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【BL】小御門遠の演繹法 〜双子の僕らが恋を知るまで  作者: とおこ


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6-3

 といっても、その日はバイトがあったので、すぐに慧くんを問い詰めるというわけにはいかなかった。どんなことがあっても仕事はあるってなんか大人になった感じがするなあ、と思いながら黙々と見本誌の廃棄をしている──と、気になる一文が目に入ってきて思わず手が止まる。

 ──『気になる彼の、気になるサイン』。

 よくある女性誌の隅っこにある、全面に押し出されているわけではない恋愛特集のタイトル。ぱらぱらめくって中を眺めると、予想していた通り、『こんな仕草/様子があれば脈アリ!』というような、男性が女性に好意を抱いている場合にとりやすい行動例が記載されている。僕はなんとなく……というには少しばかり熱心に、そこに書かれている内容を熟読した。

(……これはつまり、『一般的な命題』だ)

 なんてことを思ったのは、先ほど受けたばかりの論理的思考の授業が、頭の片隅に残っていたからだろうか。

(ここに書いてあるのが、『恋をしている人間は、こういう行動をする』という命題なら……これに慧くんの行動が一致すれば、それは、慧くんがたしかに『僕』のことが好きだと、そういうふうに言えるんだろうか)

 なんだっけ、演繹法だっけ。考えながら、僕はもちろん、この論理が穴だらけであることを理解している。演繹法には、重要な条件が──『前提が正しいこと』──あるからだ。

 雑誌の恋愛特集なんて、ソースもなにもあったものじゃない、一番『正しさ』からかけ離れている言説の寄せ集めだ。故に論理は破綻している。……だけど、参考にしてみるぐらいならいいんじゃないか? 思いながら内容を読み進めていた僕は「遠くん、レジ応援お願い!」の声に、慌ててバックヤードを飛び出した。うっかり普通にサボってしまった。

 気付けば時計は夕方を回り、帰宅ラッシュのさなかの、一番レジが混む時間帯になっている。僕はレジについて「お並びの方こちらにどうぞ」の定型文を口にして、差し出された本を受け取った。そのままレジに通そうとして──ふと、ほんの一瞬だけ、手が止まる。

(あ。……この本、僕がポップ書いたやつだ)

 うちの店ではバイトもポップを書くことが推奨されていて、採用されるかは店長の胸先三寸、もしポップをつけた本の売れ行きが良かったら店長になにか奢ってもらえる──というルールがなんとなく施行されている。別に奢りはどうでもよかったのだけれど、ポップを書くという作業がやってみたくて、終業後にちまちま書いたうちの一枚、唯一採用され店に置かれていた本が、今まさに買われているのだった。僕はなんだか嬉しくなりながらレジに通し、「890円です」と言いながら顔を上げた。

 ら。

「…………え」

 そこにいたのは、慧くんだった。

「……ペイペイで」

 慧くんのほうも、まさかレジ応援で僕が来るとは思っていなかったのだろう。なんだか気まずそうな顔をしながらスマホを差し出す彼に、僕ははっとして電子決済の手続きを行う。慧くん、そうか、サークルの帰りか。……というか、慧くんがバイト中にここに来るのがはじめてというわけでもなく、暇な時間はちょっと喋ったりすることも普通にあったのに、今更なんでこんなに緊張してるんだろう? 思いながら急いでカバーを掛けて、僕は慧くんへと商品を差し出した。

 指先が、触れる。

「……ありがとうございました」

 僕の笑顔は、ぎこちなくなってはいないだろうか。彼の顔は? どうにか視線を合わせていると、慧くんが、困ったように軽く笑った。

「今日はごめん。……また、LINEするから」

 手が離れる。

 レジ前はまだ混雑していて、会話をする余裕は存在しない。慧くんが返っていくのを横目で見ながら、僕はついさっき見た恋愛特集の内容を思い出していた。


 ──『わざわざバイト先に顔を出してくれる』。

 ──『好きだって言ったものを覚えていて、さり気なく話題に出したり、買ってくれたりする』。


 あの本がおすすめだという話は慧くんの前でもした記憶があるし、毎日一緒に講義を受けている慧くんは多分、僕の文字に見覚えがある。だから。

 ……だから?


(……『顔が好き』、だけで)


 するだろうか、そんなこと。

 機械的にレジ業務をこなしながら、僕の頭の中は慧くんのことで一杯で──それでも笑顔で接客をこなせる自分は成長したなと、何故かそんなことを考えたのだった。



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