「…………当たり前でしょ」
24
はてちゃんの手が、わたしを突き飛ばした。
ふわ、と体が浮いて、傾いて、空が、視界いっぱいに広がった。
世界には、キラキラしたものがたくさんあって。
わたしは、それをちゃんと、誰かに伝えられない。
だって、わたしの色彩は、壊れて、穢れて、汚れて、使い物にならないから。
誰かに助けてほしかった、誰かに終わらせてほしかった、誰かに責めてほしかった。
生きていなくていい理由が、ほしかった。
だから、はてちゃん、ごめんね。
本当はあるはずだった、幸せな時間を、奪っちゃって、ごめんね。
何も知らないまま、生きててごめんね。死のうとしちゃって、ごめんね。
全部、全部返すね。許さなくていいから。
だから、ちゃんと――――■してね。
そして、わたしは、それを見た。
25
――――体中を、強い衝撃が貫いて。
――――溜め込んだ息が、全部全部吐き出されて。
――――腕が、千切れそうなぐらいに痛くて。
――――頭が、視界が、ぐるんぐるんする。
――――嘘だ、こんなの、だって、違う。
――――ずっと望んでたのに、こうなりたいって思ってたのに。
――――わたしは、わたしは、わたしは…………。
26
「ふざっ………………けるなぁっ!」
わたしは、わたあめの襟を掴んで、引き寄せて、馬乗りになって、叫んだ。
けほ、けほ、と咳き込んで、きっと、肺の中の空気を、全部吐き出してしまっているだろうけれど、そんなの関係あるもんか。
「私がっ! わたあめを!」
わたあめの体を突き飛ばし、宙に浮きかけた腕を掴んで、担いで――投げ飛ばした。
祖父から仕込まれて、身につけた――得意技の、一本背負い。
「殺すわけ――――ないでしょうがっ!」
軽くて、ふわふわした小さな体だから、重心がずれてても、きっちり型にハマってなくても、担いで、投げ飛ばすなんて簡単だ。
躊躇も、加減も、容赦も、出来ないまま、マットレスに叩きつけたから。
肩は外れてるかな、腕も折れたかも。でもそんなの、知ったことか。
「なん、で――――?」
かすれた、ひゅうという音に混ざった、ノイズみたいな声。
だけどそれは、私の怒りを、もっともっと、激化させた。
「っ! 恨んでるよ! 憎いよ! 何度もやり直したいって思ったよ! ずっと知りたかった! 何であんな事になったのか! あぁ、もう、だけどさぁ!」
怒るに決まってる。
真実を知ったら、私はわたあめを殺すだろう――――なんて。
わたあめが、そんな事を考えていたことが、許せない。
「馬鹿にするな! ふざけんな! 私の人生から、友達を奪おうとするなぁあああ!」
両親が死んでから、今この瞬間まで生きてきた人生は、真っ当に幸せとは、言えないんだろうけど。
でも。
愛してくれる人が居た。それを教えてくれたのは、わたあめだった。
救われていた事に気がついた。想われてることも、想うことも知れた。
友達も出来た、かけがえのない時間も、全部全部、与えたくせに。
それら全部を投げ出して、あの日の感情に身を委ねて、全部投げ出すほど、私の人生は軽くない。
泡沫潟わたあめは、私に殺してほしかった。
でも、私は、泡沫潟わたあめに、生きてほしいんだ。
「なんで頭のいいあなたが! そんな事もわかんないんだよ!」
掴んだ体を、思い切りマットレスに叩きつけて、ただただ、叫ぶ。
「あなたの願いなんか、何一つ叶えてやるもんか! 殺してやらない! 命も投げ出させない! 空になんて落としてやらない!」
――――そして、絶対に許さない。
「…………はて、ちゃん」
わたあめは、ひゅ、ひゅ、と短い呼吸と共に。
「あのね、わたし」
外れた肩で、折れた腕で、自分の体を抱きながら。
「空に、落ちていったよ」
言った。
顔を上に向けた状態のわたあめを、私は担いで、弧を描くようにして投げ飛ばした。
だから、ほんの一瞬、一秒にも満たない時間だけど。
わたあめは、空に向かって、落ちていた。
「怖かった」
ぼろ、と、丸くて大きな瞳の端から、雫が溢れた。
「怖かったの、あんなに、行きたかったのに」
「…………当たり前でしょ」
死ぬのだって、誰だって、怖いに決まってる。
多分、わたあめの心は、九歳の、あの日に、凍りついてしまったんだ。
私の心に、あの赤色が焼き付いたように。
多分、わたあめの心は、九歳の、あの日に、凍りついてしまったんだ。
痛みを感じられなくなって、誰かと共感できなくなって。
空に救いを求め続けて、それが間違いだとわかって。
「怖、かったんだ、よぅ――――――!」
わたあめは、泣いた。
大きな声で、叫ぶように、感情を吐き出すように。
それはきっと、産声のようなものだったのだと思う。
私も、大きな声で泣いた。ぐしゃぐしゃになった心を絞り切るように。
私たちはこの日、初めてお互いを憎んだ。
私は、父と母の仇である、わたあめを。
わたあめは、死ぬという救いを奪った私を。
だからきっと、私たちは今日、多分初めて…………親友になった。




