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3-1

3.


 幸いというべきか、慧くんと僕との友人関係は、これ以上ないほど順調に進んでいった。

 その日も僕ら(慧くんと、その後に知り合った岬くんと佐々木くんを加え、すっかりいつメンとなった学部の同じ四人組である)は、午前の授業を終え、混雑する学食で昼食をとっていた。

「ごめんて。遠、機嫌直してよ」

 昼休みの学食は混雑していて、どうにか四人席を確保して座ったところで、慧くんが頭を下げてくる。僕はカレーをつつきながら苦笑した。

「いやだから、機嫌悪くないって。ダメージ受けてるだけで」

「それがさ、だって、俺のせいだろ?」

「違う……いや違うとも言い切れないのか……?」

「ほら」

 昼食をとりながらぼそぼそ言い合いをしていると、「どしたの」と向かいの席から岬くんが声をかけてくる。

「痴話喧嘩? 浅霧、遠のこと怒らせたの?」

「なにやらかしたんだよ」

 岬くんは見た目の若干のオタクみのとおり僕と同じオタク男子で、文芸部に入っているせいか妄想力が高く、僕と慧くんの仲の良さを変なふうに解釈するのがブームらしい。慧くんに彼女がいないらしい今はまだいいけれど、もし出来たら『彼女に失礼だからやめろ』って言わないとなあ……。にやにやと尋ねてくる岬くんの隣で、大柄で生真面目な面立ちの佐々木くんが生真面目に聞いてくる。僕は「だから違うって」と苦笑した。


 ──僕らが仲良くなったのは、学部有志の企画による親睦バーベキューがきっかけだった。

 数少ない女子と見るからにカースト上位な男子陣とによるその企画に、僕と慧くんはなぜか企画側として参加することになった。……今思うと、まず僕に声をかけてきた女子の目当ては当たり前に慧くんだったのだが、僕はまるでそれに気付かず二つ返事で助力を引き受けた。お祭りごとはそもそも嫌いじゃないのだ。僕は簡単なアプリを作って出欠確認と集金管理を行い、当日は買い出しにも行ったりして、わりと楽しく企画を遂行した。

 ……問題が起きたのは、その楽しい当日のことだった。

 バーベキュー自体は特に問題なく楽しく進み、僕と慧くんは隅っこで楽しく肉をつついた(当日の進行は主催である女性陣がやってくれて、たくさん肉を食べられたのは普通に嬉しかった)。小さな集団で自己紹介や雑談が交わされ、ミニゲームのような企画もほどほどに盛り上がり、親睦会も成功した後、「企画陣で打ち上げに行こう」と女性陣が誘いにきて──それを慧くんが断って、そこで空気が少し気まずくなった。

 彼女たちの狙いは、そこに至れば流石に明らかだった。慧くんは彼女たちのだれとも連絡先を交換していなくて、僕はもはや「それとなく」を超えた熱心さで彼の連絡先を聞かれていた。僕も疲れていたので二次会は断り、彼女らが引き下がった後、ゴミ袋を持って紙皿やコップのゴミを集めて回っていたところで──聞いてしまったのだ。メイン会場の河原から少し外れたプレハブの影、ゴミ捨て場などがある一角で、「期待はずれすぎ」と、企画の中心になった美人な女の子が愚痴っているのを。

「浅霧くん、ガード硬すぎ。そんな警戒しなくても良くない? 別にあんたに興味あるわけじゃないんだってこっちは」

「いやあのビジュに興味ない瑞希も理想高すぎだけどね?」

 僕らに向けていた愛想の良い笑顔から一転し、どこか疲れたような顔の美人──そう、瑞希ちゃんだ──が言う。いやほんとに、慧くんに興味ないとか本気で言ってる? ツッコミを入れている子に思わず内心で同意しながら、僕は咄嗟に彼女たちから隠れるようにプレハブに寄った。せめて打ち上げの会場までその愚痴我慢できなかったのかなあ、いや立ち聞きしてる僕も悪いんだけどさ。思う間にも、慧くんの塩対応が余程気に触ったのか、瑞希ちゃんの愚痴は止まらない。

