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だから、私たちは空に落ちていくフリをする。  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第一章 ヨウムに用事はないけれど
8/22

「……熱帯魚クラブってなにするの?」


「私の家? 大丈夫だけど……一応、お母さんに聞いてみるね」


 十八時を回っても、まだ日が沈みきらない時間帯、吹奏楽部の練習を終えたれんを待ち伏せして捕まえると、あっさりと実家からも許可をもらえた。


「えっと、お夕飯食べていく? って」

「あ、いえ、そこまではお世話にならないです、大丈夫です……」


 というわけで、恋の自宅までバスで三駅。そこから歩きで十五分くらい。

 先導の為に前を歩く彼女の後ろを、少し歩幅を押さえて着いていく。

 人通りが多く、明かりが多い大通りを経由して、いわゆる高級住宅街、って奴に足を踏み入れた。


 まあ、見える家見える家が、大きい大きい。庭付き車付きは当たり前、立派なガレージに凝った外観。別に今の生活に不自由はしてないけれど、それはそれとして、住んでる世界の違いをひしひしと感じる。


「…………ルカちゃん、どうかした?」

「や、なんでもない」


 家から近くて、学力的に行けそうで、祖父も学費面を許可してくれた、の三つが重なって進学先を選んだのだけど、風光学園は基本的にお金持ちの家の子が多い。


 恋の家は、そんな印象を補強してくれるような立派な邸宅だった。門が大きく、二台の高級車が横に並ぶガレージを横目に、敷石を踏んで玄関に向かう。


 大きな両開きの扉を開ける鍵は、そもそも挿して回してガチャン、じゃなくて、指を押し付けての指紋認証だった。我が家とはセキュリティのレベルが違う。


 ……これ、部外者が中に入るのは絶対に無理だ、合鍵が物理的に存在しない。


「ただいまー」


 我が家の三倍はある広い広い玄関に足を踏み入れる。天井まで伸びる備え付けの靴箱だとか、左右の棚に置かれた立派な花瓶と生花だとか、かなり奥まで続く廊下の先の壁にかけられた小さな額付きの油絵だとか、一歩目にして文明の差を感じる。


 階段も、二階から三階まで一直線に伸びているのが見える。普通、こういうのって折り返すものでは?


「あら、おかえりなさい」


 玄関のすぐ側にある扉が開くと、恋を少しだけ大人にしたような、穏やかな雰囲気の女性が出てきた。


「あなたがルカちゃん? はじめまして、いつも恋がお世話になってます。母のみやびと申します」

「あ、どうも」


 随分と若いお母さんだな……こちらも一礼して、名前を告げた。


「夜分にすいません、なるべく早く帰りますので」

「いえいえ、恋がお家にお友達を連れてくるなんて久しぶりで、もう嬉しくて」

「ちょっと、お母さんってば」


 なんか、こう、ドラマとか本とかでよく見たことのあるやり取りだ……。

 普通の母子って、こんな感じになるものなんだろうか。

 目の前の光景が、なんだか遠く感じる……というのは流石に浸りすぎか。


 別に、羨ましい訳では無い……はず。


「ルカちゃん、ご飯、本当に大丈夫?」

「いえ、お構いなく……少し確認したいことがあるだけなので」


 しかし、やっぱりもう我が家にはない温かみではあるので、ご厚意は大変ありがたいけれど、触れ続けるとやけどしてしまいそうだ。


 挨拶もそこそこに、靴を脱いで揃えてから、恋がおいてくれた来客用のスリッパに履き替える。

 階段はすぐ目の前にあるので、これを上がっていくんだろう、と思ったら、


「ルカちゃん、こっちこっち」


と手招きして、恋はそのまま母親を追いかけて扉の向こうへ。


 おや? と首をひねりながら後を追いかけると、キッチンと、ダイニングと、リビングが地続きになっている、広い空間があった。わずかに香辛料の匂いがふわっと漂ってくる……うん、カレーかな、これは。


 天井が吹き抜けになって、三階の廊下までがよく見える。


 ……うわ、なんだ、あのテレビ。家の何倍大きいんだ、しかも壁に埋め込まれてる。


 ダイニング側には分厚い木製のテーブルに、立派な椅子が鎮座している。ううん、畳敷きにちゃぶ台の我が家より、生活している座標が一mくらい高いんじゃないか……?


