある作りだ。中央には巨大な勇ましい石像が置かれている――誰の石像だろうか。奥は中庭に通じているようで、軍馬房も見えた。


 石像の奥の開けた場所では、三十人はいるだろうか、ヴァンより少し年上くらいの若者たちが各々トレーニングに没頭している。ここは所謂、訓練場なのだろう――騎士たちはまだこちらには気付いていないようだ。


「じゃあ、アタシは行くから」

「おう!」


 女はひらひらと手を振って脇の扉へ歩いていく。結局名前すら分からなかった美女の背中をぼんやり見送っていると、突然バルガスが腹の底から響くような号令を放った。


「せぃれぇえええーーーつ!!!」


 すべて言い切るよりも早く、若き騎士たちは整列した。間に合わなければ殺されるとでもいうのだろうか、張り詰めた彼らの表情には恐怖の色が見える。


「ヨシ!ハッハッハ。新入りだ、紹介しよう。エー…ウン。自己紹介!」


 ヴァンに名前すら聞いていないことを気まずく思ったのか、バルガスは抱えていたヴァンの首根っこを掴んでバンと背中を押した。列の前に投げ出されたヴァンの顔は絶望感に満ちていた。


 なんだってこんなことに―――自己紹介――しなくちゃいけないんだろうか?


 静まり返った訓練場で、若騎士たちの視線を一身に受けながら、ヴァンは狼狽した。品定めされているような、同情されているような、なんとも言えない雰囲気だ。少なくとも、『友人のお見舞いに来ました』なんてとても言える空気ではない。


「え…えー…自分は…」

「声が小さい!」


 バルガスに脳天を引っぱたかれた。ヴァンは顔を上げ、再度口を開く。


「自分は!」

「声が小さい!!!!」


 またしても脳天を引っぱたかれた。拳でないだけマシかもしれないが、それでもかなりの衝撃だ。


「自分はァ!!!!ヴァン・アドベントです!!!」


 これまでの人生で一度も出したことがない声量をようやくひねり出すと、ひっぱたかれずに済んだが、場は再度静まり返ってしまった。


――なんかほかにも言うもんなのか!?

ヴァンは混乱した。


恐る恐るバルガスを振り返ると、倍の声量で大男は言った。


「それだけか!!!!」

「えっ…す、すみません!!!!!」


 勢いに押されて謝ると、そのまま蹴っ飛ばされてヴァンは床に倒れた。


「腕立て!!!用意!!!」

「えっ!?」

「腕立て!!!!」

「ハイ!!!!」


 流されるまま、ヴァンはぎこちなく腕立てした。十回くらいで済むと思いきや、三十回を過ぎ、ヴァンがその場に崩れ落ちるまでしっかりとやらされた。


「本来は50回だ!軟弱者が!!!」


 バシャリと水をかけられる。


「グボア!!なに!?水!?」

「立て!!ヴァン――ヴァン・なんとやら」


 せめて名前くらい覚えてくれ――そんな言葉を飲み込みつつ、咳き込みながら立ち上がる。


「グレイ!!」

「…ハイ」


 呼ばれて進み出てきたのは、銀髪の男だ。

 年齢はヴァンよりも一回り上くらいに見える。切れ長の目元が印象的で、動きには無駄がない。ナイフのように鋭い雰囲気をまとっているが、その目にはまるで覇気がなかった。


「声が小さいぞ、まったく!!」

「…申し訳ありません」

「お前にこの新人の基礎教育を任せる!!やれるな!!」

「…ハイ」


 やけに長い間だ。渋々といった感情を隠しきれていない。――いや、既に疲れ切っているように見えるその顔色からすると、もう隠す気力が残ってないのかもしれない。


「ではな!!!よく励めよ!!ハッハッハ」


 バルガスはそうしてグレイと呼ばれた男にヴァンを押し付け、去っていってしまった。


「ウン…まあ…。じゃあ…やろうか」


 本当に大丈夫だろうか、今にも倒れるんじゃないだろうか。自分のことは棚に上げて彼のことが心底心配になったヴァンだった、が――


そんなものは全くの杞憂であることを、

この後、思い知る。


「ついてきて」

「…ッハイ!」

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