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だから、私たちは空に落ちていくフリをする。  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第二章 海の欠片を拾い集めて

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「わたあめ、警察呼んで」

16


 たっぷり一時間半かけて、散歩コースを一周した。途中、勢い任せでずんずん進んだ結果、歩き疲れたわたあめを私がおんぶするというアクシデントはあったけど、景色もよかったし、これだけでもだいぶ楽しいものだ。


 昼にはまだ早いけど、汗もかいたし、軽くシャワーを浴びてから、ちょっと凝った料理でも作れば、いい時間帯になるんじゃないか……と思いながら、別荘に戻ってきた私たちの前に。


「えっほ、えっほ」


 泡沫潟家の別荘と、それに付随する入江の砂浜を、手持ちサイズの(くわ)でザクザク掘り返している、知らない女性がいた。風は涼しいけど日差しは強いこの環境下で、麦わら帽子に、ジャージ姿で。


「…………潮干狩り?」


 に、見えるのだけど、どうだろう、この近辺って、アサリとかしじみとか採れるのかな……いや、そもそも、この浜は一応私有地らしいから、無断侵入ということになるわけで。


「一応聞くけど、お知り合い?」

「ううん、知らない」

「だよね……」


 関係者である可能性が消えたので、私は後ろから近づいて、


「あのー」


 と、声をかけた。


「はい?」


 くる、と振り向いた女性は、なんというか人当たりが良さそうで、気持ち、顔も体もふっくらとしていて、ぱっと見の印象はそんなに悪くない人なのだけど。


 ……なんだろう、不思議な既視感がある。会ったことはないはずなのに、見覚えがある感じというか。


「すいません、ここ、一応私有地で」


 いや、それよりも注意だ、注意。別に私の私有地じゃないので、偉そうにいうのも(はばか)られるのだけども。


「あら、そうなんですか? それはそれは…………ごめんなさい」


 幸い、悪意のある窃盗を行っていた、という感じではなさそうだった。

 本当に……背負投げをすることにならなくてよかった、砂浜とはいえ叩きつけたら洒落じゃ済まないダメージになるものね。


「ね、なにしてたの?」


 わたあめが、私の影からひょこ、と顔を出して、女性に問いかけた。


「ああ、集めてたんです、こういうの」


 傍らのバケツを差し出してきたので、中身を確認すると、白い巻き貝やら、サンゴの破片やらが、それなりの量、ぎっしりと詰まっていた。


「わ、すごいね」


 しかし、中でも一際目を引いたのは……。


「ね、これなあに?」


 バケツの中に手を突っ込んで、わたあめは小さな破片を指で摘んで取り出した。


 薄い青色をした、透き通った平たい石、とでも言うんだろうか。

 空を閉じ込めたみたい……とまでは言わないけど。


 表面が薄くざらついていて……宝石? じゃないよね。


「ああ、これは、シーグラスですねえ」

「しーぐらす?」

「元は、海洋に投棄されたガラスなんですよ。それが、波に流されているうちに、ちょっとずつちょっとずつ削れて、角が取れて、こんな風になるんです。ほら、川の上流の石が、流されてるうちに丸くなるっていうでしょう、ああいう感じで」

