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2-2


 きょとんと目を瞬いた。髪の色を交換? そんな予定は全くないが。頭上にハテナを浮かべる僕に、浅霧くんが軽く笑う。アイドルのグラビアみたいにキラキラした微笑みだ。

「双子ってさ、ほら、なんか、入れ替わりのイメージあるじゃん」

「……もしかして、ノックスの話ししてる?」

「うん。ミステリ好きなんだ、俺」

「その顔で?」

「いやどの顔? てか、すぐ『ノックス』が出てくるってことは、そっちもミステリ好きなんだ?」

 『ノックスの十戒』はまあ今となっては誰でも知っているようなミステリのお約束ではあるけれど、僕がミステリ好きなのは事実だったので「うん」と頷く。それに浅霧くんはうれしそうに笑みを深め、「俺も」と言って続けた。

「だからさ、リアル入れ替わりトリックが見られる? と思って」

「いやそれは……どうだろ、できるかな……?」

「顔、似てる方?」

「入学式で見たんじゃないの? ……一卵性だからまあ、それなりに似てるとは思うけど……」

 僕らはずっと狭い社会で生きてきて、周りはみんな僕ら双子のことをよく知っていたから、入れ替わりが通用すると思ったことがなかった(子どもの頃母親相手にやって、すぐに見抜かれたことがトラウマになっている可能性もある)。……でも、環境が一変し、誰も僕らのことを知らない今ならどうだろう? 僕が少し考え込むと、「お」と浅霧くんが面白そうな顔になる。

「する?」

「……うーん。いや、やっぱナシかなあ」

 一瞬、『面白そう』と思わなかったと言えば嘘にはなるが。

「面白がられたいだけで、信用されたくないわけじゃないからね」

 まだ個人としての認識が薄いだろう段階で髪の色を交換するのは、ただお互いのフリをするという以上に、明らかに周囲を騙しに行っている。僕らが創作物あるあるの『悪戯好きの双子』属性を持っていないとは言わないけれど、ちゃんと時と場合は弁えているつもりだ。……と。

「……まあ、永くんならそう言うだろうし」

「あ、それ、永くんのほうの基準なんだ。判定外出し?」

「む。その言い方だと僕に判断力がないみたいな……外出しじゃなくダブルチェックと言って欲しい」

 僕が暴走しそうになれば永くんが止めるし、永くんが暴走しそうになれば僕が止める。僕がダメなときは永くんが、永くんがダメなときは僕が頑張る。僕らはずっとそうやって、お互いを補い合いながら生きているのだ。冗談半分で抗議すると、「ごめんごめん」と浅霧くんは笑った。

「なるほど。いいね、人生のダブルチェック。便利そう」

「でしょう。便利なんだよ、双子は」

「いくら便利でも、今からは入手できないからなあ」

「うーん、かわいそう……」

「本気で同情された」

 いやこれは本当に、僕は僕たち以外の『双子じゃない』ひとたちのことを、結構真面目に可哀想だと思っているのだった。永くんがいない生活なんて──永くんがいない人生なんて、考えられない。そこまで話したところで、初回から少し遅刻したらしい教授がやっと壇上に現れるのが見えて、僕は前へと視線を向けた。

「……小御門くん」

「そろそろはじまりそうだよ? あと、名字じゃなく遠って呼んで」

「じゃあ、遠」

 なにせ僕らは双子なので、今までだって、ずっと名前でばかり呼ばれてきた。

 それなのに──どうしてだろう、その時呼ばれた『遠』の響きは、今までの誰とも違う、そっと耳元に触られたみたいな、奇妙な擽ったさを持っていた。いきなり呼び捨てだからかもしれない。そうしてちょっとどきっとした僕に、彼は言った。

「その髪、ちょっと触ってみてもいい?」

「……え?」

 突然の申し出に目を瞬き、たしかに自分も最初に目を引かれたのは彼の髪だったな、と思い出す。

「いいけど……浅霧くんみたいにサラサラじゃないよ」

「俺も『慧』でいいよ」

「……慧くん」

「呼び捨てでもいいけど……まあいっか、相方も『永くん』呼びなんだもんね」

 言いながら、浅霧くん、改め慧くんは、遠慮のない手つきで僕の前髪に触った。

「……きれいに染まってる。どこの店?」

 まじまじ見られて、指先が額に触れそうで、ほんの少しだけどきっとした。永くん以外が入ったことのない範囲だなと思いつつ、別に嫌ではなかったので、なるべく平然として見えるようにと祈りながら答える。

「地元で染めたの。だから、こっちでまた美容室さがなきゃ」

「地元どこ?」

「秋田」

「遠いな。美容室、俺の行ってるとこで良ければ紹介するよ?」

「うーん……ありがたいけど、高そう……」

「初回は紹介割引効くし。似合ってるから、そのままがいいよ。君が赤のほうが断然いい」

 きらきらした顔で、あんまりストレートに「似合ってる」なんて言われて、僕はさすがに照れて視線をそらした。

「……僕も、そう思うけど」

 でも、慧くんはちゃんと僕らを見比べたことなんてあるわけがなくて、どっちがどっちの色がいいなんてわかるわけがないのだ。実は調子のいいやつ……なのかもしれない。そう思ったところで、広い教室にやっとレジュメが行き渡り、教授がマイクの電源を入れる音がした。僕は改めて前を向き、ノートを開く。隣の慧くんもちゃんとレジュメに視線を落としていて、僕はなんだか安心して、その後はきちんとはじめての講義に耳を傾けたのだった。



読了いただきありがとうございます。ネット小説大賞13参加のため投稿をはじめました。締切までに完結予定です。


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