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2-3


 寮の二人部屋は八畳で、正直言ってとても狭かった。

 けれども僕らにとっては別だ。そもそも家では狭い六畳間をふたりで使っていたので、むしろ広がったとさえ言える。家にあるのと似たような二段ベッド、同じように二つ並んだデスク、だらっとする時用のラグとローデスク。住みはじめて一ヶ月と経っていないのに、まるで実家のような安心感である。僕は自分のデスクチェアにだらしなく座って、読みかけの文庫本をぼんやり眺めながら、昼間のことを思い出していた。

 浅霧くん──じゃない、慧くんとは、あのあとの選択授業も偶然一致していて、流れで昼食も一緒にとって、連絡先も交換して、だいぶ気が合うことがわかっていた。なにより読書傾向が合う。僕と永くんはだいたい趣味が一緒なのだけど、メインで好むエンタメという点に関しては、僕が読書で彼がゲームという相違点が存在するのだ。お互い読んだことがある本についての感想を軽く交わしあったときにはもう、僕の中では、「慧くんのことかなり好きかも」という思いが確固たるものになっていた。

 浅霧慧。

 もしかしたら、僕の、永くんが知らないはじめての友達。

 話そうか、いや別にわざわざ話さなくてもいいか? 迷ったのは一瞬で、天秤はすぐに前者に傾いた。楽しいことは共有すればもっと楽しい、楽しくないことは共有すればちょっと安心。双子の便利なところである。僕は文庫本を開いたまま軽くデスクチェアを蹴り、同じように椅子に座っている永くんにこつんとぶつかって、「ねえ」とごく軽く声をかけた。

「永くん」

「んー?」

「僕今日、友達できた。早速」

 前フリもなにもなく切り出すと、永くんはちょっと笑って、パソコンに向けていた視線を僕へと流す。

「なにそれ、自慢?」

「そうそう、自慢自慢。慧くんって言うんだけど、すごいイケメンでさ、髪がね、綺麗なミルクティー色で」

「派手髪同士惹かれ合ったってこと?」

「そう……なのかな? なんか、入学式から見てたらしい、僕らのこと」

「やっぱ目立つよねえ」

 永くんは納得したように頷いて、「目論見通りじゃん」とにやっと笑った。確かに、大学デビューの成果が早速出たと言えるのか。

「しかし、イケメンねえ。遠くんが面食いだったとは思わなかったな」

「は? いや、そういうわけじゃない……っていうか、向こうから声かけて貰ったんだけど」

「あ、そうなんだ。性格は? いい人そう?」

「それはそんな、一朝一夕にはわかんなくない? 本の趣味は合いそうだけど」

「めっちゃいいじゃん」

「ね」

 僕らはそもそもオタクなので、嗜好の方向性が合うことは、会話するうえでかなり重要だ。まあ、慧くんは、とてもオタクって感じの見た目じゃないし、ネットミームとかも全然知らなそうだったけど。

「でもまあ、それはおいといても、悪い人ではないと思う。僕らの名前聞いても、なんか、純粋に感心してたし」

「へえ」

 永くんが、それこそ感心したみたいな声を出す。「いい人じゃん」と僕同様のチョロい感想を述べてから、永くんは軽く腕を組んで僕を見た。

「遠くんはさ、ぼんやりしてるとこあるから。早速友達ができたっていうのは朗報だな、僕的には」

「なにそれ。ぼんやりと友達関係ある?」

「あると思う、大学では。ほら、単位とかあるじゃん?」

「あー……」

 そう言えば、ネットで仕入れた大学の事前情報には『試験の過去問を先輩から入手できると有利』とか、わりと人間関係が重要っぽいことが書いてあった気がする。僕がぼんやりしているかどうかはともかく、友達ができたのはそういう意味でも普通にいいことだろう。不承不承という形で「それはそう」と頷いてから、ん? と僕は首を傾げた。

「てか、そういう永くんはどうだったの、初日。友達できた?」

「……」

 永くんが、あからさまに顔をしかめる。「ノーコメントで」って、それ、ほぼ答えを言っているようなものじゃないだろうか……? 経済学部は情報工学部に比べて華やかな人が多そうだし、派手髪程度では埋もれてしまったか、或いは悪目立ちしてしまったのかも知れない。大学デビューの功罪とでも言おうか……。ていうか永くん、僕以上にシャイだからな。僕はごく軽く肩を竦めた。

