第14話 ご機嫌な夜
明くる日、研究室に顔を出すと、白衣をまとった魔法使いたちが一斉にヴァンを見た。
「君、あのドラゴンの番主!?」
「ひと目でわかる、髪と目がそっくりだ」
「実に希少な存在だよ、あの竜は。なにせ――」
「ところで君、身長と体重は?」
「やっぱりご両親は貴族だったりするの?」
まるで英雄インタビューだ。あっという間に取り囲まれてしまった。
「そうです、レックスの番主です。竜種で黒は珍しいって聞きますね。ええと――」
ヴァンは持ち前の記憶力を駆使してひとつずつ質問に答えながら、ジリジリと研究室の奥に進んだ。
研究室には大きな机がいくつかあり、大量の書類が雑多に置かれている。
壁面には巨大な棚がそびえ立ち、フラスコやビーカー、瓶に木箱がひしめき合っている。崩れないのが不思議なくらいの物量だ。
ヴァンは、フラスコに入っているいくつかの植物がごくありふれた野草であることに気づいた。
――その辺に生えてるようなものまで集めて、何を調べてるんだ?
好奇心が首をもたげたが、今はそれどころではない。早くレックスと合流して、無事を確かめなければならないのだ。
ヴァンは喉まで出かけた質問をぐっと飲み込み、研究員たちに尋ねた。
「あの、俺の番はどこにいますか」
「会いに来たのか!こっちこっち!」
「いや迎えに…聞いてないな」
取り囲んでいた1人に案内されて部屋の奥に進むと、スキンヘッドの背の高い人物が警備するかのように入口に寄りかかって立っていた。
といっても姿勢のせいで見張りに見えるだけで、屈強そうというわけではない。むしろスラリとしていて細身だ。
「あら?ここに一般生徒が来るなんて珍しいわね」
意外にも、その人物の声はかなり低かった。
右耳、口元、眉の上に金属ピアス。派手な赤いアイラインの化粧もしているようで、もはや素顔の印象はつかめない。
ヴァンはかつて図鑑で見た、南方に住まう鮮やかな飾り羽の鳥類を連想した。
「マーリン先生、あの竜の番主だよ。会いに来たんだって」
「そうです、『迎えに』来ました」
ヴァンは念のため訂正した。
それにしても、マーリン――中性的な名前だ。先生と呼ばれているのに、ヴァンは見たことがなかった。――外部の団体の人だろうか?
「あらあ、言われてみれば髪の色、あの子と同じ夜の色ね。とってもステキ!」
「あ…ありがとうございます」
髪を褒められたことはないので、ヴァンは戸惑ってしまった。『黒髪は不幸を呼ぶ』なんて迷信もあるくらい、黒髪は世間にウケが悪いものなのだ。
研究者らしくフラットな目線を持っているということだろうか。
「あなたの大事なかわい子ちゃんは、この奥にいるわよっ」
風圧を感じそうなほど長い睫毛でのウインクを繰り出すと、マーリンは華麗な仕草で扉を押し開けた。
「レックス!!」
『――ヴァン』
感動の再会――という雰囲気、ではなかった。
レックスはなんとTボーンステーキを頬張っていた。しかも、研究員に歯ブラシで丁寧に鱗磨きをされながら。
『実に、実に快適だ、ここは』
ヴァンはこんなに機嫌のいいレックスを見たことがない。
あの襲撃以来、ピンと張り詰め続けていた緊張の糸がついに切れ、ヴァンは笑いだしてしまった。
「ふっふ、あはは!」
ベリーの言った通りだったな――
これは笑える。
ヴァンが大袈裟に心配なんかしなくても、レックスは勝手に全快して美味しいものを食べ、悠々自適に過ごしていたのだ。
それなのに、もう会えないかもしれないなどと勝手に悲劇的になって――アホらしい、愚か者がすぎる。
『ヴァン、しばらく心を閉ざしていたな。…何度か抜け出して様子を見に行ったが、弱ってほとんど寝ていたようだし』
一文話す度にステーキを齧りながら、レックスは言った。
『体力が戻っていないだけかと思ったが…違ったのか?』
自分と同じ金色の、レックスの瞳と目が合う。
「ベリーにはシャキッとしろって怒られたよ。なんていうか、おかしな夢も見て――参ってる。話、聞いてくれるか?」
