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だから、私たちは空に落ちていくフリをする。  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第二章 海の欠片を拾い集めて

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20/22

「はてちゃんの家族を殺したのは、わたしだよ」


 22


 わたあめの別荘に行ったあの日から、ずっと考えていた。

 多分、そう遠くない内に、こんな事になるんだろうなって。


 八月八日の、十七時。


 私はわたあめに呼び出されて、私立風光学園の屋上へとやってきた。

 普段はやかましい運動部や、遅くまで残っている吹奏楽部の姿は見えず、夏休みの序盤とは裏腹に、酷く静かなものだった。


 スポーツに力を入れている私立風光学園は、全国大会の常連だ。

 ほとんどの運動部は夏の大会で全国各地に出向いたり、吹奏楽部はその応援に行ったりして……一番、人が少ない時期。


 だから、危ないことをしていても、見咎められる可能性が低い……邪魔が入りづらい。


 そう、例えば――誰かが柵を越えた、境界線の向こうに立っていても、見ている人が居なければ……咎められることもないのだから。


「はてちゃん」


 彼女の名前をそのまま音にしたような、軽くて甘い、ふわふわとした声。

 伸ばしっぱなしの髪の毛が、冬の強い風に巻かれて、ぶわっと踊る。

 その流れに招かれるまま、今すぐ身体を持っていかれて、投げ出されてしまいそうだ。


 ぶかぶかの白い制服の袖は、色とりどりの絵の具で汚れ、かすかにちょんと見える指が伸びて、柵に引っかかる形で、かろうじて彼女を繋ぎ止めている。


「来てくれるって思ってた」


 いつも通りの笑顔で。いつも通りの柔らかさで。いつも通りの声で。


「はてちゃんは、優しいから」


 わたあめはそう言った。


「わたあめ」


 私がなにか言葉を発する前に。




「はてちゃんの家族を殺したのは、わたしだよ」




 被せるように、わたあめはそう言った。

 拳を強く握りかけて、堪える。駄目だ――今は、まだ。


「気づいてたんでしょ?」


 あの日、私はいろんなことを知った。知ったから、考えた。

 泡沫潟わたあめの事を、ずっとずっと、考えた。

 ()()()()()()()()()()()()()

 あの日、私の両親が何で死んだのか。

 答えが出ないまま、生きてきた私が、焦がれるように欲した真実は、何処にもないから、代わりの何かで埋め合わせようとする、あの日、生まれた衝動で。


「……………ええ」


 だから、わたあめの問いを、私は肯定した。


「そもそも、帰りの車の中で、上江洲さんに昔の事を話させたのは、わたあめでしょ?」

「やっぱり、はてちゃんは、私のことをわかってくれるねえ」


 へら、と口元を緩めて笑う、わたあめ。


「はてちゃんには、全部知っててほしいからって、上江洲に頼んだの。はてちゃん、家では大人気なんだよ? わたしがずーっと、はてちゃんの話ばかりしてるから」

「…………それは、少し恥ずかしいけれど」

「久住呂はよくもお嬢様を……って言ってたけど」

「会うのが急に怖くなったわ」


 私、わたあめの家に行くって上江洲さんに言っちゃったよ。

 ……いや、それも、この後次第だろう。


「ていうか……わたしが聞きたいのは、そんなことじゃない」


 私は、屋上の中央においてあったマットレスを、わたあめが居る方に向かって、おもむろに、思い切り蹴り飛ばした。


 床に敷かれた素焼きのタイルが、高価なマットレスの底面を削っていく、それが摩擦になって、柵には届かなかったけれど。


 突然、振るわれた暴力の一端に、わたあめは、だけど動揺しなかった。


「わたあめ、あなたが誘拐されたのは…………」


 わたあめは、きっとなんでもお見通しだから、私の言いたいことを、先回りして、先読みして、告げてくれる。本当に……話が早い。


「うん、()()()()()()




 23


「つぶあんのお散歩をしてたらね、後ろから車が来て、どんって。つぶあんが轢かれちゃったんだ。お腹を轢かれて、苦しそうだった。わたしも、リードにひっぱられて、転んで、凄く痛かったな」


 人ごとのように、わたあめは語る。自分が誘拐された時の事を。


「車から出てきた知らないおじさんが、わたしをそのまま車に押し込んだの。上手くいった、って笑ってたっけ」


 わたあめが資産家の令嬢であることを知った上での、狙いすました誘拐。


「ずーっと車の中で、怖いおじさんが隣にいて……夜になって、空も暗くなって、山の中に入ってって、もう、誰も助けてくれないんだ、って思った」


 九歳の女の子が、その状況で、どれほど心細かったことだろうと思う。

 だけど、泡沫潟わたあめは、もうその時点で、普通じゃなかった。

 私の考えが正しかったら、わたあめは、()()()()()()()()()()()()()だ。


「でも、このまま悪い人たちの所に連れて行かれたら、もう逃げられないな、って思ったの。だから」


 ヒントは与えられていた。とっくの前に、見せられていた。

 大きな大きな――――お腹の傷。


()()()()()()()()()()()()()


