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だから、私たちは空に落ちていくフリをする。  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第二章 海の欠片を拾い集めて

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「わたし、少し、がんばってみる」

15


 当時九歳だった私がスマートフォンなんて持っているわけもなく、警察に連絡する事もできず、かといって、眼前で起きた事を受け入れることも出来ず、ただ、ガードレールの向こう側、眼下で燃え広がっていく炎を、渡すはずだった飲み物を抱えたまま、じっと見ていることしかできなかった。


 なにかしなければならない、という焦燥と、なにをしてももう無駄だ、という諦観と、なにをしたらいいかわからない、という困惑と。



 ――――胸の内側から膨らんで、体を破裂させてしまいそうな、《《後悔》》。



 燃える、燃える、メラメラ燃える。

 黒い闇夜の中で、その赤は、一際強く輝いて、私の心に焼き付いていく。


 きっと、誰かがその火事を見て、通報してくれたんだと思う。私は気づいたらパトカーに乗っていて、だけど、山を降りるまでのことは、あまり覚えてない。


 翌日、一度も会ったことのない祖父が迎えに来てくれて、ああ、そうだ、抱きしめてもらったんだ。それで、ボロボロ涙が溢れてきて、やっと、起きたことを全部,話した。


 それから、私の第二の人生が始まった。

 事故のことは、数日間テレビで報道されて、新聞にも大きく載った。

後の調査で、それぞれの車に二人ずつ、人間が乗っていたことは判ったけど、それだけだ。


 事故の原因は、結局不明のままだ。突っ込んできた車は、ハンドル操作を誤ったのか、速度を出しすぎてスリップしてしまったのか。


 あの炎が、焼き付いて離れなくて……私はずっと考えている。

 《《気になる》》。《《知りたい》》。《《どうしても》》。


 何故、私の両親は死ななければならなかったのだろう。

 何故、私は天涯孤独になってしまったのだろう。

 何がいけなくて、どうすれば正しかったのだろう。


 《《気になる》》。《《知りたい》》。《《どうしても》》。《《絶対に》》。

 じゃないと――喉が乾いたと、車を停めてしまった私のわがままが。

 すべてを奪ったことに、なってしまう――――――。
















「………………最悪」


 後に悪夢の終業式と呼ばれる、一学期の最終登校日から三日後の七月某日。

 わたあめと出かける当日の――まだ日も昇らない時間に、私はふと目を覚ました。

 それは、時々見る悪夢を、今日も見たというだけの話なのだけど、よりによってこんな日に。じくじくする胸の痛み、ぐらぐらする頭、こればっかりは慣れるものじゃない。


 なんだか猛烈に、青い色が見たい。蛇口を捻ってもでてくる水の色は透明で、これは……なんだか、違う。


 深い深い、視界いっぱいを塗りつぶすような空を。


「…………準備、するかな」


 流石に早すぎるけれど、もう、二度寝する気にはなれなかった。

 と言っても泊まりの旅行に行くわけでもなし、荷物なんてすぐにまとめ終わってしまった。


 手持ち無沙汰になった私は、そのまま道場に移動して、朝日が昇るまで、一人で出来る形稽古を繰り返した。


 柔道は、祖父に教えられた。同居翌日から胴着を着せられて、朝五時からランニングと稽古。最初はわけがわからないまま、ついていくことすら出来なくて、ただ苦しくて、痛いだけで。


 ……きっとこれは、祖父が私に与える罰なんだろう、と思った。


 だから、痛くても、苦しくても、辛くても、受け入れなきゃいけないと思って、取り組んだ。


 その考えが根底にあったから、祖父が私を大事に想ってくれている、という発想がでてこなかったわけなんだけど……本当に、言ってくれなきゃわからないよ。


 実際は、祖父がただただ不器用で、私とコミュニケーションを取るやり方が、わからなかったんだろうな……でも、私は自罰的にそれを受け入れて、励んでしまったから、祖父も気合を入れて指導してくれるようになってしまったんだろう。私の遠慮と祖父のやり方が変なところで噛み合ってしまったのだ。こう、一本背負いとか、大外刈りとか、全部身を持って体験させてくれたし。


