「空に落ちていけたらいいのにね」
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立入禁止と書かれた看板を乗り越えて、屋上へ続く階段を、上がっていく影が見えた。
私立風光学園はそれなりの歴史と格式を持つ学校だけれど、数年前に男女学部共に校舎を建て直したせいか、まだツンと刺すような、新しい建物の匂いがする。
入学式から一週間が経過して、初対面だったクラスメートともある程度会話ができるようになり、友達と呼んでいいかはわからないけれど、互いに人間関係も少しずつ構築されてきて、けれど、まだ皆、新しい生活には馴染めてない。
そんな繊細な時期の放課後に、その影を見てしまった。
私は少し考える。
ちらっと見えた上履きの色は青色、つまり私と同じ新入生。
私は別にクラス委員とか、生徒会とか、そういう立場の人間じゃない。普通の一般生徒で、入学したての一年生。そんな私が、わざわざ同級生の、他愛ない校則違反を咎めにいくのは如何なものかと、冷静な部分が告げている。
後を追いかけるのであれば、私も立入禁止のルールを犯さなくてはいけなくなるし……この場合、『こういう生徒がいた』と教師に報告するのが、一生徒としては正しい在り方なのだろうけれど……女子社会において告げ口というのは、基本的に尊ばれない行為であることぐらいは、十五年間生きてきて、身をもって知っている。
そもそも、正義感から注意したい訳でもない。
ただ……これはもう、性分だ。理性じゃなくて、本能の話。
あの生徒は、一体何をしに、この先に向かったのだろう?
屋上に出る扉は施錠されてるだろうから、この場合は、下から見えない踊り場で何かをしているのだろうか。
それは、すごく、とても気になる。
これはもう、衝動だから、仕方ない。
周りにほかの生徒や、監視カメラなどがない事を確認してから……私は違反の境界を、一歩でまたいだ。
足音を控えつつ、素早く階段を上り、踊り場で切り返して、また踊り場のようなスペースがあって、そこの先に屋上へ続く扉がある……のだけれど。
「…………これ、えーっと、なんだっけ」
体育会系の生活に浸かっていた私には芸術的教養が乏しく、それの名前がぱっと出てこない。美術の時間に使う奴……なんだっけ、イーグル? いや、鷹とか鷲ではないだろう。とりあえず、画用紙とかを置いて書く為の木製のあれが、無造作に壁に立てかけてあった。
木製の四角い鞄とか、何かしらの紙の束とか、ほかにも、使い道がよくわからないものが、ごちゃごちゃと積んであって、まるで物置みたいだ。
しかし、重要なのはそっちじゃない。
私が屋上に上る影を見てから、誰も降りてきておらず、この踊り場に誰も居ないということは、あの生徒はどこに行ったのだろう?
屋上へ続く扉を、数回ノックする。
「もしもし、誰かいますか?」
返事はない、軽く耳を当ててみるけど、音らしい音も聞こえない。
「……失礼します」
少し声を張り上げつつ、私は半信半疑で手をかけた。
あっさりノブが回って、軽い抵抗の後、扉が開く。
春の、柔らかくて温い風が、気圧差でぶわ、と私の体を包み込んだ。
太陽の光で暖められた石の匂い、花の匂い。空気は少しほこりっぽくて、スカートがはためいたけれど、まったく気にはならなかった。
だって、より気になるものが、視界に飛び込んできていたから。
屋上のど真ん中に、ベッドに敷くような、立派で分厚いマットレスがぼん、と置いてあって、その上で、仰向けに寝転がっている女生徒がいた。
「…………」
何だろう、あれは。
扉を開けた音とかは、聞こえていたと思うのだけど、特に反応した様子はない。
こんな所にマットレスなんか敷いてるぐらいだから、まさか意識を失ってぶっ倒れてるとかじゃないと思うけれど……万が一を考えれば、放置は出来ないわけで。
「あのっ」