「じゃあ、これ、ガラスなんだ」


 わたあめは摘んだシーグラスを、陽の光に透かして、じぃ、とその光を覗き込んだ。


「こう言うの、集めるのが趣味でして……この辺り、結構採れるんで、すいません、私有地だとは」

「いえ、知らなかったなら――――」

「――――思っていたんですけど、誰もいないならまあいいかなって」

「わたあめ、警察呼んで」

「すいませんすいません、勘弁してくれませんか」


 ぺこぺこと頭を下げられると、ううん、悪い人じゃないんだろうけど、倫理観がちょっと、どうだろう。私の一存でキャッチアンドリリースを決めてもいいのだろうか。


「わたあめ、どうする?」


 なので、土地の持ち主の娘に判断を委ねることにする。

 しかし、肝心のわたあめは問いかけに微動だにせず、つまんだシーグラスを凝視したまま動かない。


「……あ、駄目だこれ、しばらく戻ってこないや」


 一つのものしか見ていない時だ。青いシーグラスは、わたあめの興味を大いに引いたらしい。


「ちょっとぐらいならいいみたい」

「そ、そうなんですか?」

「この感じだと、多分出て行けとは言わないと思います」


 麦わら帽子に白いワンピースの女の子が、夏の浜辺でシーグラスを陽光にかざしながら、見惚れている姿。


 その時、私は特に意識したわけでもなく、そうするのがごく当たり前であるかのように、スマートフォンを取り出して、写真を撮っていた。

この風景を、切り取って、残しておきたいと思った。


「…………あ、はてちゃん、今、撮った?」


 スマートフォンのシャッター音は、ささやかだったはずだけど。


「もう、言ってよぉ」


 まるで測ったように、わたあめは私に気づいて、照れくさそうに、にへ、と笑った。

 カメラを構え続けていればよかった、そうすれば、この一瞬も撮れたのに。


「……なんかいい感じの空気を見せられていますね?」


 女性は何故かその場で腕組みして、うんうんと頷いていた。



 17



 尖った砂利や貝殻の破片に気をつけながら、ざく、ざく、と、波打ち際の砂浜に(くわ)を突き立てて、掘り返し、固形物があったらより分けて、を繰り返す。

 でてくるものは貝殻であったり、小石であったり、ちょっとしたゴミだったり。


「ふう……っ」


 すっかり日が昇って暑くなってきた上に、海水を大量に吸った砂をこれでもかと掘り返しているわけだから当然だけれど、結構疲れる。

 額から零れ落ちた汗が、湿った砂に吸い込まれて、すぐに波にさらわれていく。


「ホントだ、結構あるもんだ」


 だけど……靴をサンダルに履き替えて、シャツもジーンズもずぶ濡れになってしまっているのに、それでも手を動かすのをやめられないのは、少し掘り返すたびに、何かしらが見つかってしまうからだ。


 カリ、という引っかかるような感触があったので、丁寧に手で砂を払いのけると、爪の先くらい小さいけれど、キラキラ光る青いシーグラスが見つかった。


 この大きさじゃ、何に使えるわけでもないんだろうけれど、手にした成果に、ニヤニヤしてしまうのがやめられない。これで四つ目だ。


 こういう奴は、鍬の歯の隙間を抜けてしまう事があるので、同じ場所でも何度か角度を変えて掘ってみるべきだというのが、不法侵入して砂浜を掘り返していた女性……倫さんの教えだった。


「倫理の倫と書いて、(りん)です。よろしく」


 そう名乗った女性は、雰囲気的に大学生くらいかな? と思ったけど、まだ高校生らしい。不法侵入に倫理はあるのか? という疑問はさておき、倫さんの犯行はわたあめの『わたしもやってみたい』の一言で無罪放免となった。


 正直、私も興味がないわけではなく……道具は倫さんの物を借りて、こうして宝探しに勤しんでいるわけだ。


「あった」


 楽しそうなわたあめの声、振り返ってみると、もう、おしゃれなワンピースは、砂にまみれて、びしょびしょに濡れて、見るも無惨な姿になっていた。クリーニングする人の苦労が忍ばれる。


 私の視線に気付いたらしく、顔を上げたわたあめと、視線が交わった。にへぇ、と今日一番の笑みを浮かべて、ぱしゃぱしゃ水音を立てながら、小さなバケツをこちらに向けた。


「はてちゃん、みてみて」

「うわ、すご」


 赤、黄色、緑、青……大小様々なシーグラスが、バケツの底が埋めている。同じ砂浜を掘り返したとは思えない釣果の差だ。


 私は形が整ったきれいな貝殻なんかもバケツに入れていたのだけど……わたあめは完全にシーグラスに狙いを定めていたらしい。


 わたあめの集中力が、こういう作業に向けられると、すごい成果が出るんだ。


「わぁ、すごいですねえ」


 私たちが集まっているのを見て、倫さんも寄ってきた。


「この短時間でこの量を見つけられるのは……才能ですよ!」

「えへん」


 得意げなわたあめ、うん、誇っていいと思う。


「ところで、このシーグラスって、何に使うんですか?」


 私の一番の成果は、親指の爪くらいの大きさの、白いひし形のシーグラスだ。

 つるつるしていて手触りが良くて、ただ手に持ってるだけでもそれなりに楽しいのだけど、倫さんはやたらと量を集めているので、用途が少し気になった。


「うーんと、研磨してアクセサリにすることもありますし、そのまま飾ったりする人もいますね。私の場合は、水槽に入れます」

「水槽?」

「ちゃんと煮沸消毒して、清潔にしてからですけどね。砂利の代わりに敷き詰めたら綺麗じゃないですか」


 なるほど、インテリアとして利用するわけだ。確かに、大小色とりどりのシーグラスで飾られた水槽は、見栄えが良さそうだ。


「ちなみに、もっと量を集めたかったら、転んだら痛いことになっちゃいそうな、砂利浜がオススメですね。こっちはもう、掘り返さなくてもゴロゴロしてますよ」

「そうなんだ……え、じゃあ、なんでこんな所にわざわざ」

「砂が細かい所には、キメ細かいシーグラスが集まり、砂が荒い所には、ゴツゴツしたシーグラスが集まるものなのです、今回は、粒ぞろいのを集めようというのがクラブの方針でして」

「くらぶ?」

「はい、今日は夏休みの合宿中でして………………ええと、今何時でしょう」


 問われて、スマートフォン……は、濡れないよう別荘に置いてきたんだった。太陽の感じだともうお昼は回ってる気がするけど……。


「十二時二十五分だよ」


 と、わたあめは時計も見ずに言った。


「ひゃあ!? ままま、まずい、待ち合わせに遅れちゃう! す、すいません、私そろそろ行かないと!」


 時間を聞いて、とたんに慌て始めた倫さんは、えーと、えーと、と焦りを見せながら、ジャージのポケットを漁って、何かを取り出し、


「今日はありがとうございました、お礼と言ってはなんですが、お二人にはこれを」


 私とわたあめ、それぞれの手に、シーグラスを握らせた。

 私に渡されたのは……なんだろう、これ、ツルツルしてるけど、ガラスじゃない?