「顔が良くても、K高出てウチ程度の大学とか、ぶっちゃけ落ちこぼれでしょ? だから、友達紹介して貰いたかったのに……」

 K高。ド田舎出身の僕でも知っている、中高一貫の有名男子校だ。慧くん、K高出身だったのか……。たしかに、東大進学ランキング常連の高校からと考えると、一応難関国立大学であるはずの我が大学も多少の見劣りはする……のかもしれない。東大進学者なんて数年に一度出ればいい方の所謂『自称進』出の僕からすると、正直よくわからない世界である。

「私は浅霧くんでもいいっていうか、うちで充分だけどな学歴。とにかく、将来有望な理系学生を在学中に捕まえとくのが目標でここに来たからさあ」

「堅実ー!」

「いやでもわかる。実際、真面目そうな人多いなって思った今日」

「将来考えるならそういう人が一番だもんね」

 ……なるほど。

 つまり彼女たちにとって、大学は早くも婚活市場、将来を見据えたバートナーの選別の場でもあるということか。シビアすぎる。僕なんてまだ誰かと付き合ったことさえないのに?? 恋愛というものに対する幻想が目の前で打ち砕かれていくのを感じながら、僕はひょこっと顔を出し、ことさらに軽い声で「ねえ」と声をかけた。

「紙ごみここ? 捨てていいかな」

「……!」

 女子たちがぱっとこちらを向いて、気まずそうに顔を見合わせる。聞いていないふりは無理だろうし、する気もなかった。僕はにこにこ笑ったまま言う。

「あ、いや、いいよ。どんな目的でも、今日の企画は楽しかったし、……女子に話しかけられなくて困ってたやつ、普通にいっぱいいたと思うから、みんな今日に感謝してるよ多分。だから、そういう目的でも全然いいと思う」

 僕自身はほぼ慧くんと一緒にいたので、女子とはほとんど話していないが、周りはそれなりに男女交流もしていたようだった。彼女たちの意見が女子学生の総論というわけでもないだろうし、この場自体の真の目的はぶっちゃけどうだっていいのだ。

 ただ──と、僕は、あからさまに敵意をはらんだ目でこちらを見ている瑞希ちゃんへと視線を合わせた。

「言い出しっぺって大変だから、リターン求める気持ちもわかるよ。でもさ、慧くんは別に『報酬』じゃないし。……あと、自虐するのも、全然好きにしたらいいと思うんだけどさ」

「……自虐?」

「自虐でしょ? 『ウチ程度の大学』の学生なのは君もじゃん」

 東大生と知り合いたかったのなら、自分も東大に入るのが一番手っ取り早い。僕は軽く肩をすくめた。

「ともかく、来たくて必死になってどうにか入った僕みたいなのもいるわけだからね、こんなとこでも。あんまり貶さないでほしいなと。……いやでも、みんなもう先のこと考えててすごいな。見習わないとな……」

 最後のつぶやきは別に嫌味ではなく、ごく純粋な感心だった。『学生のうちに将来有望な彼氏を捕まえておきたい』という願望は、きっちり将来設計ができていないと出てこない。そして僕には、そんなものは欠片も存在していなかった。彼女たちからしたら『お気楽でいいね』と言われても可笑しくない……けど、そうだとしたって、友達をむやみに下げられるのは看過できない。言いたいことを言ってスッキリした僕は、手にしていたゴミ袋をゴミ集積場のかごへと突っ込んで、「まあ、それだけ」とひらひら手を降った。

 そうして、気まずげな女性陣を置いてその場を離れたところで──どうやら一部始終を少し離れたところで観測していたらしい岬くんと佐々木くん、そして慧くんに囲まれたのだった。



読了いただきありがとうございます。

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