だから私は近づいた。声をかけながら、自分の体で、女生徒の視界を遮る事で。
私と彼女の視線が、それで一つに交わった。
――――■■■■■みたいだな、と思った。
肌が白い、色が薄い。人としての赤みを全てそぎ落とした代償に、儚い美しさを与えられた、真っ白な石から削り出した天使の彫像のよう。
大きな大きな瞳の中に、覗き込む私の姿が映り込んでいて、そういう形の鏡だと言われたら、信じてしまうかも知れないくらい、つやつやとしている。
同時に、透明と輝きを保証された代わりに、触れたら砕け散りそうな危うさと儚さを秘めた、硝子細工のようでもあって……これが自然に生まれたのであれば、多分、人という種族が有する事ができる美しさの、完成形なんじゃないだろうか。
「ん」
私が視線の前に立ちはだかって、十秒以上は経過しただろうか。
むくりと身を起こした女生徒は、ゆら、ゆら、と軽く頭を揺らしながら、じぃ、と私を見据えた。感情の色が伺えない――凍てついた瞳。
……どうリアクションをしていいかわからず、私も女生徒を見つめ返してしまい――
「あなた……………………」
数秒間の後、女生徒が先に口を開いた。
近づいただけで飛んでしまいそうな、タンポポのわたげみたいな、長いまつげをしぱしぱさせて、幼い風貌はぽかんと口を開けて、それから、思い出したように。
「……………………わあ」
と、小さな悲鳴を上げた。
「びっくりしたぁ、えぇ? なに?」
ふわりと軽いのに、とろりと甘ったるい、癖になりそうな不思議な声だった。
びっくりした、と言いながら、表情に動揺や困惑は見られない、ぽけ、とした感じ。
……寝転がられていると気づかなかったけれど、何というか、放置したサモエドみたいだ。伸ばしっぱなしで癖がついて、もうぐしゃぐしゃになっている。
ほんの少し前に感じた、ピリっとした空気とか、あの神秘性とかが嘘のようだった。今すぐ櫛を通して絡んでる部分全てを取っ払ってやりたい。
なんと声をかけたらいいのだろう。少し迷った合間を縫って、
「もう、あのね、ここ、入ってきちゃいけないんだよ」
女生徒はそう言った。あまりの物言いに、一瞬言葉に詰まってしまった。
「…………それを言うなら、あなたもそうじゃない?」
とりあえず、思ったことを言い返す。立入禁止の所に私物(私物だろう、あんなマットレス)を持ち込んで堂々と寝ているような娘に、ルール違反をとがめられたくはない。
「わたしはいいの」
しかし、女生徒は、あっさりと言った。
「ここは私の場所だから」
悪びれず、堂々と、当然であるかのように。
「そんなの、学園が許す、わ……け……」
一学生、しかも新入生が、立入禁止の屋上を、我が物と言って憚らない。
それが実現可能な手段を、私は一つだけ知っている……というか、思い出した。
この学園には一つ、変わった制度が存在する。
自分には関係ないと思っていたから、パンフレットには書いてあったけど、頭からすっぽ抜けていたもの。だってそもそも、大半の生徒には関係のない話だから。
「あなた……もしかして、特待生?」
私の問いかけに、女生徒はこくりと頷いた。
特待生。文字通り、特別な待遇を受ける生徒の事。
勉強、スポーツ、芸術……何かしらの分野で好成績を収めた若い才能に価値を見いだし、学園側から『受験も免除するし、学費とかはこっちが出すから、どうぞうちに入学してください』と声をかけた生徒のことだ。
この制度それ自体は普通の事なのだけれど、私立風光学園は、それらの特典に上乗せして、特待生に一つの権利を与えている。
それが――特待生特権。
ほかの生徒の生活や勉強を著しく阻害しない限り、学園にわがままを一つ聞いてもらえる、という、権利の事だ。
確か……ううん、忘れていたくらいだから記憶が曖昧だけど、入学前に聞いた噂だと、一年の時から生徒会に入ったり、好きな部活を作った上で、専用の部室を貰えたり……ああ、そういえば、学食の爆弾ネバネバ丼は、いつかの特待生が特権でメニューに追加したとか、クラスメートから聞いた気がする。
