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だから、私たちは空に落ちていくフリをする。  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第二章 海の欠片を拾い集めて

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14/22

「おでかけ………………したい、かも」


 13


「むぃー」


 翌日、授業を終えて屋上に向かうと、わたあめがマットレスの上で悶えていた。

 今日は雲が多めで、風もそれなりに吹いていて、ここ最近だと過ごしやすい陽気ではあるのだけど。


「ちょっと、はしたないわよ」


 周りからどう見られるかを考慮していないわたあめの挙動は、時折危ういことがある。屋上に入った時に、こっちに足を向けられると、スカートの中身が見えそうだった。


「やだ、はてちゃんのえっち」

「落とすわよ、ここから」


 呆れながら私が言うと、わたあめは体を起こして、


「本当に? 落としてくれる?」


 と、首を傾げて言ってきた。


「…………てい」

「ぶぎゅっ」

「次そういうこと言ったら、怒るわよ」


 軽いチョップを頭にお見舞いしつつ、私はわたあめの隣に腰掛けた。


「で、今日は何をぐだぐだしてたの?」

「んー、九月にね、展覧会があって、美術科は全員、作品を出さないといけないの」


 私に叩かれて、体を起こす気力を失ったらしいわたあめは、そのままマットレスに倒れ伏したまま、力なく呟いた。


「何描こうかなぁーって」

「……わたあめって、そういうので悩むのね」


 よくも悪くも天才肌というか、こう言ったら何だけど、〝モチーフに悩む〟なんていうありがちな壁に、この娘も突き当たったりするんだ。


「テーマが決まってないなら、空の絵を描けばいいじゃない」


 わたあめにとってあの絵が“落書き”だというなら、彼女が持てる力を費やして、本気で描いた空は、どんな風になるんだろう、と。


 そういう興味本位がなかったといえば、嘘になる。

 けれど、わたあめはえぇー、と不満を一切隠さない、気の抜けた声をあげた。


「こんなにすごい本物があるのに、絵なんて描いたってしょうがないじゃない」

「じゃあ――――」


 じゃあなんで、昨日は空の絵を描いてたのよ、と言いかけて、止めた。

 止めたけど、それで誤魔化せるようなら、それは泡沫潟わたあめではない。


「昨日は、ただの暇つぶしだもん。入道雲がぼーん、ってあったから、あれでいいやって思っただけ」


 しっかりと言葉の裏を読まれ、わたあめはそのまま不服そうな態度を隠さずに、手足をぐぐーっと伸ばした。


「夏休みが始まったら、はてちゃんも来なくなっちゃうしさぁ」

「いえ、別に、特に予定はないから、来るのは構わないんだけど……」


 私立風光学園は、夏休み中であっても校舎を開放している。

 部活に励む生徒のためであったり、自習がしたい生徒のためであったりもするし、十月に控えた学園祭……風光祭の準備を今からしたいという、奇特な生徒のためであったりもする。要するに、屋上と違って、生徒の立ち入りは特に禁止されていない。


「………………ほんとっ!?」

「何でそんなに驚いてるのよ。毎日、朝からずっとは干からびちゃうけど……週に何回か、いつもの時間に来て、お喋りして帰るくらいなら別にいいわ」


 私も私で、夏休みはどうしようと思っていたところではあるのだ。恋を始めとしたクラスメートに、宿題対策の勉強会とか、遊びやらに誘われていたりはするけれど、基本的には受験対策にまだ本腰を入れなくてもいい、一年生の夏休み。


 本当は少しアルバイトとかしようかな、と思ったのだけど、カルタさんに言われた与太話がちょっと心に残っていて……結局、今私が、自分の欲求に従ってしたいことを選べ、と言われると。


