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【BL】小御門遠の演繹法 〜双子の僕らが恋を知るまで  作者: とおこ


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16/21

6-2

 僕と慧くんの共通の友人、妄想力に定評のある岬くんが「また痴話喧嘩?」と尋ねてきたのは、いつもの四人でのいつもより気まずいランチタイムが過ぎ、慧くんがインカレサークルに、佐々木くんが講義に行ったあとのことだった。

 僕のバイトの時間までの暇つぶしにと、岬くんと二人カフェテリアで各々課題をしたり、おすすめの本やゲームについてだらっと語り合ったりするこの時間が、僕はもちろん嫌いではなかった。けれども今は──僕は思わず半眼になって岬くんを見る。

 岬くんからしてみたら、一度も慧くんと視線を合わさず、話を振られてもまともな返事もしなかった僕の態度は、さぞかし不審に思えただろう。

「……岬くん、よくそれ言うけどさ」

 知ってたの、と。

 流れのままに尋ねそうになり、既のところで口を閉ざす。もし岬くんのこれが単なる冗談なら、僕は意図せずアウティングをしてしまうことになる。それはよくない。口を閉ざして視線をそらした僕に、「うーん」と岬くんは小さく唸った。

「何があったの……って、聞いてもいいやつ?」

「わかんないから困ってる」

「なるほど。じゃああれだ、一般論の体で話してみるとかはどう? 具体的事象としてではなく」

 一般論の体で? 例えば、「普通に考えて、告白の時『顔が好き』って言ってくるやつについてどう思う?」とか聞いてみたら良いのだろうか。その聞き方だと普通に「ナシ」って返ってきそうだな。

「もしくは、よくあるやつ……『友人の話』の体で話してみるとか」

「どっちにしろ、『体』って最初から言ってたら意味なくない?」

「それはまあ、建前よ、建前」

 大事だろ、と岬くんは重々しく言って、僕はちょっとだけ気が抜けて笑った。いい友人を持った、というこだけがわかる。僕は「うーん」と少し考えてから言った。

「じゃあまあ、一般論として聞くんだけど」

「うん」

「『僕のどこが好きなの?』って聞いて、『顔』って返ってきたら、その『好き』って信用できると思う?」

「…………いや顔だったのか!? 意外すぎる……!」

「いや建前! 一般論って言ったじゃん!?」

 ていうか、やっぱり知ってたんだ。安堵するような気恥ずかしいような、奇妙な居心地の悪さとともに軽く睨むと、岬くんは「ごめんごめん」と片手をひらひらさせた。

「一般論な、一般論。うーん……そう言われると……一般的にはあんま歓迎されない理由な気はする、たしかに」

「だよねえ!?」

「でも、俺がそう言われたら、わりと嬉しいかも」

「え、そうなの?」

「いやだって、見た目が好きって強いだろ、もし付き合って一緒に過ごすことを思えばさ。相手が自分の顔見て嬉しくなってたら嬉しくない?」

「い、いわれてみれば……たしかに……?」

 目から鱗の意見だが、言われてみれば一理ある、気がする。そしてたしかに、慧くんはよく僕の顔を見てにこにこしていた気がする。……でも。

「でも、僕はさ」

 双子だからさ──と言いかけて、いや一般論! と気付いて口を抑える。岬くんはさらっと「そうだよな~、遠はな~」と同意混じりに流して、「どちらにせよ」と軽く笑った。

「それだけじゃちょっとな、え~ってなるよな。普通は」

「……だよね? 普通は」

「うん。だから、言っていいと思うよ、普通に。『信用ならない』って」

「え」

「そしたらさ、もし相手が本気なら、もっと信用できそうな理由を言ってきてくれるでしょ。それで判定したら良いと思う、本気度を」

「な、なるほど……?」

 たしかに、いますぐ答えを出さなければならない理由はない、信じられないならちゃんと聞けば良いのだ。拗ねて会話を拒否するのではなくて。岬くんはすごい。目から鱗をぽろぽろ落としている僕に、「まあ」と岬くんは肩を竦めた。

「ゆーて全部、机上の空論だけど」

「えっ」

「いや『えっ』じゃないよ。見ろよお前俺を、どこに出しても恥ずかしくないテンプレオタクだぞ。あるわけないだろ恋愛経験」

「……な、仲間だ~~!」

「えっ!?」

 僕は思わず岬くんにとびつき、肩に手を回してぎゅうぎゅう抱いた。

「い、いや待て遠、俺は友人を裏切りたくないというか、え? いやお前モテるだろその顔で!?」

「モテる顔っていうのは慧くんみたいなののことでしょ……俺程度じゃ全然だよ……いや良かったあ、都会の人はみんな恋愛経験豊富なんだと思ってた……」

「偏見がすぎる……!」

 岬くんはわたわた手を動かし、それから、「俺まだ死にたくないわ」と言ってべりっと僕の体を引き剥がした。流石に抱きしめ潰せるほどの腕の力はないんだけどな。そうして僕の顔を見て、岬くんはなんとも言い難い顔になった。

「でもまあ、それがほんとなら、なんというか」

「なんというか?」

「……同情するかも。相手が悪いというか……どう見ても百戦錬磨だもんなあ、向こうは……」

「建前!!」

 あまりに今更ではあるが、一応形式としてツッコんでおく。岬くんは律儀に『しまった』の顔をして、それから、ぽんぽん激励するみたいに僕の肩を叩いた。

「ええと、うん、まあ、頑張れ。まずは会話だ。会話は大事だぞ」

「うん。あ、いや、一般論だけど、うん、そうだね。会話は大事だね!」

「でもなんだ、自分の意志を見失わないようにというか、言いくるめられないようにというか、流されないようにというか……いや遠がいいようにすればそれでいいんだが……!」

「……待って、僕なんかチョロいと思われてない?」

「実は思ってる」

「そんなことないが!?」

 どちらかというと意志ははっきりしている方……と、自分では思っているのだが。よほど不服そうな顔をしていたのだろう、岬くんは「チョロいっていうか」と苦笑した。

「優しいっていうか。身内にベタベタに甘いタイプだろ、遠って。だからさ」

「…………」

 ……それは、全くもって否定できない。

 そして慧くんは、たしかにもう、僕にとって『身内』でないとはとても言えない存在だった。僕は渋々さを隠さずに「……気を付けて会話します」と言い、岬くんは重々しく「そうしてくれ」と言ったのだった。


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