つまり、この女生徒は〝特待生特権〟を行使して、学園から許可を得て――屋上を私物化している。
「だからここは、わたしの場所」
この女生徒以外は立入禁止。
あの看板はそういう意味だったのか。
「まあ、確かにここなら絵とかも描きやすい……のかしら。景色もいいし」
私がぽそりと呟くと、女生徒はええ? と、ただでさえ大きな瞳を、さらに見開いた。
「わたしが美術科だって、よくわかったねえ」
へら、と口元を緩めて、笑った。
「名探偵みたいだね」
「いや、それは……見ればわかるでしょう」
踊り場に積んであった様々な荷物も、思い返せば美術関係の道具だったように思うし。
何より、うん……言及しないように、目を背けてはいた部分があって。
風光学園の女子制服は白のセーラーを基調とした、デザイン面でも人気の高いのだけれど……この娘。
袖と裾がいろんな色の絵の具の飛沫でベッタベタなのだ。
入学一週間目の汚れ方じゃない……作業着に着替えるとかそういう概念はないのだろうか。今すぐ重曹に漬けて汚れ落としを敢行してやりたい。
最初からそういうデザインだと主張されたら思わず信じてしまいかねない……いや、私にはわからないだけで、本当にそういう芸術なのかも知れないけれど。
そもそも、サイズが全然あってない、ぶっかぶかだ。
指が袖から出てないし、裾が長すぎてスカートが見えないぐらい。そのくせ、胸元だけは異様に盛り上がっていて、シルエットがてるてる坊主みたいだ。
「そうかなぁ。見た目がそのまま本人を現しているとは、限らないんじゃないかな?」
「その見た目で美術科じゃなかったら、確かにびっくりだけれど」
「運動部かも知れないよ? 未来のバスケスターかも」
「あなたはスポーツしてる人間の身体じゃない」
私が断言すると、女生徒は再び首をゆらりとかしげ、
「そっか、あなたは柔道部の人だもんね」
と、言った。
その時の私の驚きを、どう例えたものだろうか。
確かに私は柔道経験者……というか、中学校までは家庭の事情で、それ以外やることがない、と言えるぐらい、柔道に打ち込んでいた、のだけど。
「………………なんで、わかったの?」
私は一言もそんな事言ってない。この娘と話したのは初めてだし、学科が違うからクラスも違う。学校が同じだった子も、この学園にはいない。
「ええ、見ればわかるよぉ」
くす、と笑みを交えながら、まるで意趣返しの様にそう言われ……より困惑する。
返す言葉に詰まっていると、女生徒はふいに顔を上げて、
「わたし、泡沫潟わたあめ」
と、脈絡なく告げた。
「……それ、あなたの名前?」
聞いたことのない音の響きと、聞いたことのある音の響きが連なって、失礼を承知で、思わず聞き返してしまうぐらいには、それが人名だと理解できなかった。
もっとも彼女の方は特に不快を示さずに、こくりと頷いてから、
「じぃ」
と、私を凝視する。
名乗られて、名乗り返さないのもどうかと思うし、特に隠す理由もないので、私は素直に名乗り返した。
すると、泡沫潟……さんはゆら、ゆら、と頭を左右に振り始めた。
何かと思いきや、すぐにぴた、と動きが止まり。
「じゃあ、はてちゃんって呼ぶね」
「………………え、何、私のこと?」
「うん。あなたは、はてちゃん」
初対面の相手に、いきなりあだ名をつけられたのは、さすがに初めてのことだった。
というか、百歩譲ってあだ名は別にいいのだれど……ほとんど名前にかすってない。あってるのは名字の頭文字だけだ。
「その、泡沫潟さん」
「わたあめでいいよ」
「泡沫潟さんは……」
「わたあめがいいな」
「………………わたあめは」
「うん」
満足げに頷く泡沫潟さん、もとい、わたあめ。
何だろう、手のひらで転がされている感じは……。
