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サナリアムの朝

 陽光に照らされた地方都市サナリアムの剣術道場。

 朝の冷たい空気の中、木刀がぶつかり合う乾いた音が響いていた。


「はぁっ!」


 気合とともに斬り込んだロウの一撃は、あっさりと受け止められる。

 相手は幼馴染であり親友の少女、ミレイ。長身をしならせ、まるで舞うように軽やかに木刀を捌いた。


「ロウ、脇が甘い!」


 弾かれた木刀が空を切り、ロウはよろめく。すかさずミレイの一撃が肩口に当たり、乾いた音が響いた。


「……また負けた」


 肩を押さえながら苦笑するロウ。十六歳にして背は高くないが、日焼けした顔とがむしゃらさが印象的な少年だ。


 対するミレイは、陽の光に映える金髪とすらりとした長身を持つ少女。鍛えられた体つきながら女性らしいしなやかさを残し、木刀を構える姿は、師匠マルクスさえ舌を巻くほどの鋭さを宿していた。


 師匠の見立てでは、将来は間違いなく《王剣八騎士》に数えられる逸材。ロウとは正反対の「天賦の才」を持つ剣士である。


「おまえら、そこまで!」


 重厚な声が飛ぶ。鍛え抜かれた屈強な体を持つ巨漢、マルクス師匠だ。元・王都第三騎士団団長にして、今は地元で道場を構える剣士。その体躯は衰えを知らず、今でも現役と言われれば誰も疑わないほどの迫力を放っていた。


「ふぅ……やっぱり、ミレイは強いな」


 木刀を下ろしたロウが息を整える。ミレイは少しだけ視線を逸らし、耳を赤く染めた。


「……強い弱いじゃなくて、ロウがもうちょっと考えて動けばいいんだよ」


 口ではそう言うが、その声音には親友への苛立ちよりも、むしろ心配がにじんでいた。


 周囲には他の弟子たちもいた。

 長髪をかきあげながら皮肉めいた笑みを浮かべるオルト。

「また負けたのか、ロウ。才能ってのは残酷だな」


 いつもワタワタしている美形少年フラウが慌てて口を挟む。

「そ、そんな言い方しなくても! ロウだって努力してるし……!」


「ははっ、まあまあ」


 兄貴分のラクロスが割って入り、弟たちをなだめる。十八歳の彼はすらりとした体格に柔らかな笑みを湛え、時に師匠マルクスと互角以上に渡り合う実力を持つ道場随一の剣士だ。


 ――それでも。

 どれだけ努力しても、ロウの剣は空を切り、幼馴染の背中は遠のいていく。

 けれどロウは諦めなかった。剣士の頂点、《王剣八騎士》に憧れる想いは、誰よりも強いのだから。


◆ ◆ ◆


 午前の修練を終えた頃、マルクス師匠が声をかけてきた。


「おい、ロウ、ミレイ。納屋に置いてある薪を運んでこい。昼の鍛錬に使う」


「はい!」


 ミレイが即座に返事をし、ロウも慌てて頷いた。


 二人は木造の納屋へ向かい、中に積まれた薪を抱えて運び出し始める。


「はぁ……ミレイと一緒なら雑用も悪くないな」

「何言ってるの。早くしないと師匠に怒られるよ」


 いつもの調子で笑い合った、その時だった。


 ――ドガァンッ!


 外から大きな衝撃音が響いた。地面が揺れるほどの激しい振動に、二人は思わず身を縮める。


「荷馬車が倒れぞ!」


 誰かの怒鳴り声が続き、納屋の壁がガタガタと震えた。次の瞬間、油を積んだ荷馬車の樽が地面に叩きつけられ、油が飛び散る。火花が散り――。


 ――ボッ!


 瞬く間に炎が走り、納屋全体が真っ赤に包まれた。


「っ!? なんで火が……!」

「ロウ、出口へ!」


 二人は駆け出す。だが屋根の梁を舐めるように炎が走り、ギシギシと音を立てた。


「危ない――!」


 崩れ落ちる梁がロウの頭上へ。

 咄嗟にミレイが体を投げ出し、ロウを押し倒した。


 ――ドガァン!


 土煙と炎の中で、ミレイの身体が梁の下敷きになる。


「ミレイッ!?」


 必死に木材を押し上げようとするが、炎に包まれた梁は重く、びくともしない。


「ロウ……あなただけでも……逃げて……!」


「そんなの無理だ! 置いていけるわけないだろ!」


 焦げる匂い。焼けつく皮膚。

 必死に力を込めても梁は動かない。


 ――助けたい。絶対に、助けたい。


 胸の奥が焼け付くように熱くなった。視界が青白い光に包まれる。


「……っ!?」


 ロウの両手から、光がほとばしった。

 轟音とともに冷たい風が巻き起こり、炎が一気に押し流される。

 まるで空気そのものが凍りついたかのように、炎は蒸気へと変わり、納屋を包む火は消え去っていた。


◆ ◆ ◆


 白い蒸気が立ちこめる納屋に、駆け込んできたのは師匠と仲間たちだった。


「ロウ! ミレイ!」


「な、なんだ今の光は……!?」

「馬鹿な……炎が一瞬で……」


 フラウが目を見開き、オルトが吐き捨てる。


「……剣もダメなくせに、魔術なんて――あり得るのかよ」


「お、オルト、やめろって!」

 フラウが慌てて止めるが、その顔も強張っていた。


 ラクロスが梁を押さえながら、低く言った。

「……どちらにせよ、ただ事じゃないな」


 マルクス師匠が重々しく告げる。

「皆、外へ出ろ。ロウと話すのは後だ」


 弟子たちは渋々外へ出ていった。


 ――その様子を。


 誰も気付かなかった。

 納屋の外、陰に身を潜めるフードの影が、一部始終を見届けていたことに。

 顔は覆われ、正体は窺えない。ただじっと、蒸気の中の少年を見つめる視線だけが熱を帯びていた。


◆ ◆ ◆


 ――ソルティアーナ王国。


 広大な大地を五つの州に分け、王都を中心に繁栄する大国。

 誇りは「剣」と「魔術」。その象徴が《王剣八騎士》である。


 一人で千の兵に匹敵すると謳われる八人の騎士。

 《斬鉄》《双剣》《紅蓮》《氷刃》……歴代の名は英雄譚として語り継がれてきた。


 ロウが暮らすサナリアムは、王国南西の地方都市。交易路の中継点として栄えるが、王都から見れば辺境に過ぎない。

 それでも若者たちはここで剣を学び、いつか王都へ行くことを夢見る。ロウもその一人であった。


 ――だがこの日、炎の納屋で示した光が、彼の運命を大きく変えることになる。



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