 うん、やっぱ一回くらい投げ飛ばしてみたかったな、あの人。


 とにかく、私にとって柔道は、祖父との繋がりという意味合いが大きかった。

 だから、六年間、それ以外に何もしてない、と言えるぐらいには打ち込んできたはずなのだけど、そんなにアイデンティティになっていなくて、辞めることに未練もないことが、自分でも意外だった。


 それこそ、わたあめが言った通り、祖父の教えは、もう身体に根付いていて……繋がりが残っていることが、ちゃんと実感できるから、なのかも知れない。


 ただ、こうして道場で体を動かしていると、悪夢を物理的に吹き飛ばすことができて、これは凄く、ありがたい。


 …………とかやってたら、あっという間に出発時間がやってきた。


 軽くシャワーを浴びて、着替えて、鍵をかけて、家を出る。

 普段の登校よりも少し早めの朝七時前、私は学園の校門前に立っていた。

 わたあめのご両親の許可が降りたらしく、天気が良いからこの日にいこう、という話に相成って、学校で待ち合わせをすることにしたのだ。


 私服で校舎の前に居るのは、なんだかこう、緊張するな……部活で早朝から登校してくる生徒なんかには、ちらちらと横目で見られたりする。


 すると、奥の道路からすぅー……っと物凄く静かに、一台の車がこちらへ向かってきた。


 黒塗りで、艶々の……カルタさんに色々連れ回されたおかげで、確信が持てる……あの人が乗ってるのと同じような、最高級車だ。


 まさか、と思って身構えた私の前でピタリと止まると、スモークがかかった後部座席の窓が緩やかに下がり、


「はてちゃん、おまたせ」


 と、わたあめがひょっこり顔をのぞかせた。

 同時に、手も触れていないのにがちゃりとドアが開く。


「わ、わたあめ?」


 思わずそう言ってしまったのは、普段は髪の毛ぐしゃぐしゃ、制服の裾と袖がべったべたな、言っちゃなんだけど身綺麗とは程遠い格好のわたあめが、それはそれは見事なよそ行きの格好をしているからだった。


 はねっぱなしの髪の毛はサラサラにまとめ上げられて、首元で二つに束ねて、下に流れる優雅なツインテールに。


 デコルテと肩が見える少し大胆な白いワンピースは、よく見ると細かい刺繍とフリルがついていて、豊かな胸の下でキュッと絞って、シルエットがしっかりと見える可愛いデザイン。

 普段、ぶかぶかの制服をそのまま着込んで、縛ってないてるてる坊主みたいな感じになっているだけに、体の豊かさが一層目立つ。この格好で街を歩いたら、五〇メートル毎に声をかけられてしまいそう。


 座席の奥には麦わら帽子がちょんとおいてあって、一言でいうと、裕福なご家庭の、夏のお嬢さんといった装いだった。どうしよう、私、動きやすいようにと思って、膝丈のジーンズにオーバーシャツとかなんだけど……。


「? そうだよ、はてちゃん、乗って乗って」

「お、お邪魔します……」


 わたあめがちょいちょいと手招きするし、周りの目が気になるしで、招かれるままに車内へと。

 私が席に座ったのを確認すると、やっぱり扉が勝手にしまって、静かに車が動き出した。

 後部座席は対面式になっていて、二人が向かい合って座っても、膝が触れない位の余裕がある……凄い、送迎車ってやつだ。


 運転席側とは壁というか、スライド式の窓がついた衝立で隔てられていて、感覚としては、狭い部屋に二人きり、という感じ。座席のクッションは柔らかく、装飾も綺麗で、うん……間違いなくお金持ちの車だ。


