「ハンバーグってどうやって作れば良いんだ? だよ!」
12
花牟礼花札さんは、豪放磊落な遊び人だ。
私とは、九歳の時に祖父に引き取られてからの付き合いになる。
話によれば、どうも祖父の旧友らしく、そして凄くお金持ち。
年がら年中どっかを飛び回っていて、定住はあまりしてないらしく、大体半年に一度ぐらいのペースで不意に顔を見せるのだけど、毎回乗ってる車が違うし、どれもこれも、門外漢の私が一目見てわかるぐらいにツヤツヤピカピカの高級車だ。
小学生の頃なんかは、何が起きたかわからない間に、車に乗せられて、色んなところに連れて行かれた。それは遊園地だったり、キラキラとしたレストランだったり、時には飛行機に乗せられて北海道や沖縄に連れ回されたり……ああ、一度海外に行こうとしたけど、私がパスポートを作ってなくて、祖父がものすごく怒られていたこともあったっけ。
遊ぶだけ遊んで帰ってきたら、ぽいっとお土産と共に私を降ろして、さっさとどっかに行ってしまう、なんというか、台風みたいなマダムなのだ。
幼少期の私に色んな体験をさせてくれて、凄くありがたかったんだけど、その際、私の都合はお構い無しなので、学校を休む羽目になったりした。
「ったく、久々に会いにきたらまさかお茶汲みさせられるとはねぇ、ルカ嬢ちゃんも随分偉くなったもんだ、うん?」
「それに関しては本当に申し訳ありません……」
そんな無茶苦茶な人ではあるのだけど……祖父が亡くなった時も、真っ先に駆けつけて、葬儀の手配や法的な手続きなど、必要な事を全てしてくれたのはこの人で、一言で言うなら、未成年である私の後見人、ということになるんだろうか。
そういう、色々な事情もあって、本当に頭が上がらない人なのだ。
「……――んっとに、なんかあったと思ったじゃないかね。時間に遅れるような子じゃないんだからさ」
「学校に忘れ物をしてしまいまして……はい……」
「そんで急いで走ってきたのかい? 馬鹿だねぇアンタ、それで事故にでもあったら大馬鹿じゃないさ、一言連絡よこせば済んだろうに」
「そうしたらカルタさん、迎えに来るじゃないですか……」
「あっはっはっはっは! 当たり前だろ!」
こういう人なので、あえて連絡を入れなかったのだ。万が一わたあめと遭遇してしまったら、一緒に車に乗せられて深夜まで連れ回されかねない。
「ったく、これからって時に死んじまってねぇ、アンタって奴は本当に間が悪い」
カルタさんの視線が、ちらりと居間の隅にある仏壇に向けられた。
五ヶ月前までは二つだった位牌が、今は三つ。父と、母と、祖父のもの。
「ルカ嬢ちゃんが九歳の時だから……もう六年かい、早いもんだね」
両親が亡くなって、祖父に引き取られてから、六年。
小学生から高校生になって……私が思い出せる一番古い記憶が、確か三歳くらいの頃だから、体感的にはもう人生の半分以上の時間が過ぎてる感じなのだけど。
……それから、色々あって、祖父に引き取られることになったのだ。
カルタさんは両親とも顔見知りだったらしくて、両親の葬儀にも、顔を出してくれたらしい……らしいっていうのは、その時の私は、もうなにがなんだかわからなくて、前後のことをよく覚えていないからなのだけど。
「あの頑固ジジイが、孫を引き取って育てるって聞いた時は目ん玉ひん剥いたもんだよ! アンタ、人ぶん投げるしかできないじゃないかってさ!」
酷い物言いだが、半分は同意できてしまうのが困りものだ。実際、教わったのは人の投げ方だったし。
「ルカ嬢ちゃん、飯はちゃんと食べてるかい?」
「はい、毎日ちゃんと自炊してます」
「ふん、しかしねえ、質素な生活してるんじゃないかい? 今夜は銀座に寿司でも食べにいくかい?」
「行きません、明日も学校があるので」
「夏休み前だろう? ちぃっとばっかサボったっていいんじゃないかい?」
「それはそれ、これはこれです」
「なんだいなんだい、真面目になっちまったねえ。アタシと真夜中のドライブをキメて香川までうどんを食いに行ったルカ嬢ちゃんはどこいったんだい」
「選択の余地なかったじゃないですか……私、あの時パジャマでしたよ」
「途中で服を買ってやったじゃないか」
「よくわかんないけど、凄いハイブランドの奴でしたよね……」
「なんだか懐かしくなってきちまったねえ、思い出がてら、着て見せてくれないかい?」
「今更入るわけ無いじゃないですか!」
酸いも甘いも味わい尽くした御老体のくせに、子供みたいなことをへらへら言って、思いつきを実現してしまうだけの行動力と資金がある、本当に厄介な人なのだけど。
「というか、夏休みはどうするんだい? 予定がないなら、アタシとロンドンにでもいくかい?」
「いえ、特にこれと言っては。なんか、バイトとかしてみようかなって……」
「アホンダラ」
「ア、アホンダラて」
お小遣いぐらいは自分で稼ごうかな、とか、社会勉強として体験しておいた方がいいかな、ぐらいのつもりだったんだけど、何もそこまで言わなくても。