「まあ、まだどの授業も初回だしね」

 ちっとも重要な問題じゃないと、そう聞こえるようにあえて声を軽くする。永くんはちょっと僕を睨んだ。

「自分が順調だからって、軽く言わないでよ」

「そんなことないよ。……今はさ、とりあえず連絡先交換とかしたけど……慧くん、なにせイケメンだし。僕なんか、すぐに構ってくれなくなるかも」

「なにそれ」

 永くんは、今度はかなり嫌そうな顔をした。何かが気に障ったのだろうか? 当惑する僕に、永くんは言う。

「なんで、ナチュラルに上下つけてんの?」

「え?」

「構ってくれなくなる、って。向こうに選択肢があるみたいじゃん」

「そう……かな?」

 無自覚の言い回しだったから驚いた。でも、言われてみればそうかもしれない。僕は軽く首を捻った。

「うーん……でも、慧くんほんとイケメンでさ、いかにも今風って感じで。僕達みたいな大学デビューじゃなさそうだったし……なんか、世界が違うって感じがしたんだよなあ」

 見た目はもちろん、佇まいみたいなものからして違った──彼はとにかくきらきらしていて、そこにいるだけで眩しいぐらいだったのだ。情報工学部の男女比率は脅威の7:3──いやもっと偏っているかもしれない──だが、数少ない女子は彼を放っておかないだろうし、サークルやら合コンやらでの出会いやらがあればすぐに彼女だってできるに違いない。ていうか、もういるかも。言う間にも、永くんの機嫌はどんどん悪くなっていく。

「大学デビューの何が悪いの。……遠、ちょっと考えてみてよ。僕が同じこと言ってたらどう思う? 僕は『大学デビュー』だから、人気者の友達にはなれないだろうな、って言ったら」

「はあ? そのド失礼なやつ締めに行くか……?」

「ほら」

 思わず声が低くなった僕に、呆れた顔で永くんは言った。

「その『慧くん』とやらがどんだけイケメンかなんて知らないし、遠がどれだけその彼のこと気に入ったのかも知らないけどさ。『構ってもらう』とか言うのはやめたほうがいいよ。僕の遠くんは、『構ってもら』わなきゃならないような存在じゃないんだから」

 永くんの手が伸びてきて、僕の頭をぐりぐり撫でる。『僕の遠くん』。たしかにそうだ、と僕は頷いた。

「……まあ、言われてみれば、ちょっと初手から気圧されてたというか、イケメンオーラにやられてたかも。でもそれって、普通に話しかけてくれた慧くんにも失礼かもだよね」

「そうそう。向こうから声かけてくれたんなら尚更だよ」

「……とはいえだよ。永くんも会えばわかると思うけど、ほんとすごいんだって。ただかっこいいだけじゃなく、なんかシュッとしてるというか」

「なんかめっちゃ褒めるじゃん……それ、橘先輩とどっちがかっこいい?」

「え?」

 永くんに聞かれて、僕はきょとんと目を瞬いた。橘先輩……ああ、あの時新歓に誘ってくれたボドゲサークルの先輩か。僕は「うーん」と真剣に唸った。

「それは……かなり甲乙つけ難い……!」

「え、そのレベルなの。そんなビジュいい人間にこんな短期間で出会うことある?? 都会こえー……」

「いやここそんな都会じゃないけどね。隅だけどねかなり。……うーん、方向性が結構違うんだよな。慧くんはなんかアイドルみたいというか、俳優みたいというか、そんなかんじで……橘先輩は『綺麗』って感じじゃない? 背も僕らよりちっちゃいし」

「あー、その慧くんとやらはということはでかい」

「うん。少なくとも僕よりはでかい」

 僕らは揃って175センチぐらいで、慧くんはたぶん180はあるんじゃないかなと勝手に思っている。そして橘先輩は、細いから結構背が高く見えていたけど、並べば僕らより小さいことがわかった。「なるほどねえ」と永くんは頷いた。

「顔が良くて身長高くて、趣味が読書のインテリかあ……。確かにスペック高いな」

「インテリかはわかんないけどね」

「てか、遠くんがそんなに認めるイケメン、見てみたくなってきたかも。今度寮連れてきてよ」

「ええ? やだよ。こんなボロいとこ、それこそ似合わないし」

「……いや、結局ナチュラルに上に置いてるじゃん! 直ってない!」

 と言われたところで、永くんの言う通り『ナチュラルに』だからなかなか改善できない。実際に慧くんと接しているとき、僕は別に彼のことを上であるように扱っていたわけでもないのに、どうしてだろう。

(どうして、慧くんについて考えるとき、僕はなんだか後ろ向きになるというか……あらゆることを留保してしまうというか、そういう考え方になっちゃうんだろう?)

 もしかしたら──と、僕は手元の文庫本に視線を落とした。

 それは、もしかしたら慧くんが、僕にとってはじめての、自分だけが作った友達だからであるのかもしれない。後ろ向きになる──慎重になる──予防線を張る──つまるところ僕は、『失敗したくない』と思っているのだ。慧くんのさわやかな、あまりにも洗練されて見える笑顔を思い出し、僕はなんだか申し訳ないような気持ちになって、小さくため息を吐いたのだった。




読了いただきありがとうございます。ネット小説大賞13参加のため投稿をはじめました。締切までに完結予定です。

面白かったら☆評価/ブクマ/一言感想など、応援いただけると励みになります! よろしくお願いいたします。

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