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2.
ゆうに二百人は入りそうなだだっ広い講義室で、僕は欠伸を噛み殺した。
学部に知り合いはまだいない。周りを見ても、みんななんとなく周りを伺っている感じで、二三人で談笑している姿は見られたが、グループのようなものが形成されている気配はなかった。情報工学部は一学年五十人程度だが、この講義は複数の理系学部で必修だからかなりの人数だ。一応情報は全員ここにいるのだろうけど、その中で誰が情報かはわからないし、選択科目となれば人は減るだろうけど学部はさらに混沌としそうだし……そこまで考え、僕ははたと気付いて目を瞬いた。
(……ていうか)
根本的な問題がある。
(友達って、どうやって作るんだっけ?)
なにせ僕は小中は一学年一クラスしかないような田舎の出身で、高校時代は『目立つ双子』扱いで周りから人が寄ってきたから、自分から友達を作った経験がないのだった。えっ、僕らの対人経験、なさすぎ……? いや流石に古すぎるなこのミームは(田舎の学生の楽しみなんてインターネットしか存在しなくて、僕と永くんはもれなくオタクだったので、無限にネットミームで会話してしまう……がゆえに古いミームも知っているのだ。まあ今はその会話の相手すらいないわけなんだけど)。一人でいても脳内でノリツッコミしてしまうさみしい僕は、そのままひとり机に突っ伏した。
(……あーあ。永くんが居てくれたらなー……)
思わず内心で嘆いたのは、永くんが僕に比べてコミュ強だから──というわけではなく、というかなんなら永くんのほうが僕より人見知りなのだけれど、片割れといるときの万能感みたいなものが恋しくなったからだった。そもそも、二人でいれば、さみしくなんてならないわけだし。
……とはいえ、もちろん情報工学部の僕と経済学部の永くんの授業がかぶるわけはなく、というか校舎そのものがだいぶ離れているので、大学で顔を合わせる機会自体おそらくあまりないはずだ。それこそ、先日の誘いに乗って新歓に顔を出し、ふたりで入ることに決めたボードゲームサークルの部室で会うぐらいがせいぜいだろう。いやまあ、僕と永くんは学生寮の二人部屋で暮らしているので、朝と夜とは普通に一緒に過ごしてるんだけど……それでも、昼間じゅうずっと顔を合わせない日もある、というのは結構新鮮で、僕はやっぱり、なんだか落ち着かない気分になった。
これから、お互いにバイトをはじめたり、研究室に所属するようになったりしたら、顔を合わせない日さえ出てくるようになるのだろうか?
永くんに言ったら『気が早い』と呆れた顔をされそうだけど、僕は正直、その可能性を考えるだけで、胸の奥に小さな穴が開いたみたいな、その穴からすうすう空気が漏れていくみたいな、心許ない気持ちになるのだ、どうしても。やっぱり、僕も理系に進むべきだったかなあ。でもなあ、インターネットの住人ではあるけど、プログラムとかは別に興味ないんだよなあ。うつ伏せてもだもだしていたら、不意に、誰かが隣に座る気配を感じた。
顔を上げる。
気付けばそこそこ埋まってきた講義室で、その『誰か』は、後ろ寄りの空席を探して僕の隣を見つけたらしい。仄かに何かさわやかな香りが鼻を擽り、視線を上げると、ミルクティー色の髪に目を奪われた。
(……きれいないろ)
少し長めの前髪を真ん中分けにしているから、整った顔がよく見える。テレビや雑誌でしか見たことのないような、すっと通った鼻筋と、柔らかな目元の、『雰囲気』じゃないイケメンだ。着ているものも持っているものも垢抜けているように見えるのが、彼の顔面の力によるものか、はたまた実際におしゃれなのかは、僕には残念ながらわからなかった。
(ハイトーンの髪をあんな風にサラサラに保つの、結構大変なんだよなあ)
ということを、つい最近知った僕である。すごいなあきれいだなあ、と思わずぼかんと見ていると、そんな僕の視線に気付いたのだろう、こちらを見た彼が軽く笑った。
「隣、いい?」
イケメンという生き物は、声もいいと相場が決まっているのだろうか。どきっとしながら頷く。
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう」
椅子を引いて座る、そんな動きさえこなれて見える。鞄からノートと筆記具を取り出したあと、彼は「学部どこ? 情報?」と僕に尋ねた。
「え。ああ、うん。一年」
「一緒だ。俺は浅霧慧。君は?」
「小御門遠」
自己紹介しながら、差し出された手を軽く握る。浅霧くんの端正な面立ちに、少しだけ疑問の色が浮かんだ。
「とお?」
「遠い、って書いて、とお」
「へえ」
珍しい名前だな、という顔だった。言われ慣れている。そうして浅霧くんが「てことは、もうひとりは『近』?」とこれまた言われ慣れていることを言うものだから、僕は思わず笑ってしまった。そこの発想はイケメンでも一緒なんだなと思う……いやまあ、顔は関係ないけど。
「よく言われるけど、違うんだなこれが。……ていうか、知ってるんだ? 僕らのこと」
「知ってるというか、入学式で見かけたというか。普通に見るでしょ、その頭」
「そりゃそうか。ええとね、白い頭のほうは、永くん。永字八法の永で『なが』ね」
「絶妙にわかりにくい紹介の仕方するな……」
「『墾田永年私財法』の『永』でもいいよ」
書道やってないと知らない表現を知っている浅霧くん、幼少期書道仲間と見た。どや、と付け足すと「面白いな、君」と彼は笑って、それから「あー」と感心したような声を出す。
「……てことは、セットで『永遠』? すごいセンスだな」
その声が本当に純粋に感心していたので、僕はちょっと嬉しくなった。この名前、キラキラネームとか厨二病とか言われがちなのだ。いや、僕もそう思うけど、人から言われるのは嫌なんだよね。僕はにこにこ笑って「でしょ」と言った。
「ずっと仲良くして欲しいって願いを込めたんだって」
「大成功じゃん」
「そうなんだよね」
浅霧くんが嬉しいことばかり言ってくれるものだから、僕はすっかりご機嫌になった。『その年になってまで兄弟べったりなんておかしい』とか言ってくる人もまあまあいるのだ。にこにこしている僕を眇めた目で見て、浅霧くんは「てか」と僕の髪を指差す。
「その髪、一ヶ月後にもう一人と交換したりする?」
「え?」
なんで?
読了いただきありがとうございます。ネット小説大賞13参加のため投稿をはじめました。締切までに完結予定です。
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