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だから、私たちは空に落ちていくフリをする。  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第二章 海の欠片を拾い集めて

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「ありがとうございます、いつか必ず」


 21


 迎えの車に乗った瞬間、わたあめは私に肩を預けて、眠りについてしまった。

 流石にそのままだと体勢が辛いので、少し横にずれると、身体にすがるようにずるずると下っていって、結果的に膝枕の形になってしまう。


 ……大丈夫かな、私、ふともも結構太いし、硬いんだけど……。


「ご迷惑をおかけします。お嬢様は、いつもこの時間には就寝してしまいますので」


 窓越しに、上江洲(うえず)さんの声。端々からにじみ出る申し訳無さが、ありがたい。


「ああ、いえ、大丈夫です、重たくもないし」


 私は昼寝を挟んだから今もそこそこ目が冴えているけど、わたあめは少し仮眠してから、ずっと絵を書いていたわけで、ただでさえ昼間はあれだけ動いたし、さもありなん。


「お嬢様が、こうまで誰かに心を許している姿を、始めて見ました」


 不意に、上江洲さんがそう言った。


「そう……なんですか? なんだか、スーパーメイドさんが居る、って聞きましたけど」

「間違ってはおりませんが……語弊もございます。久住呂(くじゅうろ)はわたあめお嬢様の、お姉様の側仕えなので」

「……えっと、かすてらさん?」

「ご存知でしたか」

「名前だけは、話の流れで」


 ……このままご両親の名前を聞けるか? いけるか? ……いや、やめとこう。絶対に興味本位だと思われちゃう。


「はてちゃん様」

「は、はい」

「また、お嬢様と遊びに行っていただけますか。この上江洲、何処まででもお連れしますので」

「えっと、それは……もちろん」


 それはまあ、願ったりかなったりと言うか、ありがたい話だけれど……でも、交通費とか、一日過ごした別荘で使った材料や食費だって、今回は泡沫潟家持ちなわけで、それはちょっと申し訳なくなってしまうところもあり……。


「ご両親の許可が出れば……ですけど。でも、その…………」

「過保護、ですか?」


 友達のお世話係の雇い主にそういうことを言うのはどうかな、と思って言葉を濁してしまったけれど、まあ、わかるか。


「ええ、その……そりゃ、わたあめって、ふわふわしてるし、隙も多いけど、もう高校生じゃないですか。学園じゃ、好き勝手してるのに」


 いや、放課後以外のわたあめの様子を見たことはないんだけど。


「送り迎えつきはわかるとして、外出禁止は厳しくないですか? その割に、私がお願いしたら、別荘を貸してくれるし」


 それだけ過保護だと、直接話してない友達の事なんか信用できないと思うのだけど。


「………………お嬢様は」


少し長めの間をおいて、上江洲さんは、窓の向こうで小さな息を吐いた。






「お嬢様は、幼い頃、誘拐されたことがございます」

「……………………ゆ、誘拐?」


 すやすやと眠るわたあめの顔を、思わず見る。

安心しきった――――穏やかな表情。起きる気配は、ない。


「愛犬と散歩中のお嬢様を、背後から車で跳ね飛ばし、そのまま車中へ(さら)い――計画的な、身代金目当ての誘拐だったと、()()()()います」


 ぞく、と背筋が凍る感覚があった。

 小さい頃、大怪我をして、入院する羽目になって。

 退院した時、愛犬のつぶあんが、入れ替わっていた。

 ……じゃあ、元のつぶあんは、()()()()()んだろう?


 わたあめは、何で、大怪我をした?