「……あなた、毎日これで送迎してもらってるの?」

「うん、でも、おでかけは初めてかも」


 どうやら泡沫潟わたあめは、私が考えているよりもずっとずっとお嬢様だったらしい。

 わたあめがこんこん、と運転席側をノックすると、窓が勝手にスライドした。


「ね、どれぐらいで着く?」

「予定では二時間程です。途中、サービスエリアで一度休憩を挟みます」


 と、前置きのない問いかけに、すらすらと返事が返ってきた、この声は……。


「えっと……上江洲(うえず)さん、ですか?」


 先日、電話越しに聞いた声と似ていた。


「はい、先日はありがとうございました。わたあめお嬢様のお世話係をしております、上江洲(うえず)と申します」


 お、お世話係ときた。顔は見えないが、声の感じだと、結構歳を取ってそうだけど。


「本日はお嬢様をお誘いいただき、ありがとうございます、はてちゃん様。私は本日、送迎のみを行わせていただきますので、どうかお気になさらずお楽しみ下さい。何かありましたら、お気軽にお申し付け下さいね」

「あ、ありがとうございます……あ、あの、はてちゃん様っていうのは……」

「わたしが、そう呼んでいいよって言ったの」


 フフン、と何故か得意げに、わたあめが鼻を鳴らした。


「はてちゃんをはてちゃんって呼んでいいのは、わたしと、上江洲だけだよ」

「そのカテゴリ分けは何なのよ……別にいいけど」

「大変可愛らしいあだ名だと思いますよ、はてちゃん様」


 上江洲さんも仕事なんだし、わたあめがそう呼べと言って呼んでいるのだろうから、やめてというのも野暮だし。


「…………ところで、どこに向かってるの?」

「わかんない、どっか、海」

「そんなアバウトなお出かけがあってたまるか!」

「えぇー」


 私のツッコミに、わたあめは頬を膨らませた。


「だって海としか言ってないもん。ね、上江洲(うえず)、どこいくの?」


 わたあめの質問に、運転中の上江洲さんは淀みなく答えた。


「海を眺めたいとお伺いしておりましたので、旦那様の別荘に向かっております。眼前の海岸は、実質的なプライベードビーチになっておりますので、お二人でゆっくりお過ごしいただけるかと」

「べ、別荘ときたか……」


 しかもプライベートビーチときたか……いや、日本では海とか砂浜を個人で所有することは出来ないらしいので、厳密に言うと違うんだろうけれど、人が来ないなら同じことか。


 やがて、車は高速道路に乗って、窓の外の景色が、一段階早く流れていく。

 最初は驚きが強かった車内も、少し乗っていれば慣れてしまうもので、気がつけば、いつも通り益体もない雑談で盛り上がる。


 途中、休憩がてら立ち寄ったサービスエリアで一悶着あったりしたけれど、上江洲さんの言う通り、出発してからきっかり二時間でたどり着いたのは……。


「………………うわぁ」


 壁がほぼガラス張りで、広くて、白くて、キラキラしてる、高価そうなザ・別荘、という感じの建物だった。うん、それ以外に伝え方がわからない。


 上江洲さんの言う通り、別荘のすぐ前に白い砂浜と海。少し横へ歩くと岩盤がせり上がっていて、一種の入江になっていた。確かにここなら、観光客も来ないだろう。


 車から降りると、潮の匂いが鼻腔を満たす。生臭さはあんまりなくて、温められた日差しと、海の冷たさが混ざりあった、不思議な感じの、あの空気。


「海だー、海だよ、はてちゃん」


 高速道路から降りて、海沿い野道を走り始めた時も、わたあめは同じことを言っていた。わあわあと楽しそうにはしゃぐ姿は、普段のぼうっとした様子からは想像できない。


「はてちゃん様、門限はございますか?」


 車から降りた上江洲さんが、私にそう尋ねてきた。

 立ち上がると、多分一八〇センチ近くはある、きちっとスーツを着た初老の男性、という感じ。サービスエリアで姿を見た時も思ったけど、多分あだ名はセバスチャンとかなんかだと思う。


「あ、特に無いです、一人暮らしなので」

「…………左様ですか。それでは、わたあめお嬢様、夜の九時にお迎えに上がりますが、よろしいですか?」


 今は朝九時、大体十二時間。何をするかは特に決めてないけど……何をするにしても、十分な時間ではある。


「はぁい」


 と、わたあめは気の抜けた返事をした。上江洲さんは一つ頷くと、私に向き直り。


「はてちゃん様。――別荘の使い方と、鍵の管理をお任せしてもよろしいでしょうか」

「あ、はい」


 うん、まぁ、それは薄々判ってた。

 使い方、と言っても、緊急時の連絡先だとか、ガスの元栓の場所だとかそういう感じで、ゴミが出たらそのままにしておいて良いとのことだった。


 リビングは広い吹き抜け、広々としたシステムキッチン、お昼は出前でも外食でも、なんなら作ってもよいということで、冷蔵庫を覗いてみると肉に魚に野菜にと詰め込まれていた。……これ、私たちが消費しなかったらどうなるんだろう。