 後の調査で、それぞれの車には、二人ずつ人間が乗っていたことがわかっている。

 乗用車の方には、私の両親。ぶつかってきた車には、恐らく運転手と、後部座席に一人、誘拐した子供を、()()()()()の誰かが居たはずだ。


 だけど、まさか走行中の車両から飛び降りるとは思うまい。気づかれずに鍵を開けて、転がり出ることが出来たのは、きっと奇跡に近かったはずだ。

だから……運転している人間も驚いて、()()()()()()()()()()


「わたしは、見てたの」


 体を道路に打ち付けて、体を削られて、転がりながら。

 泡沫潟わたあめは見ていた。自分が脱出した車が、軌道を変えて。

 停まっていた乗用車に、突っ込んで行く所を。


 そして――――――。


「わたしは、はてちゃんを知ってた」


 自動販売機の横で、車が落下していく様を、私は呆然と眺めていて。

 ()()()()()()()()()()()()()


「だから、はてちゃんが、初めてここに来た時、気づいたんだ。あの時の娘だって」


 六年の月日を経て、柔道に明け暮れて、体格や人相も変わってしまっても。

 わたあめの観察眼なら、それがいつかの誰かだと、わかってしまった。


「泣いて、叫んで、壊れそうだった、あの娘だって、わたしは、わかってたの」


 夢の中で何度も見る景色の中で、私は呆然と、それを眺めている。

 だけど本当は、違う。




(あああああああああああああああああああああああああああ)




 ずっとずっと叫んでた、ずっとずっと泣いていた。

 声が枯れて、喉が潰れて、唾液が出なくなって、血が溢れても、ずっと。

 私のせいだと、考えたくなかったから。自覚したくなかったから。


「――――だから、わたあめは、()()()()()()()()、やめたの?」

「はてちゃんは、わたしの考えてること、なんでもわかるんだね」


 びゅう、と微温い風が吹いて、わたあめの髪の毛が、また、ぶわ、と広がった。


「わたしは、()()()()()()()()()()()()()ことを、知ってた」


 泡沫潟わたあめは、死にたがっている。


「だから、わたしは、どこかで死ななきゃいけないって思ってた」


 でも、泡沫潟家は、裕福で、幸せで、満ち足りた場所だ。

 誰もわたあめを責めないだろう――仮に事実が明らかになったとしても、だって、わたあめだって、被害者だ。


 見えてる世界が違うから、泡沫潟わたあめの世界を、誰も共有できないから。

 その感覚に、感情に、誰も追いつけないまま――禊の機会を、奪われてしまうから。


 だから、わたあめは、自傷を行う以外の事を、選べなかった。


「だけど、はてちゃんと再会できて、これって、運命だと思ったの」


 自分を傷つけることを止めた。だって、それをする権利を持つ者が現れたから。


「わたしの死因は、わたしじゃ駄目だった」


 償う機会すら与えられなかった、自戒による自傷ではなく。


「わたしに奪われた人じゃなきゃ、駄目だった」


 正当に、泡沫潟わたあめの罪を糾弾できる者。


「だから、わたしの死因は、はてちゃんがいい」


 泡沫潟わたあめは、死にたがっている。


「はてちゃんに、空に落として欲しい」


 (はてちゃん)に、()()()()()()()()()


「でも、はてちゃんは優しいから、きっと、わたしがそうしてって言っても、きいてくれないと思ったから」


 だから――――受け入れた。

 絆して、心を通わせて、共に過ごして、私にとって、かけがえのない存在になって。


「怒っていいよ、恨んでいいよ」





 ――――――裏切った。





「全部知ってて、よくも騙したなって、憎んで、呪って、責めてもいいよ」


 わたあめは、柵から指を離して、腕を広げ、やっぱり、微笑んだ。


「はてちゃんになら、わたしは……大地に落とされてもいいんだ」


 痛いのは、嫌だけど、と、結んで。

 私は、わたあめの告解を、全て、黙って聞いていた。


「…………言いたいことは、それで全部?」


 あの日、目に焼き付いた赤が離れない。

 全てを失った瞬間の事が、拭えない。


「うん」


 何でも見透かし、見通す、わたあめの目に、私はどう映っているんだろう。

 この煮えたぎる怒りが、伝わっているだろうか。

 言葉にできない激情を、感じているだろうか。


 今すぐ駆け出したい衝動を、抑え込んでいるのが――ああ、きっと通じてる。

 だって、わたあめは、この期に及んで微笑っている。

 淡く、柔らかに、目を細めて。


 ……ああ、そうだ。


 許せるものか、絶対に。

 何があっても、どうあがいても、その感情だけは、変わらない。

 そして……小さな口で、わたあめは最後の一言を告げる。


「大丈夫だよ、はてちゃんの罪にはならないよ」




 ――――だって、屋上(ここ)には、わたししか入れないことになってるから。


 その一言が、限界だった。






 ――――ボタンをかけ違いすぎて、もう、引きちぎるしかなくなってしまったから。

 ――――頭に血が上っていくことを自覚しながら。

 ――――勘違いでも、思い違いでも、間違いでもない、明確な怒りを動力源にして。

 ――――全てを受け入れようと手を広げた、わたあめの小さな肩を突き飛ばした。





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