 死んだ愛犬を入れ替える、なんて常軌を逸した真似だと思ったけれど。

 知らない大人に誘拐されて、大怪我をして、つらい思いをして、やっと家に帰ってきたら、愛犬はその時に亡くなってた、なんて、残酷すぎる。


 ショックを受けるに……決まってるから。


「驚くべき事に、お嬢様は自力で犯人の元から逃げ出し、戻ってこられましたが……全身に酷い傷を負っておられました。すぐに入院し……数ヶ月の治療を終えて、退院して戻ってきた、その翌日から」


 上江洲さんは、そこで一度、言葉を区切った。





「定期的に、()()()()()()()()()()()()()()






「――――――――は?」


 敬語も何も無い、心底からの疑問が、声になって喉の奥から絞り出される。聞き間違いではないらしく、上江洲さんはそのまま話を続けた。


「ふらりと車道に出たり、高所に登って、飛び降りようとしたり。いずれも未遂に終わりましたが、骨折は一度や二度ではありません。冗談や遊びでは済まない怪我も、いくつか」

「なん――――で」

「理由はわかりかねます。お嬢様を問い詰めても、()()()()()なのです。髪の毛で自らの首を縛りながら、風呂に沈んでいた時などは…………皆、言葉を失いました」


 ……何だ、それ。


 知らない話が、一気に出てきて、頭がグチャグチャになりそうだ。

 海に落ちていくのは、苦しいから嫌だ、とわたあめは言った。

 ……実体験が、伴っていたなんて、知るはずないじゃないか。


「誘拐事件が何かしらのショックを与えたのだと、旦那様方は考えておられるようですが……結果として、現在まで、私めがこうして送り迎えをさせていただいています」


 目を離したら、何時、何処で死んでしまうかわからない娘。

 そりゃ、登下校でも目を離せないし、遊びに行かせるなんてもってのほか、か。


「……そんな日々を変えたのが、はてちゃん様なのですよ」

「……え、私、ですか」

「はい、入学式から少し経ったある日、お嬢様は旦那様方に、こうおっしゃったのです。『大事な友達ができたから、もう自分を傷つけるようなことはしない』と」


 私が…………わたあめにとっての、大事な、友達。


「突然の事で、旦那様も、奥様も、かすてらお嬢様も、もちろん私めも目を丸くしたものです。ですが、それから時折、楽しそうに〝はてちゃん〟のお話をしてくださるようになったのですよ」

「…………だから、今日のお出かけも、許可してくれた、んですか?」

「はい、本当は旦那様自ら感謝の言葉をお伝えしたいとのことでしたが、お嬢様がそれはやめてほしいというので、せめて別の形でと、本日はこのような形に」


 どくん、どくん、と胸が高鳴る。

 今、私の膝の上で眠っているわたあめに、どうか聞こえないで欲しいと願う。

 もし上江洲さんが言ってる事が正しいなら……万事、解決だ。


 わたあめは私を大事に思ってくれていて、それはとても嬉しいことで。

 今日は少し、すれ違ってしまったけど、それすらも、お互いを理解するために必要なことで。


 私たちはこれからも毎日、あの屋上で、他愛ない日常を積み重ねながら、卒業までの時間を積み重ねていく――――そんな未来だったら、どんなに良いだろう。

これは多分、私にしか気付けない。


「……上江洲さん」

「はい、なんでしょう」

「わたあめが、〝特待生特権〟で何をもらったか、知ってますか?」


 私の問いに、上江洲さんはああ、と答えた。


「風光学園の制度でございますね。()()()()()()()()()()()()()と伺っております。そこで、はてちゃん様とお話していると」


 わたあめは、家族や、それに連なる人に、自分が何を手に入れたかを隠している。

だって許すわけがない、自殺衝動を持つ娘が、一人だけ学校の屋上に出入りする権利を持っているなんて。


 わたあめが私と出会ったのは、特待生特権を行使した後なのだから。


「はてちゃん様、どうか今後も、わたあめお嬢様のことをよろしくお願いします。どうか是非、当家にも遊びに来て下さいませ、皆、歓迎いたします」


 ……()()()()()()()()()()()()()()()()


 それが、現在進行系であることを、私は、知っている。


「ありがとうございます、いつか必ず」


 わたあめの髪を撫でながら、私はそう答えた。


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