「泡沫潟わたあめは、いつだって死にたがっている」
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泡沫潟わたあめは、いつだって死にたがっている。
お腹が空いたからご飯を食べたい。
うとうとしてきたから眠りたい。
そんな、人間としてごくありふれた、普通の欲求の延長線上に、〝死にたさ〟を抱えて、それでも彼女は、生きてきた。
私たち以外、誰も居ない校舎の屋上で、柵を超えた、境界線の向こうから、彼女は私を見つめている。
「はてちゃん」
彼女の名前をそのまま音にしたような、軽くて甘い、ふわふわとした声。
伸ばしっぱなしの髪の毛が、冬の強い風に巻かれて、ぶわっと踊る。
その流れに招かれるまま、今すぐ身体を持っていかれて、投げ出されてしまいそうだ。
ぶかぶかの白い制服の袖は、色とりどりの絵の具で汚れ、かすかにちょんと見える指が伸びて、柵に引っかかる形で、かろうじて彼女を繋ぎ止めている。
「来てくれるって思ってた」
いつも通りの笑顔で。いつも通りの柔らかさで。いつも通りの声で。
「はてちゃんは、優しいから」
わたあめはそう言った。
「わたあめ」
私がなにか言葉を発する前に。
「はてちゃんの家族を殺したのは、わたしだよ」
被せるように、わたあめはそう言った。
それは、積み重ねてきた歪みの清算。目を背けていた事への罰。
だから、私たちは空へ向かって落ちていく。
ボタンをかけ違いすぎて、もう、引きちぎるしかなくなってしまったから。
頭に血が上っていくことを自覚しながら。
勘違いでも、思い違いでも、間違いでもない、明確な怒りを動力源にして。
全てを受け入れようと手を広げた、わたあめの小さな肩を突き飛ばした。
文学フリマ40で頒布した小説「だから、私たちは空に落ちていくフリをする」をWEB用に再構成したものです。