「あ、レンねーちゃん。おかえ……なんだよ誰かいんのかよ!」


 そして、その大きなテレビに向かって、なんか、多分、ゲームのコントローラー? を握ってカチャカチャやってた男の子がこちらを見て、びっくりした顔をした。


「もう、(せい)? お姉ちゃんのお友達だよ、失礼しないでね」


 これが例の弟くんか、道場に時々顔を出していた、生意気なちびっこたちに通じる空気を感じる。


 クラスではどちらかと言うと控えめな方の恋がお姉ちゃんしてるの、ちょっと面白いな……一番イタズラをしそうではあるけれど、出来ない理由がある容疑者でもある。


「こんばんわ、お邪魔します。ゲームの邪魔してごめんね。すぐに帰るから」


 とりあえずよそ行きの笑顔と声で挨拶しておく。


 弟くん……恋によると、(せい)くんは、ぎょっと目を見開いて、あたふたとコントローラーをお手玉して、取り落とし、それから。


「こ、こびゃわ」


 と、変な声を発した。

 まず恋がぷ、と吹き出して、続けてキッチンの方で料理をしていたらしいお母さんの笑い声が聞こえて、私も釣られて笑いそうになり、口元を抑えた。


 まあ、こんなの、声に出さなくても笑ったようなモノだろう。(せい)くんはそのまま顔を真っ赤にしてぷいっ、と顔を背けてしまった。


「あれ、嫌われちゃった?」

「照れてるだけだよ」

「ううう、うるせーな!」

「あはは、征ったら、リョータくんみたいになってるよ」


 なんて素朴なやり取りなんだ……ちょっとした口論を交えてはいるものの、本当に家族仲良好、という感じ。

 例えば、これの仕返しでルンロンに何か仕込んでやろう、なんてやるようには、あんまり思えないけれど……。


「あれ、(せい)

「なっ、なんだよっ!」

「何そんな怒ってるの。お姉ちゃんはまだ帰ってきてない?」

「…………知らねー。また熱帯魚ショップじゃねーの?」


 なんかドギマギしてて、面白いな。


「ちょっと夕飯に遅れるって連絡あったわー。部活が忙しいんですってー」


 姉弟の会話に、キッチンから母の声が割り込む。


「お姉さんの部活って……熱帯魚クラブだっけ?」

「うん」

「……熱帯魚クラブって、何するの?」

「わかんない」


 妹にわからないのなら、もう当人ぐらいにしかわからなそうだ。


「それよりルカちゃん、お部屋行こ」

「あ、うん。邪魔してごめんね、(せい)くん」


 一言声をかけると、征くんは再び顔をぷいっとそむけた。お可愛いこと。


「ごめんね、生意気な弟で」

「あれぐらいなら、可愛い方じゃない?」


 思春期の男子って感じで、からかい甲斐があるってものだ。


「リョータくんっていうのは、(せい)くんのお友達?」

「うん、毎朝家まで(せい)を迎えに来てくれる子。いっつも緊張してて、ちょっと面白いの」


 そんな会話をしながら、恋は更にリビングの奥へ向かい……ええ、嘘でしょ、そんな事があっていいのか。


 てっきり奥にも階段があるのかと思ったら、白い金属の扉が目の前に現れた。


 一般住宅の家の中に、エレベーターがある…………。


「? どうかした?」


 階段を上がっていけばいいじゃないか、なんだこの下手な奴より広くて立派で綺麗なエレベーターは……中に入ると、ボタンがB1(地下一階)から(ロフト)まで、五つある。そっか、下にもあるのか、フロアが。