 白地に、薄い青いラインが走っていて、不思議な模様を描いていた。


「陶器の欠片が、波に揉まれたものですね。これも広義ではシーグラスです。透明なものとは、また違う味わいがあるでしょう」


 お茶碗とかの破片なのかも知れない。そっか、ガラスに限らずとも、こうやって削れていくんだ。


「わたしのは…………びーだま?」


 わたあめが渡されて、指で摘んでいるのは、綺麗な球状のシーグラスだった。

 濃いブルーで、少し楕円形で、表面がざらざらしていて、けれど、少し透き通っていて……まるで、そういう形の飴玉みたいだった。


「この浜で取れたものではありませんが、私イチオシのシーグラスです。人は、海に色んな物を捨ててしまいますが……」


 入江の向こうに見える水平線に、一瞬だけ顔を向けたあと。

 倫さんは私たちにあらためて向き直って、笑った。


「流れ流れて、こういうものも生まれるんです。や、一緒にシーグラス探しをしてくれる女の子がいて、嬉しかったですよ。お二人もぜひ、いろんな浜で、探してみて下さい。楽しいですよ」


 確かに、思いがけないレジャーだった。びしょびしょだし、疲れたけれど。


「はい、ありがとうございました」


 手のひらに収まってしまう、小さなかけらたちを見たら、今日という日を忘れることは、多分ないだろう。


「では、私はこれで! 本当にありがとうございました! 待っててね、熱帯魚ちゃんたち~! 水槽を綺麗綺麗にしたげるからねぇ~!」


 倫さんはそう告げて、背を向けて去っていった。

 …………ん? 熱帯魚?

 そういえば、名字は聞いてなかったけど……倫理(りんり)(りん)……りん、か。


 顔に既視感を感じたのは、その、あの…………。


「いや、まさかね」


 私たちがこの浜を訪れたのは、たまたまわたあめのお父さんの別荘があったからで、そんな偶然……ううん、気にしないでおこう。


「しかし……遊んだわね」


 二時間以上は砂浜で宝探しに励んでいたことになる……お腹も空いてくるわけだ。

 今からご飯を作って、遅い昼食……や、その前に着替えだ。一度濡れたらもう全然気にしなくなっちゃって、結局ずぶ濡れだし。


「わたあめ、一旦戻ろ――――」


 じぃ、と。

 わたあめの視線は、倫さんからもらった、ビー玉のシーグラスに注がれていた。

 不謹慎が許されるなら、自分の瞳を見つめている、人形みたいだな、なんて。


「……わーたーあーめ」

「ひゃんっ」


 今日のわたあめは、髪を首元で二つに分けているから、うなじがむき出しになっている。そこを軽くつついてやると、思い切り飛び上がって、そのままばしゃん、と尻餅をついてしまった。


「あ」

「は、はてちゃん、なに、なにしたの?」


 きょろきょろ首を振りながら、私を見つけ、

 思ってたよりずっと敏感だったらしい……けど、今の悲鳴は、うん、申し訳ないけど。


「…………あははははっ」

「な、何で笑ってるの、はてちゃん、もう!」


 わたあめが、手で海水をすくって、飛ばしてきた。

 それは微々たる量だったけど、笑う私の顔に、上手く命中した。


「わぷ……っ、うわあああ!」


 透き通っているけど塩分高めの海水が、若干だけど目に入って、きつい目薬よりも強い刺激が顔面を駆け巡る。


「あはははははは!」


 私が悶える様を見て、今度はわたあめが笑った。こうなったら、もう止まる訳がない。


「……そこまではしてないでしょ!」

「えぇ、びっくりしたよ、すっごく……みぴゅっ」


 仕返しに水をかけてやると、むむむ、と小さな顔の柔らかい頬が膨らんでいく。

 ワンピースのスカートを思い切り広げて、溜め込めるだけの水を溜め込んで、はしたなく思い切り振りかぶって――――。


「馬鹿、それは反則――――!」


 報復に手段を選ばなければ、戦争になってしまうという実例だった。

 ただでさえ疲労した体で、勝ち負けのルールもない泥試合。

 いつの間にか二人とも、ただ笑っているだけの争いを、私たちは、しばらく続けた。


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