「人を好きになるって、難しいねえ」
9
翌日、放課後の屋上にて。
「それで、結局どうなったの?」
マットレスの上にごろんと寝転がりながら、わたあめはそうほざいたので、私は盛大に盛大に、ため息を吐いた。
「わたあめ」
「なあに、はてちゃん」
「あなた、いつからわかってたの?」
私の問いに、わたあめは、んー、とわざとらしい声を出して。
「最初に話を聞いた時、多分、そうじゃないかなって」
それじゃあもう、本当に一番初めじゃないか。
ただ、ある意味で納得出来る話では、ある。
「だって、教えた人はルンロンちゃんが最初から覚えてる言葉を知らないもんね」
恋が恐怖を覚えたのは、ルンロンが『覚えさせた記憶がない言葉』を喋ったことが原因だったけれど……だからこそ、気づかなかった。
ルンロンは賢い、会話の流れを把握して、文脈に沿って、意味を解して言葉を選ぶ。
『レンチャン、スキ! カワイイ!』
恋にとって、それはルンロンと日常的に交わしている会話だったから。
その部分も含めてメッセージなのだと、認識出来ていなかったのだ。
「それで、犯人はやっぱり、弟くんのお友達?」
「ええ、征くんを毎朝迎えに来る、小学四年生の男の子ね」
そりゃあ、年下の男子から見た恋は、優しくておしとやかな、綺麗なお姉さんに見えるだろう。毎朝理由をつけて家にやってきて、顔を合わせたいと思うだろう。
思春期故に恋をして――思いを何とか伝えたいと考えても、不思議じゃないだろう。
要するに、征くんのお友達は、告白をアウトソーシングしたのだ。
昨日、征くんをとっ捕まえて、少し脅したらすぐに吐いた。
「ねえ、ルンロンに変な言葉を教えなかった? 恋、すごく怖がってるんだけど」
と言ったら、顔を真っ青にして白状してくれたわけだ。
――恋ちゃん、気づいてないだろうけれど、ずっと見てました。恋ちゃんを見ていると、胸が苦しくなります、大好きです。
みたいな感じだろうか?
小学生の語彙力で考えた、精一杯の恋文を、征くんに委ねたわけだ。
しかし、ルンロンは既に『恋ちゃん』『好き』という言葉を学習していて、賢いが故に『見ている』『苦しい』というワードを、それらに繋げて覚えてしまった。
少年にとっては一世一代の告白であっても、恋にとって、ルンロンと行うそのやり取りは、単なる日常だったから。
彼らの想定では、『ルンロンにあんなメッセージを伝えてくれたのは誰なのかしら、ドキドキ……』となったところで、お友達が正体を明かす算段だったらしいけど、やらなくて本当に良かったよ。
「……でも、何で弟くんの方だってわかったの? お姉さんのお友達とかかも知れないじゃない」
「んー、だってさ、はてちゃん」
わたあめは、ものすごく真面目な顔で、こう言い切った。
「普通、女の子のペットに言葉を覚えさせて告白しよう、なんて、絶対しないでしょ」
………………うん、それはまあ、そうだ。
常識的に考えて、そんな事したら、好きになる云々の前に、気持ち悪がられるに決まっている。
だけど、小学生の男子なんて、まだまだガキンチョのちびっ子だ。
思いついたロマンチックを優先して、実行しちゃったんだろう。高校生ぐらいの分別があったら、絶対に取らない選択肢を、わざわざ選ぶのは……。
「弟くんぐらいの年齢の子なんじゃないかなって。それなら、ルンロンちゃんがちゃんと言葉を覚えられなかったのも納得いくでしょ?」
「……? なんで?」
「だって弟くんはルンロンが怖いから、側に近づかないし、籠の幕も取らなかったんじゃない? ちょっと遠くから声をかけて、覚えさせたんだと思うよ」
覚えた言葉がなんとなくぶつ切りだったのは、そういう事情もあったのか。
とはいえ、そんな洞察が私に出来るわけもなく、わたあめのヒントがなかったら、答えなんて出せなかった。
「で、その後、どうなったの?」
なぜかうきうきした様子で問いかけてくるわたあめに、私は大きく息を吐いて答えた。
「お母さん曰く、『こんなに怒ってる所は初めてみた』そうよ」
「うわぁ」
そりゃあ、小学生の初恋には申し訳ないと思ったけど、言わないわけにはいかないよ。
理由はどうあれ、ルンロンに変な言葉を覚えさせた事実は消えないわけだし……恋のストライクゾーンに年下が含まれているかどうかは置いといても、そこはきちっと精算しないと、未来もないわけで。
昨日の夜、征くんはそれはそれはものすごく叱られて。
今朝方は、お友達も一緒にまとめて怒られて、しょんぼりしたまま学校に行ったそうな。
「人騒がせだったけど、まあ……変な人間がいなくて、よかったわ」
これが本当にストーカーとかの仕業だったら、そっちのほうが怖いわけで。
「はてちゃんは、年下はオッケーなタイプ?」
「無理。子供の相手はさんざんしたし」
まあ、歳上すぎても困るけど、せめてプラマイ一歳か二歳か、それぐらいだろうか。
……取らぬ狸の皮算用っていうのは、こういう事を言うんだろう。一応共学扱いだけど、校舎が男女で分かれている風光学園において、部活にも委員会にも所属してない私は、出会いに乏しい三年間を送ることが決まっている。
「わたあめはどうなの、好みのタイプは?」
すると、わたあめは再びにやにやしながら、私を指さして。
「あーいらーぶゆー」
そう言った。
べし、と額を指で弾くと、みゃいんっ、とカワイイ悲鳴が聞こえた。
「はてちゃん、ひどーい」
「冗談と寝言は寝ながらいいなさい」
「ひどーい、わたし、結構真面目だったのに」
ごろ、とマットレスに転がりながら、わたあめは言った。
「わたしは、はてちゃんになら、殺されてもいいと思ってるよ」
軽く、ふわふわしていて、本気とも冗談ともとれる、淡い声色。
「………………そういう事は言わないで」
けれど、冗談で言われて気持ちの良いことじゃないから、私はそう言った。
わたあめは空に手を伸ばしながら、はふ、と息を吐いて、
「人を好きになるって、難しいねえ」
と、他人事のようにそういった。
手段を選ばず、思いを伝えずにいられないほどの、焦燥と衝動を恋愛感情と呼ぶのなら、それを抱いた事は、まだないのだけれど。
「そうね、本当に」
それは、紛れもない心からの本音だった。