 恋は私が驚いている理由がわからないようで、幼少期から()()()()()に慣れ親しんでいるお嬢さんなんだな、というのをつくづく感じてしまった。


 他に乗る人がいるわけもなく、ピンポン、と音がしてあっという間に三階へ。

 やっぱり広いフローリングの廊下、当然のことだけど、軋んだ感じもしない。

 普通に歩いたってあまり足音も立たなそうだ、私がすり足で動くと、本当に何の音もしないくらい。


「ルンロン、ただいま」


 角部屋の扉を開けて、恋が足を踏み入れた瞬間、勝手に部屋の明かりが灯った。

 自動でつくものなんだ……という文明レベルの違いを感じつつ、室内が目に入る。

小綺麗に整頓された本棚や、ゴミ一つない綺麗な机に、ダブルサイズの大きなベッド。


 しかし一番目立つのは、そのベッドの足元側、部屋の角を埋めるように、布で囲われた大きな鳥かごだ。

 ケージスタンドに吊るされていて、縦幅は七〇センチくらい。思ったより大きい。

 更に部屋の端々に鳥が掴まるのに適してそうな棒が、壁とか本棚とか至る所に備え付けられている。


 恋が暗幕を外すと、中に居た鳥がバサバサ羽を広げて、籠の出入り口に寄ってきた。


「わ、思ってたより大きい……」


 知識としては聞いていたけれど、直接近くで目にすると、全長三〇センチの鳥、というのはやっぱりかなり大きく感じる。


 ここ数日、ルンロンの顔を見れなかったらしい恋の表情には、若干緊張が見られるが……どうだろう。


 全体的にグレーだけれど、羽の先端だけが鮮烈な赤、という不思議な色合いの鳥……ヨウムのルンロンは、首をぐりんぐりん回しながら、籠を閉じる檻をツンツンと突いて。


『オカエリー! …………ナサイッ!』


 と、甲高い声で鳴いた。


「ひゃ」


 思ったより人間の声っぽく聞こえて、ちょっとびっくりした。


「あはは。ごめんね」


 私が驚いた声を出したことが良い方向に転がったのか、恋は少し笑って、ルンロンに向き直った。


「ルンロン、こっちはルカちゃんだよ」

『レンチャン?』

「ルーカちゃん、言える?」

『るぅー…………? カーチャーン!』

「それは、征がお母さんを呼ぶ時の奴だよ」

『ゴメンナサイネェ』

「あははははは」


 会話が成立しているような、いないような、微妙な感じ……いや、こうしてみると、ルンロンは細かく首を動かしながら、恋や私の様子を伺っている様に見える。

 《《言葉を選んでいる》》時点で思考が行われている訳だから、確かに賢い鳥だ。


『オソトニデヨウ! ルンロン、オソトニデヨー!』

「ごめんね、ルンロン。お客さんが居るから、もうちょっとまって。ご飯食べてからね」

『エェー?』


 ばさ、と翼を広げて、全身で抗議の表現をするルンロン。

 訂正、ちゃんと会話が成立している、凄い。


 目をカッと見開いて、首をグギギギギ、と傾けて、ダンダンと地団駄を踏み、嘴をカチカチ鳴らして……鳥ってこんな全身で不満を表現できるのか。


「見た感じ程は、怒ってないんだよ?」


 私が何を考えたのか察したのか、恋がフォローしてくれたけれど、うん……外に出られない原因が、来客の私であることをちゃんと判ってるみたいで、ルンロンの視線が私に固定されているのをまざまざと感じる。なんだ、やるかこの。


「一度外に出すと、しばらく籠に戻りたがらないから、ご飯の前は外に出さないことにしてるの」

「そういうものなんだ……部屋の外に出たりはしないの?」

「出ていかないよー、扉が開いてると、アイテルヨ! って怒られちゃう」

『トビラ、アイテルヨッ!』

「今は開いてないよー」

『エェー?』


 疑問を呈する時は翼を広げる癖があるみたいだ。さっきと同じ仕草で、同じトーンの声だった。


「いっつもこんな感じなの?」

「うん、こんな感じ。ね、ルンロン」

『ネッ、レンチャン』


 なにかの拍子にルンロンが反応して、恋が応じるというスタイルは、ちょっとした漫才みたいだ。一日録画してたら、面白いものが撮れそうな感じ。


「……そっか」


 これだけ息が合って、信頼関係のあるペットが、知らない言葉を喋りだしたら――それは、確かに怖いだろう。

 もしそこに、何かしらの悪意が潜んでいるなら、余計に。


「……普段も移動はエレベーターなの?」

「上る時はそうかも、降りる時は割と階段が多いかな? 絶対にどっち、ってことはないよ。もともとは足の悪いおじいちゃんとおばあちゃんの為の奴だし」


 ああ、そうか、二世帯住宅だって言ってたっけ。

 であれば、あれはバリアフリーの一環なのか……とことん、我が家とは正反対だ。


「ちなみに、この部屋、防音?」

「うん、ルンロンも良くおしゃべりするし、私もフルートの練習をするから、防音にしてもらったよ。でも、思いっきり大声を出したら聞こえるぐらいだよ」

「廊下を誰かが通る足音とかは聞こえる?」

「それは……どうだろ、よほどドタバタしてたらわかるかも。征が走って部屋に駆け込む時とかは、音はともかく、ちょっと揺れるし」

「…………なるほど」


 部屋にある程度の防音性能があることはもちろん、廊下だってわざと音を立てなければ気づかないレベル。


「……ねえ、ルンロン」

『ンダヨォ』


 何で急にガラが悪くなるんだよ。

 トーンが二つぐらい下がった……でも、ちゃんと会話が成立してる。


「ヨウムって、言葉を音で覚えるから、覚えさせたトーンそのままで発声しちゃうの」

「じゃあ、これを教えたのは……」

「多分、征かな。リビングに籠を置いといた時だと思う……もう二年くらい前だけど」


 おお、そんな昔に仕込まれた言葉も覚えてるんだ。


「恋、ルンロンが覚えさせてない言葉を話す時は、どんなタイミングなの?」


 ルンロンはさっきから、こちらの反応に対して答えを返している。

 どうも、いきなり、不意に突拍子もない事を言い出したりするわけじゃないみたいだ。


「えーっと……」


 恋は少し躊躇う素振りを見せた。目が泳ぎ、ちょっと申し訳無さそうというか。


「怖いのはわかるけど、確認したいの」

「う、うん、それもあるんだけど…………」


 すぅはぁ、と深い呼吸をしてから、顔を上げて、恋はルンロンに向かって言った。


「ルーンロンッ」

『ナーアニッ』

「うわ、やり取り可愛っ」

「ル、ルカちゃん、ちょっと恥ずかしい……」


 耳まで真っ赤にして、恋が抗議の声をあげた。

 ああ、これを見られたくなかったのか、なるほど……。


「あ、ごめん。続けて続けて。……録画していい?」

「駄目だよっ!」


 スマートフォンを構えようとしたら、チョップで止められた。


「もうっ! こほん、えーっと…………ルンロン、可愛いね」

『カワイイッ、ルンロン、カワイイ!』

「じゃあ、私は?」

『レンチャン、カワイイッ! ダーイスキ!』

「えへ、ありがと」


 和やかで微笑ましい、ペットと主人のやり取り。

 そのいこいの時間に……仕込まれた毒。




()()()()()




 その言葉を、ルンロンは口にした。


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