第15話 長靴をはいた猫
ベリーの部屋は、教員寮にはない。学園の端にある塔にある。
それも、右へ左へ無理やり家々を継ぎ足した、なぜ建っていられるのか不思議なほど奇妙な形の建物だ。
『あの赤猫の匂いがする』
レックスは塔の入口まで来ると鼻をひくつかせた。
「匂い?近くにいるってことか?」
『いや。気配が塔を覆っているような…妙な感じだ。結界のようなものかもしれない』
「なるほど」
ベリーは高度な魔法であるはずの結界をお茶でも淹れるかのように簡単に張るし、番の猫が結界能力を持っていてもおかしくない。
「まあ、俺たちが来たことに気付かれても別に困らないしな。行こうぜ」
『…監視されているようで気分は良くないな』
この塔の下の階層は医務室になっていた。ヴァンが少女セーリアに看病され、気を失ったのも恐らくこの塔だ。
「よーっす。失礼します」
医務室は人が多く、バタバタと慌ただしかった。
――実技授業が多めの学校だし、負傷が多いのかもしれない。もしくはベリーのタライのせいかも。
誰に声をかけるか迷っていたヴァン、は視界の端で見つけた知り合いを見つけた。
「セーリア!この前はありがとう」
少女はその声に気づくと、ふわりと新緑の長髪をマントのように翻してこちらを振り返った。そのさまはどこかベリーを彷彿とさせる。
――あの魔女とは似ても似つかんと思っていたけど、さすが血縁だ。
「ヴァン・アドベントさん!良かった、回復したんですね。あのときは色々、その、すみませんでした」
「いや、困らせて悪かった。番も俺もこの通り元気だから」
『…』
レックスは興味深そうにセーリアを見つめている。セーリアはそんなレックスの存在に驚いて半歩下がった。
「ひっ…番の竜さん?思ったより大きいんですね!かっこいいです」
「へへ、だろー?ベリーに会いに来たんだけどさ、いるかな」
「ベリーさまなら最上階にいらっしゃいますよ」
セーリアはにっこり笑って、階段まで案内してくれた。別れ際、快気祝いにと抱えていた林檎を2つ分けてくれた。ヴァンは1つを頭の上のレックスに投げ渡して、ベリーの部屋へ向かった。
「優しいよなあ、セーリア」
世間話のつもりで話を振ったヴァンだが、レックスは違った感想を持ったようだ。
『あの者…凄まじい魔力を持っているぞ』
「えっ―――そうなの?」
『ああ。ヴァン、お前よりも強くなるやもしれん』
ヴァンは軽く首を傾げ、リンゴを齧った。このリンゴと同じように、変わったところのない、普通の少女のようにヴァンには見えた。
『才能に器が間に合っていないから常に魔力が外に漏れ出していた。この林檎にも彼女の魔力を感じる』
齧ったリンゴをまじまじと見つめたが、やはり何の変哲もない美味しいリンゴにしか見えない。
「…俺にはわかんないや。それっていわゆる、湧水がすごいってこと?」
魔法の才能は、よく『湧水』と『コップ』に例えられる。
魔力は湧水のように、当人の魂から生みだされる。しかし使うにはコップが必要――つまり、湧水の源泉が優れていても、コップが小さいと使う魔法は限られるわけだ。
『そうだ。非常に良質な魂だといえる』
「そういうのって、お前には目で見えるの?」
視覚共有すれば見えるのか気になって、ヴァンは尋ねた。
『いや、感覚的なものだな。
――私は竜だ。良質な魔力を持つ生き物は、美味そうに見える』
思わず立ち止まって頭上の相棒を見上げると、レックスは悠然として見つめ返してきた。
『お前もかなり美味そうだ』
「それ喜びにくいんだけど」
また歩き出したヴァンは、セーリアが番召喚で泣き出して倒れたことを思い出した。
「セーリアもさ、それなら尚更、もっと自信持ったらいいのにな」
そんな話をしているうちに、2人は階段を登りきっていた。緑の炎に照らされた木製の扉は無機質で、その向こうから音はしない。ヴァンはノックしようとしたが、その前に扉はひとりでに開いた。
「ヴァンか」
奥から見知った声がする。
その声色から若干の苛立ちを感じたため、ヴァンは緊張した面持ちで部屋に踏み入った。
ベリーの部屋は、とにかく物に溢れていた。
南方の彫刻、魔物のしっぽに、謎の肖像画、ランタン、地図。壁は四方全て本棚に囲まれているが、入り切らず溢れた本が床にまで積まれており、足の踏み場はほとんどない。
――どこからか、ずっと草花の香りがする。
気になって当たりを見回したヴァンは、天井から大量の草花が生えていることに気づいた。天井は一面が土でできている――まるで、巨大な花壇を逆さにしたようだ。
――なぜ土が落ちてこないんだろう?