 このふわふわとした不思議な友達の側で、なんとなくの話をし続けること、になってしまうのだ、厄介なことに。


「そっかぁ、はてちゃん、来てくれるんだ、えっへっへ」

「嬉しそうね、随分」

「うれしいよー、やったぁ、夏休みにもー、はてちゃんに会えるー」

「私のことをそんなに好きだったなんて、知らなかったわ」

「えー、いつも言ってるじゃない」


 によによと口元を歪めながら、にへ、と笑みを見せて。


「あーいらーぶゆー」

「はいはい、ありがと」


 繰り返されると、そういう言葉は軽くなっていくものじゃないだろうか。

 簡単に絆されると思わないで欲しい、うん、別にニヤニヤとかしてないし。


「なんだったら、モチーフ探しがてら、どこかに出かけてもいいんじゃない?」


 そうは言っても、変わり者のわたあめのことだ。

 縄張り(おくじょう)からは外に出ないイメージが強いし、私は『えぇー?』といつも通り、ちょっと笑いながら不満の声を挙げる姿を想像していたのだけど。


「…………………………おでかけ?」

「何、今の間は」


 たっぷり間を含んだわたあめは、体を少しだけ起こして、ゆら、ゆら、と頭を動かした。考え事をしている時の、いつものアレ。


「おでかけ………………したい、かも」


 やがて、ぽつりとそう言った。へえ、なんだか意外。


「…………でも、パパとママが許してくれるかなぁ」


 しかし、すぐにふにょん、と体の力を抜いてしまった。


「あれ、お家、結構厳しいの?」

「うん、わたし、一人で外を歩かせてもらえないの。自由行動は、学校に居るときだけ」

「うわ」


 高校一年生にもなってそれは、流石に過保護すぎるのでは、という気持ちと、わたあめのふわふわとした感じで外を一人で歩かせるのはちょっと怖いという親御さんの気持ちも、なんとなくわからないでもないのがまた困る。

 だからわたあめは、特待生特権で、屋上という私有地を手に入れたのかも知れない。


「……それって、登下校はどうしてるの?」

「車で送り迎えしてもらってるよ」


 私とわたあめは校門を出た時点で左右に別れてしまうので、その後の事は知らなかったのだけど、その後車に乗っていたのか……。


「うーん……私と一緒でも駄目かしら?」


 一人で出歩くのが駄目なら、誰か面倒見る人がいればよいのでは。

 という安易な発想だったけど、わたあめは、んー、と頭を少し揺らした。


「こーしょーしてみる」

「交渉?」

「はてちゃんとおでかけする為だもん、わたし、ちょっとわがままになる」


 何かしらの決意を固めた表情をするわたあめ。


「そう? じゃあ、どこに行くか決めましょうか。やっぱり、空が見れる所?」


 周りに遮るものがないってことなら、どこかの広い高原とかどうだろう。私もわたあめも、人がごちゃごちゃ居る所よりは静かな場所がいいから、あまり観光地っぽくないところの方がいいか。グランピング施設みたいな所も有りといえば有りだけれど……あれは日帰りで行くところではないか。


 わたあめをちら、と見ると、んー、と塗料まみれの袖で口元を隠した。


「空は、高い場所じゃないと、あんまり意味ないかも」

「標高が大事なの?」

「だって、高いほうが、空に落ちていける感じがするでしょ?」


 いつもの、空に向かって手を上げて、そして、ばたんと力なく落とす仕草。


「山の上―……は、わたし、のぼれないや。ん、ん、ん……」


 ゆら、ゆら、と頭を揺らし、わたあめは珍しく、大いに悩んだ仕草を見せる。


「どこかに行きたい、って思うことが、あんまりないから、難しいかも」

「行きたいのは空の向こうだけ?」

「うん、はてちゃん、なにかない?」


 冗談のつもりで言ったのだが、うん、と即答されて、少し面食らった所に追い打ちの質問が来た。わたあめが行きたい場所に行ければ、ぐらいに思ってたので、ううん、どうしようかしら。