 寝室とお風呂も案内された。宿泊するわけじゃないけれど、外出して汗をかいたらシャワーぐらいは使わせてもらおう……あとは、昼寝とかしても気持ちよさそうだ。


「それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい」


 諸々の説明を済ませると、上江洲さんは車に乗って、どこかへ行ってしまった。

 別に建物の中にいてくれてもいいと思うんだけど、他に仕事があるのか、気兼ねなく二人で過ごせという意味なのか。


「で、わたあめ」

「なあに、はてちゃん」

「それは、何?」


 上江洲さんが室内に運んだ、大きな鞄。

 そこからわたあめが取り出したのは、なんて言えばいいんだろう……こう、四角い箱に、長くて大きい、バズーカ砲みたいなレンズがついたカメラだった。


 横幅の広いストラップで首からかけて、んふふ、と楽しそうに笑う。


「お姉ちゃんのを借りてきたの。ぴーすぴーす」


 わたあめがカメラをこちらに向けてボタンを押すと、ぱしゃしゃしゃ、と連続でシャッター音を切る音がした。


「へえ、わたあめってお姉ちゃん居るんだ」


 ちょっと意外だ、箱入りの一人娘ってイメージだった。


「名前は何ていうの?」

「かすてら」


 うん、やっぱ泡沫潟(うたかたかた)家は、ネーミングセンスが、こう……不思議なお家だ。

 ここまで来るとご両親の名前も気になってきたけど……この流れで尋ねるのは、流石に失礼か。


「ま、確かにせっかくモチーフ探しに来たんだから、資料を残しておかないとね」


 わたあめがこういうノリなのは珍しいが、やる気になってくれているのはいいことだ。

 ……と、思ったのだけど。


「もちーふ?」

「……え、展覧会に出す新作の、資料集めでしょ?」

「…………あー」


 忘れてた、という顔だった。

 忘れてたんだろう、盛大に。


「……探さないと、だめ?」

「駄目、じゃないけど」


 じゃあ、何をしにわざわざこんな所まで来たんだ、とか、そのカメラは何の為に持ってきたんだ、という感じなのだけど。

 心なしか、どこかしょんぼりと気落ちしているような顔。

 そんなに、モチーフ探しが嫌なんだろうか……?


「……とりあえず、外に出る?」


 空調の効いた涼しい室内にいてもいいけど、どうせなら、少し散歩したい。

 わたあめの琴線に触れる何かが見つかれば、それが一番いいわけだし。


「うん」


 カメラ片手に頷いたわたあめが少しだけ目を伏せていたような気がしたのは、気のせいだろうか。


 軽く散歩をするくらいなら、別荘を出て、海岸線沿いの歩道を歩いて、途中の大きな交差点を右に曲がれば、道なりで戻ってこれる……と、出発前に上江洲さんに教えてもらったので、とりあえずそのコースでいくことにした。