「……どこを見て、私が柔道をやってるってわかったの?」
「えっと、足?」
わたあめは、マットレスに腰掛けたまま、私の上履きを指さした。
「はてちゃん、まだ一週間なのに、上履きの靴がすり減ってる」
言われて、目を落として、初めて気づいた。
確かに、多少ではあるけれど、目で見てわかるくらいに側面が削れて、減っている。
「歩く時も、あんまり足をあげないから、すり足が癖になってるのかなって。だから剣道とか、柔道とかやってるのかな、って思ったの」
「……でも、柔道だとは限らないじゃない」
空手だって剣道だって、技術としてのすり足は存在する。
「うん。でも、首の所が少し赤くなってるから」
とんとん、と、わたあめは、自分の首を叩いた。
「柔道着だと、引っ張ったり投げたりするから、襟がこすれちゃうでしょう? それで、赤くなっちゃうんじゃないかなって」
「………………」
思わず自分の首元を押さえる……そんな事をしても、自分じゃ見えないし、どこを隠せばいいのかもわからないのだけど。
「あってた?」
「…………はぁ、名探偵みたいね」
……私とわたあめの『見ればわかる』は、ちょっと尺度が違うらしい。
やっぱり、画家っていうのは、相手をよく見る物なのだろうか。観察眼って奴が優れているのかも知れない。
「あは、やったあ」
わぁい、と嬉しそうに両手を上げて、そのままマットレスにばたん、と倒れ込むわたあめ。
別に、何かを競っていたわけではないのだけれど、僅かな敗北感を感じる。
しいて、言うことがあるとすれば……。
「でも、柔道部じゃないのよ。私、帰宅部だから」
「ええ?」
倒れたまま、視線だけを私に向けて、わたあめ。
「そうなの?」
「柔道は中学でやめたの。色々あって」
そう、色々あった。
私にとって柔道は、枷だったから、それ自体に未練はないのだけれど。
風光学園は、こんな〝特待生特権〟なんて制度が存在することからもわかるように、スポーツにも芸術にも力を入れている。部活動に所属してたら、放課後、こんな所に来る時間はない。柔道部なんか、特に個人も団体も全国制覇だ! ぐらいの熱量でどったんばったんしてるはずだ。
「そっかぁ、間違えちゃった。名探偵にはなれないね」
マットレスの上で再び仰向けになるわたあめを見やって、息を吐く。
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「邪魔?」
「……絵を描くんじゃないの?」
「わたし、ここで絵なんて描かないよ?」
じゃあ何をしてるんだよ、と思ったが、それを口に出さないだけの理性で押し留め、
「じゃあ何してるんだろ、って思ったでしょ」
へら、とした笑みで心を読まれた。
いや、これは……見ればわかる顔を、私がしてたんだろう。
「こっちにおいでよ、はてちゃん」
ぶかぶかの袖の、わずかにでた指が、私を小さく手招いた。
無視をして屋上をでていくことも、断ることも出来たけれど。
五階建て校舎の屋上という、普段、学生が立ち入ってはいけない場所に、わずかたりとも心が踊っていないかといえば嘘になるし。
絵を描かないのであれば……この娘は一体、何をしているんだろう。
気になる。
これはもう、衝動だから、仕方ない。
招かれるまま近寄って、マットレスに腰掛けると、途端に、ずぶ、と体が沈む感覚……うわ、これ、すごい柔らかい。
どうしよう、バランスを保つのが難しい……このまま体重をかけたら背中から倒れてしまう……結果として、なんだかふわっとした空気椅子みたいになっちゃった。腹筋がきしむ。
体の置き所を見失っていると、絵の具で汚れた袖を伸ばして、わたあめの指が、私のブレザーの裾に触れた。
「隣、いいよ」
…………寝転がれということだろうか。
今日初めて会った相手と、並んで横になるというのは、どうだろう、一般的な行為ではない気がするけれど。