「する必要がない労働して、一番貴重な時間を浪費してどうすんだい。もっと遊びな、うまいモン食いな。アンタは怠惰にだらけるぐらいでちょうどいいんだよ」
「簡単にいいますけど、これは性分ですし」
「かぁーっ! 若い娘がなに言ってんだい! 彼氏の一人や二人くらい作って夏を楽しみな、夏を!」
「うちの学校、校舎が男女別だから出会いとかないですよ」
正門ですら隣り合う校舎の真逆に設置されているので、登校時にもほとんど男子を見ないぐらいだ。今のところ、身近で一番あった色気のある話がルンロン周りのあれこれだったあたりで察して欲しい。
「アタシがアンタぐらいの時は、毎日遊び歩いてたもんだけどねえ」
いや、今もだろ。
と、声に出しかけて、飲み込んだ。でも、多分気づかれたかも知れない。
益体もない話をしていたが、やがてカルタさんはふ、と小さく息を吐いて、微笑んだ。
「ま、アンタがここで一人暮らしするって言い始めた時はどうなるかと思ったが、元気そうで何よりだよ」
本当は、高校進学の際、私はマンションを借りて一人暮らしをする予定だったのだけれど、その手配を行ってくれたのもカルタさんだった。
祖父が亡くなって、私がやっぱりこの家に住む、と言った時は、決まった契約とか、引越の手続きとか、そういうのを止める必要があって、やっぱり迷惑をかけてしまって……若い娘がこんな古い家で一人暮らしなんてアボか! と物凄く怒られたけど、おかげで、私は今こうして、祖父との思い出がある家で、過ごすことができている。
「どうだい? 学校は楽しいかい?」
「はい、友達もできましたし……ちょっと変わった娘ですけど」
「へえ? いいじゃないか。友達なんてのは変な位がちょうどいいんだよ」
私の知る限り、変な人間の二大筆頭がわたあめとこのカルタさんなのだけど、うん、黙っておこう。
「どんな娘なんだい? 美人かい? アタシより?」
「……そうですね、不思議な子、っていうのが一番かな。掴みどころがなくて」
「アンタでも投げられないかい?」
「腕をとるのも難しいです。後、投げたら多分、死んじゃうかな」
体の一部を除いて、華奢で儚いわたあめの体。
私になら殺されてもいい、なんて言われたけれど……当然、そんな事、したくもないし、する気もないし。
「でも、おじいちゃんが私のことを大事にしてくれたんじゃないかって、言ってくれたんです」
今まで考えもしなかったこと、あたらしい価値観を教えてくれた。
それが、やっぱり私にとっては、大きいことだったんだと思う……なんて、わたあめとの出会いを振り返っていたら。
「………………」
カルタさんが、ぽかんと口を開けて、私を見ていた。この人にしては珍しい、間抜けな顔だった。
「カ、カルタさん?」
「………………あっはっはっはっはっはっは!」
黙りっぱなし……と思いきや、突然、あごが外れるんじゃないかってぐらい、大きく口を開いて、カルタさんはバンバン手を叩いた。笑い声が大きすぎて、家が揺れてるみたいだった。
「アンタ、あははははは! そりゃアイツも浮かばれないよ! なに、ルカ嬢ちゃん、自分が愛されてないと思ってたのかい!」
「そ、そんなに笑う所ですか、そこ」
「大笑いも大笑いだよ! アンタを引き取る事になった時、アイツがアタシになんて電話かけてきたと思う?」
「えっと……」
なんだろう、想像がつかない。
もちろん、カルタさんが私のことを気にかけてくれるのは、祖父がお願いしてくれたからだとは、思っているけれども……。
「ハンバーグってどうやって作れば良いんだ? だよ!」
「は、はんばーぐ?」
十歳になる頃には、もうほぼ家事は私の仕事になってたのだけど、それは祖父にやれ、といわれたからではなくて、食事も洗濯も掃除も、祖父はなんというか大雑把で、自分自身が耐えかねたから、というのが正しい。
特に食事に関しては、ご飯の芯が残っていたり、野菜が生焼けだったりしたから……。
ただ、そんな祖父が、時折作ってくれたのが、大きな手で作る、丸い形のハンバーグだった。
やっぱり男の人だから、沢山お肉を食べたいんだろうか、なんて思ってたのだけど。
「アンタのお父さんが子供の頃、ハンバーグが好きだったんだと」
ずくん、と胸が、変に高鳴るのを、感じた。
「まぁ、アタシが知るわけ無いだろそんなの! っつったんだけどねえ! なんだい、気づいてなかったのかい?」
あれは、私の為の料理だったんだ……なんて。
気づいてないというより、考えたこともなかった、が正しい。
それこそ、泡沫潟わたあめと出会う前は。
「そりゃアンタの事を大事にしてたよ、ことあるごとにどうしたらいいんだ、ああしたらいいんだって聞いてくるから、面倒になってツラを見に来てやったんじゃないか」
「そ、そうだったんですか……」
「そしたらアンタ、こぉーんなちっこいガキが、馬鹿みたいに生傷こさえて、死んだ目ぇしてるもんだから、アタシぁ言ったんだよ。アタシが引き取ってやってもいいってさ」
「えっ!?」
それこそ、初耳だった。カルタさんが私を?
