「ちょっと、お姉ちゃんとお話しよっか」
先ほどまでの『カワイイ』よりも、少し下がった、抑揚のないトーンで。
『レンチャン、ズットミテル!』
「っ……」
『クルシイ、ミテルヨ! ズットミテル!』
途端に、口元を歪め、苦々しい表情になる恋。
なまじ、ルンロンの振る舞いが大きく変わらないからこそ、その向こう側にあるものへの嫌悪感が拭えないんだ。
『レンチャン、スキ! カワイイ!』
屋上での、わたあめとの会話を、振り返る。
考えなければならないことは四つ。何時、誰が、どうやって、何故、だ。
何かしらの目的で、恋の部屋に入り、ルンロンに言葉を教えた、誰かがいる。
「ルンロン。私、ルカちゃん」
恋とルンロンの間に入って、自分を指さして言ってみる。するとルンロンは首をぐるんとかしげ。
『ンダヨォ』
だからなんで私に対してはそのリアクションなんだよ。
とにかく……ルンロンは、こっちの言葉を、素直にオウム返しならぬヨウム返ししてくれるわけじゃない。
恋が言っていた通り、ルンロンに言葉を覚えさせるには反復練習が必要だ。
ここまで、わたあめに煽られたこともあって……部外者の可能性も考えてはみたけれど、実際に確認してみて、わかった。
これは、家族以外には絶対に不可能だ。
気づかれないようにこっそり恋の部屋に忍び込んで、ルンロンに何度も何度も言葉を教え込むのは、いくらなんでも無理がある。
父か、母か、姉か、弟か、祖父母か。
恋が部活に励んでいる間、家に居る家族なら、どうやって、と何時、は、極端な話、誰にだって可能なのだということは、恋本人が言ったことだ。
だから、残っているのは何故、になる。
けど、そこから先にどうやって進む?
「……ルカちゃん」
口をつぐんだ私を、恋は不安げに見つめてくる。
恋は察しているはずだ。この娘は馬鹿じゃない。状況的に、家族以外ではありえないからこそ――その〝何故〟こそを知りたくて、私に助けを求めてきたのだ。
「………………何で」
だとすれば、何故わたあめは、放課後のあの段階で、答えを出せたのだろう。
思考がそこに至った時、まるで頭の中を覗かれているように。
不意に、私のスマートフォンが、ぴろん、という通知音を鳴らした。
「……ちょっとごめん」
恋に断りを入れて、画面を見る。
「……え?」
メッセージアプリの新着通知、泡沫潟わたあめの名前。
その内容に、私は目を丸くして――――同時に、ぞくりと背筋が冷えた。
『弟くんにお友達が居て、よく迎えに来てたり、遊びに来てたりしてない?』
たった一行。けれど、それは、私が恋の家に来て、初めて知ったことで。
さっき、軽い雑談の流れで聞いた話であって、わたあめがそれを知る余地なんて、無いはずなのに。
アプリを開きっぱなしだからか、通知音ではなく、シュポ、シュポ、と追加のメッセージが、続けて連続で届く音。
『ルンロンに言葉を教えられるのは、家族以外に居ないよね』
『でも、ルンロンに言葉を教える理由が、家族にはないから、困ってる』
そう、その二つが矛盾しているから、しっくり来る答えが出ない。
タイミングを見計らったように、更に追加のメッセージ。
『言葉を覚えさせたい理由が、家族以外にあって』
『家族はそれを代行してるんだとしたら、どうかな』
代行、つまり……ルンロンに言葉を覚えさせたい誰かに代わって。
家族の誰かが、《《それを教えている》》?
何でそんな事……ある意味、家族がイタズラしてるより質が悪いじゃないか。
混乱する私に追い打ちをかけるように。
シュポ、と音がして、最後のメッセージが届いた。
『はてちゃん、ルンロンちゃんがお喋りするのはどんな時?』
「………………あ」
ルンロンは、賢い鳥だ。
その時の状況にあった言葉を、自分で思考して、選択することが出来る。
意味なくは喋らず、呼びかけに応じ、会話の流れを推し量れる。
だったら……前後の文脈に意味があるとするなら。
ルンロンが覚えた言葉が、恋を怖がらせる為のものじゃなかったとしたら。
辻褄が、あってしまう。
「ルカちゃん?」
恋が、顔を覗き込んできた。私は、なんて答えるべきだろうか。
推測でしかない、証拠がない、もし確定させたいなら、言質を取るしかない。
だけど状況を鑑みるなら――多分、あの人しかいない。
私が、口を開きかけたその時。
コンコン、とノックの音がして、返事をする前に、扉が開いた。
「なー、そろそろ飯できるけど、どうするって」
「え、もうそんな時間?」
メッセージを確認がてら、スマホを見てみると、確かにもう十九時前だ。流石に御暇しないと、迷惑がかかる時間帯。
「……じゃあ、私、そろそろ帰るね」
「ル、ルカちゃん」
「大丈夫」
不安げな顔をする恋に、私は努めて笑顔で言った。
「今日中に、解決するから」
何言ってんだろ、と不思議そうな顔をして、首を傾げる征くんの首根っこを。
「ちょっと、お姉ちゃんとお話しよっか」
私は無造作に引っ掴んで、廊下に出た。