この学校に入る前にあらゆる資料を読み漁ったヴァンは、物を宙に浮かせ続けるには多大な魔力を消費することを知っていた。
もっと、高度な空間魔法――部屋に刻まれているなら、魔法ではなく魔術と呼ぶべきだが――を施しているのだろう。
まだまだ自分には知らないものが沢山あるらしい、とヴァンは心が踊った。
部屋の奥に進んでみると、アマリエル・ベイリーは窓際で紅茶を飲んでいた。読書中だったのか、手元の本から目も上げない。
「あの…俺だけど。今いいか?」
気まずくなって声をかけると、ベリーは呆れ気味にため息をついた。
「構わんが――お前、大人に会う時は事前に連絡をするもんだぞ」
彼女が杖を出して軽く振ると奇妙な形の椅子とヴァンの分の紅茶が出現したので、ヴァンはおずおずそこに座った。
「その、悪かったよ…早くレオのとこに行きたくて」
「フン。魔法陣ならそこにある」
ベリーが指したのは部屋の中央だ。よく見ると、本に埋もれかけてはいるが、そこら円形のちょっとした祭壇になっていた。
その真ん中には既に転移魔法陣が描かれているようだ。淡く光を放っており、いつでも転移できる状態なのがわかる。
転移魔法陣を活性化させるには、転移先へ歩いて移動するのと同じだけの魔力を消費しなければならない。
――騎士団本部への道のりは、歩けば1週間だ。普通なら数人がかりで発動させないと倒れる。
ヴァンはレックスと目で感心を示し合った。本当に、凄まじい魔力量だ。
「紅茶を飲んだら、勝手に行け。帰りは自分でどうにかするんだな――案内まではせんぞ」
それだけ言うと魔女はまた本を開こうとしたので、ヴァンは慌てて続けた。
「あのさ!襲ってきたヤツらについて聞きたいんだけど」
「む」
ベリーはそれを聞くと動きを止め、不愉快そうな顔で「クリム」と呟いた。その声に応えてどこからともなく赤毛の猫が現れ、ベリーの膝に乗った。
「ふん――実に不愉快な連中だった。番を狙った以上、お前かレオかどちらかの誘拐が目的だろうが」
猫はくるるる、と喉を鳴らす。番を呼んでおいて撫でるだけだったので、ヴァンはなぜこの猫を呼んだんだろうと疑問に思った。
「あいつらが何者かについては、知らん」
「そっ…か…」
「ぶちのめしてしまったし」
やはりしっかりとトドメをさしていたらしい。ヴァンは落胆した。手がかりがなくなってしまった――敵の正体が分からなければ警戒しようがない。
「まあそうはやるな。この私が何も知らないというのは、立派な情報だぞ」
「はあ?どういうことだよ」
ニャアン?
クリムというらしい、ベリーの番の猫は意味ありげにベリーに向かって鳴いた。
「ああ、頼めるか」
すると猫はするりと膝から飛び降りてにゃんぱらり――後ろの二本足で着地した。いや、違う――二足歩行に変化した。いつのまにか上等そうな洋服に、長靴まではいている。
「ケット・シー!」
『如何にもにゃ』
ヴァンの声にクリムはふんぞり返って答えた。少年のようにあどけない声だ。
「生憎、私の頭の容量は魔法の知識でいっぱいでね――他のことは覚えが悪い。諜報、記録、偵察はクリムに任せているんだ」
クリムはベリーの説明に誇らしげに喉を鳴らすと、『にゃん!』という掛け声とともに謎のポーズを決め、しっぽで床を叩いた。
すると重厚な厚みの本がどこからともなく現れ、宙に浮いたかと思えば、勝手にページが捲られていく。
――ケット・シーは妖精の一種だったな。魔法も使えるのか!
