真相の夜
氷と鋼が交錯し、夜の庭に轟音が響いた。
白い霧のような冷気と、閃光のごとき双剣の斬撃。
互いの力を惜しみなくぶつけ合い、どちらが勝ってもおかしくない凄絶な刃の応酬だった。
ロウもミレイも、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
その場にいるだけで息が苦しくなる。常人には到底近づけない領域――まさに王剣の戦場。
やがて、シャナが双剣を交差させて下ろし、吐息を漏らした。
「……ふふ。もういいわね。ここで決着をつける意味はないもの」
セリナも氷の腕を解き、冷気を収める。
「最初から、そのつもりで来たわけではなさそうね」
シャナは片手を広げ、肩をすくめる仕草で微笑んだ。
「ごめんなさい。ただ、あなたが本当に《氷刀》シレーヌなのか――確かめたかっただけよ」
その名を口にされ、ロウは息を呑んだ。
母が本当に……伝説と恐怖を背負った存在だと、改めて思い知らされる。
シャナはゆっくりと剣を鞘に収め、表情を真剣に改めた。
「私は王剣八騎士の一人、《双剣》のシャナ。王の命で、あなたを守るために派遣されたの」
「……王が、私を?」
セリナの瞳が揺れる。
「そう。近年、敵勢力の動きが活発になっている。特に《トワイライト・レスティニー》という男が幹部に加わってからはね。王は、あなたが再び狙われるのを恐れているの」
四人――セリナ、ロウ、レイラ、ミレイは家に戻り、卓を囲んだ。
静まり返った家の中で、張りつめた空気が流れる。
やがてセリナは深く息を吐き、決意を固めたように口を開いた。
「……“氷の夜”の話は、知っているわね?」
その言葉に、場が震えた。
ロウもレイラもミレイも顔を見合わせ、すぐに頷いた。
「絵本で見た……王都が真っ白に凍りつく挿絵を」
「吟遊詩人が歌ってた……“氷の魔女が夜を覆い、国を救った”って」
「知らない人なんていません……英雄であり、恐怖の象徴」
セリナは苦笑し、視線を伏せた。
「ええ……それを引き起こしたのが、私」
沈黙。食卓を囲む五人の誰もが、息を呑んだ。
「セイタンは王国を巻き込む大乱を起こした。私は王の密命で、護衛兵だったカロスと共に要石を持ち去り、封印した。
その一夜――敵を退けるために、私は王都を氷で覆った。
……それが“氷の夜”の真実よ」
「あれを……母さんが……!?」
ロウの声は震えた。
レイラも目を見開き、信じられないと首を振る。
「……だって……物語の中の人でしょ……? 本当に母さんが……?」
ミレイも呆然と呟いた。
「ロウの……お母さんが……伝説の《氷刀》……」
セリナは苦笑しながらも、その声は次第に強くなっていった。
「英雄と呼ばれた。でも同時に、恐怖の象徴とも……。
私は敵を退けたけれど……罪のない人々まで巻き込んでしまったの」
ロウは息を呑む。
「死者は出なかった。けれど、凍傷に苦しみ、怯えた民は大勢いた……。
あの光景は、今も私の中で消えない……。
だから私は……あの時のような大規模魔術を二度と振るいたくないの」
セリナの拳が膝の上で固く握られる。
「私は剣を氷で補い、対人戦の技としてなら振るえる。でも……国を呑むような氷は……」
その言葉に、ロウは母を見つめた。
彼が知っていた“優しい母”の顔と、伝説に名を残す《氷刀》シレーヌの姿が、ようやく一つに重なり合った。
シャナが口を開く。
「そして今、トワイライト・レスティニーが再び要石を狙って動いている。……あなたも、そしてあなたの血を継ぐ子も」
その言葉に、ロウはレイラの肩を思わず抱き寄せた。
セリナは二人を見つめ、淡い微笑を浮かべた。
「だからこそ、何があっても自分を見失わないで。あなたたちは、私とカロスが命を賭けて守り抜いた希望なのだから」
その時だった。
――ピリッ。
肌を刺すような感覚が走り、セリナとシャナが同時に顔を上げる。
「……殺気」
「外に、いるわね」
家の外、闇の中に渦巻く二十を超える気配。
その中には、シャナやセリナに並び立つほどの強者の剣気が混じっていた。
夜が、血の匂いを孕んでざわめき始めていた。