この状況が一般的じゃないんだし……うん、まぁ、いいか。
上履きを脱いで、揃えて置いて、恐る恐る体を横たえていく。
マットレスはシングルサイズだけど、わたあめが小柄なので、意外とスペースはあるけれど、それでも、こうして体を寝かせたら、普通に肩が触れ合うぐらいの距離感だ。
体重を預けると、更に身体がぐんと沈み込んで、少し驚いた。
「ほら、見て、はてちゃん」
わたあめ小さな笑みを浮かべてから、仰向けのまま、
「空がきれいだよ」
……腕をまっすぐ、上に伸ばした。
今日は、雲一つない快晴で。
放課後だから、太陽はもう傾いているけれど、日が暮れるほど遅い時間でもないから、空はまだ、深い青色が、一つだけ。
視界全てが同じ色で塗り潰されて、距離感や遠近感が、一気に失われた。
空色っていうのは、不思議な色だ。
涼しげで、冷たくて、でも、暖かくて、眩しくて、底がなくて、無限に続く。
ふわふわと身体が沈むマットレスが、急に頼りなく思えてくる。体を支えるものがなくて、まるで空に投げ出されて、落ちていくみたいで――――。
「都会ってね」
同じ景色を見ているわたあめの、軽くて甘い声が、耳元で、囁くように響く。
「建物とか、電線とか、木とか……色んな物があって。上を見ても、空だけが見えることって、あんまりないんだよ」
人間の目というのは、ものすごい高性能なカメラだと、祖父は言っていた。
動くものがあれば見つけてしまう、映るものがあれば認識してしまう。
視界の端に捉えたものを追いかけて、フォーカスしてしまう。
「だから……屋上が欲しかったの?」
何ものにも遮られない空を、思う存分、独り占めするために。
「空に落ちていけたらいいのにね」
わたあめは、笑いを交えながら言った。
「青空と宇宙の境目で、燃え尽きて」
ばっ、とぶかぶかの袖を思い切り広げて、笑った。
「塵になって、終わるの」
だけど地球には重力があって、私たちは何時だって縛られている。
せいぜい、できるのはこうやって、体を沈めて、落ちていくフリをするぐらいのものなんだろう。
「……いつか、雨になって降ってくるんじゃない?」
「わたしはずっと浮いていられるよ、ふわふわしてるもん」
「自分で言うことじゃないでしょう、それは」
それから、しばらくの間、私たちは凄く他愛ない話をした。
「美術科の授業って、普通科とどう違うの?」
「わかんない、普通科の授業ってどんな感じなの?」
「ああ、そっか、比較できないか……なんていうか、普通よ」
「普通科だけに? はてちゃんは、勉強、わからないところある?」
「今はまだないわ。まだ一週間目だし」
「ふうん……あ、学食は行った?」
「何度かね。安くて量が多くて美味しかった。メニューも豊富だし」
「いいなあ。わたし、偏食家だから」
「自分で自分のことを偏食家っていうもの?」
「好き嫌いが多いんだよ、食べ物でも、何でも」
「あなた、お肉ばかり食べて、野菜をのけるタイプでしょう」
「………………はてちゃん、名探偵?」
「あなた程じゃないと思うけど……」
「あとね、甘いのも嫌い。果物は好きだけど、甘すぎるのはヤ」
「……それはなんだか意外かも」
「スイカぐらいがちょうどいいと思うの。メロンは苦手。シワシワだし」
「あの網目模様、シワシワっていうのかしら」
「描くのが大変なんだよ、細かいから」
「それは美術科視点だけども」
「絵って面倒くさいよね」
「それは……美術科の特待生が言っていいことなの?」
「好きだから描いてるんじゃないよ、描けるから描いてるだけ」
「…………わたあめの描いた絵を見たことがないから、それはなんとも言えないけど」
「はてちゃんが黙るときって、言葉を選んでるよね」
「誰だって、言葉を選ぶ時は黙ると思うけど」
「はてちゃんは、すごくわかりやすいかも」
「それは……ちょっと心外だわ」
「じゃあ、はてちゃんにもう一つ、質問していい?」