 高校一年生の夏休み、友達と二人で、絵画のモチーフ探しに出かける。

 一行で記すとなかなか青春っぽいフレーズなのだけど、しかしここにいるのは私とわたあめなのだ、安易な発想で良いものだろうか。


「…………う、海とか?」


 駄目だ、死ぬほど安易な発想が出てしまった。


「泳ぎに行かなくても、ほら、空と海がよく見える場所とか」


 言っちゃあなんだが、わたあめに泳げるイメージは全く無いので、レジャーというよりは、潮風を感じながら砂浜を歩きたいとか、そんな意味合いのつもりだった。


「うみ…………海は、苦しいよね」

「…………え?」

「海に落ちていくのは、苦しいから、や」

「わたあめ?」

「落ちてくなら、空がいい」


 ゆら、ゆら。

 頭を揺らす、揺らす、振り子のように、メトロノームのように。

 やがて、動きを止めて、完全に身を起こすと、私に顔を向けて、空を映すその瞳で、じぃ、と凝視してきた。


「――――――――」


 ふわふわとしていながらも、表情豊かなわたあめの顔が、この瞬間は、初めてこの娘の顔を見た時の、あの、冷たくて、見えているのに、何も見えていない、硝子玉の、作り物のような、そう――――。



――――■■■■■みたいだ。



 もちろん、それは目の錯覚で。

 今、目の前にいるわたあめは、意思を持って私の顔面を眺め続けていて――――。


「でも、はてちゃんとなら、行ってみたい、かも」


 その言葉をこぼす頃には、わたあめの表情は、もういつものそれに戻っていた。


「…………じゃあ、行きましょうよ」


 だから、私もその気になった。口にすれば、わくわくとしてくるものだ。


「もしご両親が反対したら、私が説得してあげる」

「ほんと?」

「本当よ、お嬢さんを私に、一日だけ下さいって言ってやるわ」

「えぇー、生涯でもいいよ」

「それは大丈夫、返品します」

「ぶーぶー」


 カキン、と、野球部が白球を打つ音が、遠くから聞こえてきた。


 14


 帰宅して、カルタさんからもらった異様に固く塩辛い干し肉を何とか消費する料理を作り、お風呂に入って、軽くストレッチして、そろそろ寝ようか、と思ったところで、


 ジリリリリリ、と居間の隅に置いてある、黒電話が鳴った。

 私には買い与えてくれたけど、祖父自身は携帯端末を好まない昔気質(むかしかたぎ)な人だったので設置してある固定電話だ。


「もしもし」


受話器を手に取ると、低い男性の男性の声で。


「夜分遅くに失礼いたします、こちら、はてちゃん様のお宅でお間違いないでしょうか」


 なんて言われたものだから、かくっと力が抜けてしまった。はてちゃん様て。


「え……っと、そうです」

『私、泡沫潟わたあめお嬢様の代理で、上江洲(うえず)と申します。夜分遅くに申し訳ありません』


 代理、と来たか。


『当家のわたあめお嬢様から、はてちゃん様と外出したい旨を賜っており、事実かどうかの確認をしたく、ご連絡差し上げました』


 どうしよう、真面目な大人の男性が真剣にそんな事をいうものだから、かなり面白い。


「ほ、ほんとです。両親から許可をもらえるかわからないっていうので、だったら私が説得するよ、って」

『………………かしこまりました。それではその旨を伝えさせていただきます。お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございました』

「い、いえ、こちらこそ」

『それでは、失礼いたします』


 事務的なやり取りの後、通話が切れる。

 ……この時間帯に、代理人が連絡してくるってどうなんだろう。

 いや、そもそも、メッセージアプリの登録はしたけど、わたあめには別に、家の電話番号は教えてなかった気が……。


「…………寝よう」


 明日、わたあめに問いただせばいいか、と思って、明かりを消して、自室に戻り、もそもそと薄い布団に潜り込む。


「…………はぁ」


 最近、じわじわと感じていたことだが、わたあめに釣られて良いマットレスで横になる生活が続いたせいで、我が家の煎餅布団の寝心地の悪さを感じてくるようになってしまった……。


 もうちょっと、ふかふかのを買おうかな、とか、出かけるなら、どこがいいかな、とか考えている内に、意識がゆっくりとほどけていった。



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