『…勿論だ。だが…』
レックスは噛みちぎったステーキを見つめている。ヴァンは噴き出した。
「いいよ、食べながらで!」
研究員に話が終わるまで部屋を出ていてもらうよう頼んでから、ヴァンは今までのことを話した。
目覚めてすぐ―――何も出来なかった己の無力感に絶望したこと。憔悴していたら、情けないとベリーにケツを叩かれたこと。背中の魔法陣の情報、そのあとおかしな夢を見たことも。
『要するに』
レックスはステーキを食べ終わったようで、口の周りのソースを舐め取ってから続けた。
『強くなればいい。違うか?』
それを聞いたヴァンは、そのシンプルな回答にあらゆる悩みを照らして考えた。
敵の正体は―強くなって倒して訊けばいい。
仲間の命は―強くなって守ればいい。
背中の謎は―強くなって鍵を外せばいい。
――なんだ、解決じゃないか。
『夢の中の母君の言うことも一理あるな。ヴァン、お前にしかできぬ役目が、必ずある。森狼の件でも、お前は役立たずなどではなかった。レオ一人ではそもそも、あの試練を乗り越えることはできなかったと私は思っている』
ヴァンはレオのようなフィジカルも、もしかしたらメンタルもない。
しかし、レオより森を理解し、魔法に長け、知識を持つヴァンだからこそできることがある。
フィジカルに関しては、これからだって鍛えられるし――そうだ。
「レオのとこで、稽古つけてもらうか」
せっかく国家騎士団という、国一番の戦闘集団の本部まで行くのだ。学びを得るチャンスだ。
『それもよかろう。しかし遠出をするなら、その前にあの時の襲撃者について調べるべきだな』
「――そうだな」
魂の番との会話は自問自答に似ている。ヴァンはレックスと話すと、自然と絡まった思考が解け、頭が整理されていくのを感じた。
――まずはベリーに、敵の素性に心当たりがあるか聞いてみよう。それから…
ヴァンはふと、頭に引っかかり続けている疑問を思い出した。
「なあ、ベリーの名前が村の古文書の言い伝えと一致してるのは、偶然だと思うか?」
『気になるのか?聞いてどうする』
「いや…だって…」
そう言われると、ヴァンが気になるだけで聞いてどうなるわけでもないことに気付いた。
『親戚と名乗る女…セーリアだったか?その者の姓はベイリーなんだろう。関係がある可能性は高いとは思うが』
ベリーが、古文書にあった『救国の魔女』アマリエル・ベイリーであるなら――もはや生ける伝説だ。しかも千五百歳を超えている。
「マーリンなら、何か知ってるかな」
ヴァンは黒髪を褒められたことが嬉しかったのか、マーリンを気に入っていた。
『やつは博識だからな。それに私の鱗を満点の星空のようだと持て囃して、何枚もスケッチしていたぞ』
マーリンの賛辞はレックスにも刺さったようだ。
『しかし…あれは研究者だな』
レックスが言うには、マーリンのスケッチは美しく描くというよりは正確に姿を写し取ったようなものだったらしい。時にはマッサージをしてきたこともあったが、それも骨格を確認しているように感じたらしい。
『おそらく生来、『研究者』という生き物なのだ。私があれを気に入るのは――お前に似ているからかもしれない』
「俺?」
『お前は観察者であり、研究者であり、探求者だ、ヴァン』
知らないことを知らないままにすることに耐えられない――確かにそうかもしれない。
「ま、いいや。とにかく、すぐベリーのとこに行こう」
ヴァンは膝を叩いて立ち上がり、レックスにも目で同行を促したが、レックスは背後に用意されていたおやつ用と思われる燻製肉をじっと見つめていた。
「行くぞってば」
レックスはこちらを見ない。
『…むむ』
「むむじゃない」
――仕方ない、ベリーのところに行く前に、燻製肉を買いに行くか…。
そんなことを考えていると、その思考が届いたのか途端にレックスは頭に乗ってきた。
――なんて現金なヤツ…
「まあ、お前が元気なら、それでいいや」
ヴァンはこの日初めて、心から笑ったのだった。
「よし、行くぞ!」