ヴァンはケット・シーについて書かれていた本の記憶を引っ張り出した。かなり古い、遠くの国の物語の本だったような――それこそ、この目で見るまでは空想上の生き物だと思っていた。
『ボクは、国内に登録されてるあらゆる組織の特徴を記録してるんだ。まあ、僕は匂いだけでわかるけど。記録はご主人様へのサービスて』
ケット・シーは本の中に前足を突っ込み、中から無数のバッジを取り出して見せた。
『自然保護団体から盗賊団まで、目印があればわかるけど。この前来た奴らはお揃いのものは身につけてなかったにゃ』
クリムはしょんぼりと耳を畳んで言う。
「隠密作戦だったか、暗殺集団だったか、個人プレーだったか…だな」
ベリーが神妙な面持ちで呟く。クリムは腕を組んで『にゃあ』と言った。にゃあは同意なのだろうか。
『違うよ。僕の知っている団体に属していれば匂いでわかる。襲撃者は上に怒られるって言ってたし、個人でもない』
否定だったらしい。猫語はなかなか難しい。
「じゃあ…結局なんだったんだ?」
「お前に心当たりはないのか?」
ベリーの言葉に、ラスの尋問での言葉が蘇る。
『国に目をつけられれば、私も味方でいられるとは限らん――』
襲撃者は、国の人間だったんだろうか?
ヴァンは彼らの容姿をよく思い出した。男の方は、最低限の布きれは身につけていると言った感じの装いだった。女の方は確か、シンプルな黒いワンピース。
国の使いだったのであれば、もう少し上等な服になりそうなものだ。雇われ人の線が濃厚か――
『あの場には3人いたはずだ』
レックスが言った。ヴァンも思い出した。レオは3人に囲まれてると言っていた!
「ほう。クリム、わかるか?」
『それはたぶんこの学校の人間にゃ。ボクも気付いて偵察したけど、胡散臭い匂いがしたにゃ』
赤い猫は本に手をつっこみ、スカーフのようなものを取り出して見せてきた。
『これにゃ。ラス・フォーチュンの部屋の匂い』
「チッ…監視しに来ていたのか。不愉快なことだ。ヤツなら何か知っているかもしれんな」
『にゃ』
今度の『にゃ』は同意の相槌のようだ。ケット・シーはベリーに向かってぴょんと跳んだかと思うと、元の猫の姿に戻ってスヤスヤ眠りだした。役目は果たしたということらしい。
「まあ、そういうわけだ。ラスだが――会いに行っても無駄だぞ?やつの年間休日は0.5日。ほとんど学校におらん。手紙が無難だな」
なんと――大人って哀れだ。ヴァンはレックスと顔を見合せた。
「どう思う?」
『――騎士団本部で、敵が表立って何かをしてくることはなかろう』
そこで襲撃されたら、襲撃を許した騎士団の名が落ちてしまう。
「まあ、困ったことがあれば手紙をよこせ。給料の分くらいは助けてやろう」
ナァーン。
赤猫は同意するように鳴く。ベリーはその場で紅茶を飲み干し、読書に戻った。話は終わり、ということらしい。
隠し事を吐けと脅されたり、タライを落とされなくてよかった――ヴァンも紅茶を飲み干し、魔法陣へと向かった。
「レオ、元気になってるといいけど」
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第二章、いかがでしたでしょうか?
第三章は騎士団編です!
ここまで追っていただいた方、竜の番が嫌いでは…ないですよね!?
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(作者は、何らかの反応が得られるたびに謎のダンスをしています)
ヴァンたちの物語が大きく動き出すのは、
第三章。レオが隠していた秘密とは…?
どうぞお楽しみに!
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