「どう考えたって、あの馬鹿に育てられるとは思わなかったからね。けどアイツはこう言ったんだ。『俺の孫娘だ』ってさ」
「……………………」
「ペットを飼うのとは訳が違う、アンタが息子を勘当した罪滅ぼしを、この娘に押し付けるなって、さんざ言ったさ。でも譲らないんだ、ホント、頑固な奴だよ」
カルタさんは、気遣いのできる人ではあるけれど、よくも悪くも、嘘は吐かない人だ。
「仕方ない、それじゃあ時々様子を見に来るから、アンタ、アタシがやる事に口出すんじゃないよっつって、ルカ嬢ちゃんを色んなところに連れ回してやったワケさ」
「そう……だったんですか」
そんなやり取りが、私の知らない所であったんだ。
この生活にも、それなりに慣れてきて、一人でも生きていけるんじゃないか、なんて思い始めていた自分が、途端に恥ずかしく思えてくる。
「馬鹿、アンタ、なに落ち込んでんだ。立派なモンだよ」
カルタさんは苦笑して、身を乗り出し、私の頭をグシャリと撫でた。
「わ」
「アンタはよく頑張ってるよ。誰より辛い目にあって、本当はもっと甘えて泣いても良い所だってのに」
「……急に優しくするの、やめてください」
最近は、とんと涙もろい。じわじわ浮かんでくる物を、何とか抑え込んで、素直な気持ちを吐き出した。
「最近、ジーンとすることが多いんですから」
「そりゃ、悪かったね」
体を元の位置に戻したカルタさんは、お茶をぐいっと飲み干した。
「けどね、アタシにとってもアンタ、孫みたいなモンなんだ。もっと気楽に大人を頼りな。いいね?」
「…………はい」
少し前なら多分、申し訳ないから、言葉だけで返していたと思うのだけれど。
今は、素直な気持ちでそう言えた。
「んで、今は困ってる事はないかい? 成績は問題ないかい? 金はあるね? ここ出たら、アタシはしばらく海外だ。半年は戻ってこないよ」
一箇所に留まらない謎のマダムことカルタさんの言葉に、私は少し考える。
甘えても、頼っても良いというのであれば……一つ、人生経験豊富なカルタさんに、アドバイスでも求めてみようか。
「その、遅刻の言い訳ってわけじゃないんですけど……」
私は、今日、屋上で起こったことの一部始終をカルタさんに話した。
最初は興味なさげに聞いていたカルタさんだったが、次第にふうん? と眉をあげ。
「どっかで聞いた名前だね。特徴的だから、一度聞いたら忘れなさそうなモンなんだが」
それを言うなら花牟礼という名字も同じぐらい特徴的だとは思うけれど。
「ま、いいか。そんで? アンタどうしたんだい。まさか黙ってるつもりかい?」
「いえ、そういうわけじゃ……というか、あれはわたあめが描いたものだから、私がどうこう言えたものじゃないし……」
「馬鹿。そんなの関係あるかい」
カルタさんは呆れたような顔をして、私をきっと睨んだ。
「大事なのはアンタの気持ちだろう? 絵なんてのはね、描いた人間じゃなくて、見るほうが価値をつけるモンなんだよ。それを踏みにじられたんだ、アンタ、それは怒らなきゃいけない所だよ」
「そ、そんな乱暴な」
「乱暴なモンかね。アンタが怒らなかったら、誰がその娘に怒ってやれる?」
それは……それは、とても身勝手な怒りだと、思うのだけど。
「……考えてみます、次の機会にでも」
「そうしな。アンタがその娘と、対等な友達でいたいならね」
それだけ言うと、カルタさんはすっと立ち上がって、豪華な高級ブランドの鞄からビニール袋を取り出して、ちゃぶ台の上に置いた。
「…………なんですか、これ」
灰色と茶色で構成された……なんだろう、これ。ボコボコの固まった布というか。
「チャルキだよ」
「チャル、何?」
「ボリビア土産の、リャマ肉のジャーキーさ。塩っ辛いから気をつけな」
食べるのに気をつけなきゃならんようなものを、土産にしないで欲しい。
「ルカ嬢ちゃん、礼は?」
「………………ありがとうございます、カルタさん」
「よろしい、そんじゃ、元気でやんな。次は年末ぐらいにでも来るからさ」
玄関の外にでて、スポーツカーに乗って、ぐぉんぐぉんエンジン音を鳴らしながら、カルタさんは風のように去っていった。
「…………友達、か」
とりあえず……このよくわからないお土産、どうしようかな。