 時間的にはまだまだ朝方で、日差しは強いけど海風は涼しくて、総合的には、かなり過ごしやすい気候。


 少し歩けば、水平線を境界に、二色の青が上下を染め上げる不思議な世界が、それこそ無限に続いているんじゃないかってぐらい、どこまでもどこまでも広がっていた。


 空気も澄んでいて、遠くにあるものがよく見えるのもよかった。時折、船の影が見えたりして、それだけでも結構面白い。


「どう? 何かピンときた?」

「……んー、別に」


 カメラまで持ち出してきてるのだし、多少なりとも興味があるものが見つかったんじゃないかな? と思ったのだけれど、わたあめの反応は、芳しくなさそうだった。


「空を見るのには、海は邪魔だもんねえ」


 邪魔と来たか。

 今更だけど、この娘が興味を惹かれてるのって、一貫して空、なんだよなぁ。

 空の青と、海の青。どちらも甲乙つけがたいぐらい、眩しく見えるんだけど。


「海は、好きじゃない?」

「綺麗だとは思うけど、落ちたいとは思わないもん」


 立ち止まり、道沿いのガードレールに手をおいて、空を見上げるわたあめに並んで、私もその場で顔を上げた。


 夏の日差しに照らされて、端々が薄っすらと白んだ、雲一つない深い深い空。

 わたあめはよく、空に落ちる、というフレーズを使う。

 それは、独特の感性を持つわたあめの、何かしらの比喩だと思っているのだけど。


「……って、ちょっと」


 ぱしゃしゃしゃしゃ。

 少し物思いにふけった瞬間、一気に聞こえるシャッター音。

 さっきまでぼや、としていたわたあめが、いつの間にかニヤニヤしながら、私にカメラを向けていた。


「こら、私を撮ってどうするの」

「えぇ、いいじゃない。このフィルムは、はてちゃんでいっぱいにするの」

「そのカメラ、フィルム式なんだ……」


 今時珍しいような……私で埋められるフィルムにとってはいい迷惑だ。現像はどうするんだろう。


「お姉ちゃんに頼むかも」

「お姉さんが困惑しちゃうでしょ」


 妹に貸したカメラから出てきたフィルム一杯に、知らない女子が写ってるのは結構怖いんじゃないだろうか。


「もっと、色々、空が写ってる写真を撮ったら? 後で絵に描くんでしょ?」

「え?」

「え?」


 わたあめがきょとんとしたので、私もきょとんとした。


「……後で、見ながら描くんじゃないの?」

「何で写真があるのに、わざわざ絵を描くの?」


 あれ、なんだろう、微妙に噛み合ってない気がする。


「だって、本物が、今あるでしょ?」


 ぱしゃ、とわたあめは一枚、水平線に向けてシャッターを切った。


「この写真を現像したら、この景色が写ってるよね」

「そう……だけど」

「だったら、絵なんて、必要ないよ。見たものが、ここにあるんだから」


 それは……なんていうか、うまくいえないけど、違うんじゃないの?

 でも、他ならぬわたあめ自身がそう言うのであれば、素人の私が反論することに何の意味が――――いや。


『大事なのはアンタの気持ちだろう?』


 ……素人だから、特待生だからとか、そういうのは、関係ない。

 私が思ったことを、素直に言えばいいんだ。


 ――友達、なんだから。


「私は…………違うと思うな」


 途中で躊躇いかけ、だけど、私は、はっきり言った。


「わたあめの絵は、すごかったよ。まだ、あの一枚しか見てないけど」


 あの日の夜、私は、どうしても気になって、スマートフォンで、わたあめの名前を検索した。すぐに結果は出てきたけど、その先を見ることはしなかった。


 それがどんなものであれ、小さな画面越しで見るものじゃない、と思ったからだ。

 自分の目で、直接見てみたいと、思ったからだ。


「例えば、わたあめがこの景色を描いたら、どんな物が出来るんだろうって、私は……すごい、ワクワクする。それは、写真じゃ感じられないものだと思う」


 言葉選びに自信がなくて、辿々しい言葉選びになっちゃったけど、言わなきゃいけないと思った。


「わたあめにとっては、落書きだったのかも知れないけど……あの絵、私は、とっても好きだったわ」


 私は……泡沫潟わたあめに、自分の絵を卑下してほしく、なかった。

自分が描いたものを、あんなふうにぐしゃぐしゃに丸めて、捨ててほしくなかった。

 それに見惚れた自分の心まで、踏みにじられた気がしたから。


「……………そう?」


 わたあめは、小さく呟いてカメラから手を離した。


「そうなんだ」


 て、て、て、と。

 歩幅の短いわたあめは、少し早歩きになって、わたしの横に並んだ。


「わたあめ?」

「はてちゃん、もうちょっと歩こう」


 その流れで、私の手を取って、わたあめは、笑いながら、言った。


「わたし、少し、がんばってみる」


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