「ヨウムちゃんっていくらぐらいするんだろ」
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ここからは恋から聞いた話なので、細部の情報が足りない場合は許してほしい。
ヨウムの名前はルンロン、つまり蘭鈴恋とあわせると『らりるれろ』になる、っていうジョークみたいな名付けなのだけど、恋は自信満々だったので多分本人にとってはイカすネームなんだと思う。
小学三年生の時に、どうしてもどうしてもどうしても飼いたくて、親にものすごくおねだりしたそうな。一説によると人間に飼われたヨウムは五〇年以上生きるとかで、勉強や習い事をしっかりやること、小学校卒業までお年玉は無し、何があっても一生涯、きっちり面倒を見ること、という数々の条件の下、買ってもらったそうだ。
「ヨウムちゃんっていくらぐらいするんだろ」
「二、三〇万円くらいはするらしいわ。場合によってはもっと」
「へー、すっごいねえ」
そんなわけで、ヨウムのルンロンは無事に恋のペットとなった。
毎日、構い過ぎない程度にスキンシップを重ね、手ずから餌をやり、それはそれは懐いてくれたという。
『ルンロン、可愛い、大好き!』
と毎日言い続けた結果、すっかり言葉を覚えたルンロンは、
『レンチャン、カワイイ、ダイスキ!』
と挨拶代わりに言うようになったとか。
『レンチャン、オナカスイタ、カワイイ!』
とか、
『ダイスキ、レンチャン、アソボ!』
とか、とにかく大好き、と可愛い、をつければ恋はデレデレしてかまってくれることを学習したのだという。
テスト期間中などでも部屋に居ると遊ぼう遊ぼうと言ってくるので、泣く泣く別室に隔離して我慢していたのだとか。
「フルートを聞かせてたら、音色を口ずさんだりもするようになったみたい」
「音楽もわかるんだぁ」
「歌う鳥、っていうのは結構メジャーじゃない? ウグイスとか、コマドリとか」
「ほーぅ!」
「!?」
「ほけきょ!」
きゅ、急に叫ぶから何かと思った。
びっくりした……。
「って?」
「…………に、似てたわね、今の」
なんか、思ってたより高い声だったことと、不意打ちをくらって、体がびくっとしてしまった。
いや、言うほど似てはいないというか、トーンが同じ、ぐらいの感じなんだけども。
「朝方とかは、鳩も鳴いたりするもんね。ほーほー、ほっほほー! って」
「あれを歌と呼んでいいのかは、ちょっとわからないけどね」
何にせよ、ルンロンは高い学習能力と知能を兼ね備えたペットである、という事だ。
「で、期末テストが終わって、少しした頃の話らしいんだけど」
宿題と予習を終えて、風呂に入って寝支度を整え、ルンロンを籠から出して、撫でたり、餌をやったり、肩に止めたり、今日あったことを振り返りがてら語ったりしていたところで、ルンロンが奇妙な言葉を口走った。
『レンチャン、スキ! オハナシ、シヨっ』
「あはは、ルンロン、でもそろそろ寝ないと」
『レンチャン、カワイイ! ダイスキ! スキッ!』
「もー、私も好きだよ、ルンロン」
『レンチャン……――テルヨッ』
「? ルンロン?」
一度目は、聞き逃してしまった。
気のせいかな? と首をかしげ、くちばしを軽くなでてやると、
『――――ミテルヨ』
今度こそルンロンは、はっきり、恋に向かってそう言った。
「…………え?」
『ズットミテル、レンチャン、ズットミテル!』
その時、恋の背中にぞく、と寒気が走ったという。
ヨウム……というか喋る鳥は、オウム返し、なんて言うように、人が喋った言葉しか覚えない。あくまで『覚えた言葉を発声する』『その言葉の意味を理解出来る』という点での知能の高さであって、教えていない言葉は発声できない。
そして恋は、言うまでもなく、そんな言葉を教えていない。
『クルシイ! レンチャン! ズットミテル!』
「ル、ルンロン!? やめて! ルンロンってば…………」
懇願するように恋が叫ぶと、ルンロンはピタリと動きを止めて、首をかしげる仕草を見せてから、
『レンチャン、スキ! カワイイネ!』
そう言った。どくどくと早鐘を打つ鼓動を止めるのに、大変苦労したという。
気のせい、のはずだ。
聞き間違い、だったのかも知れない。
そうだ、ルンロンがそんなことを言う、理由も道理もない。
深呼吸して、息を整え、改めてルンロンの頭をなでる。
気持ちよさそうに目を細める姿を見て、心に巣くった恐怖が、じわじわと解けていく。
テスト勉強も大変だったし、部活も追い込みの時期だ。少し疲れてるに違いない。
今日はもう寝よう……そう思って、ルンロンをケージに戻し、扉を閉めて、暗幕代わりの布をかぶせた、その瞬間。
『――レンチャン、ボクガ、ズットミテルノ、キヅイテナイ、ネッ』
確かに、そう言ったのだという。
「ひっ」
大事に育ててきた、無二のペット。
小さい頃、かぎ爪で引っかかれて血が出たときも、指をくちばしに挟まれてけがをした時も抱かなかった――――恐怖を感じたのは、これが初めての事だったという。