5-4
『一応言っておくけど、俺、フラれても友達までやめるつもりはないから』
……と、僕が抱いた不安までさらりと払拭するパーフェクトなイケメンぶりを発揮した慧くんに見送られ、僕はなんだかすっかり完敗したような気分で帰路についていた。
日曜夜の電車の中は、楽しい休日の余韻と明日からの平日に向かう憂鬱とがないまぜになった、サザエさんシンドロームそのものみたいな空気で満たされている……と感じるのは、僕自身がそういう気分だからなのだろう。明日から平日? 信じられない、と僕は片手で顔を抑えた。
信じたくない。
『恋をしなよ、遠も。俺とさ』
永くんが僕じゃない誰かを見つけたのなら、僕も「そう」すればいい。なるほど完璧な解決策だ。しかもどうやら不可能ではない。……不可能ではない、のだろうか? 本当に?
恋をする。
僕は、慧くんに、恋をすることができるのだろうか?
(……ていうか)
吊り革に捕まり、電車のガラスに映る自分の姿を見るともなく見る。どこにでもいる、赤い髪だけがちょっと特徴的な大学生が、途方に暮れた顔で僕を見ている。
(「恋をする」って、どうやってやるの……)
僕はオタクで、読書が好きだ。だから、創作物の中の『恋』ならばきっと人より詳しくて──そして悲しいかな、それにはなんの意味もなかった。
物語で語られる多くの恋には、理由がなかった。あるいはそこに理由があるとき、それは例えば世界の危機とかトラウマの克服とか存在そのものが救いとか、信じられないぐらい仰々しい要素が付与されていた。僕と慧くんの間には、というか、だいたいの一般人の恋には存在し得ないものだ。
なら、この世界にいる『普通の』みんなは、どうやって恋をするのだろう。
そして恋をしたら──本当にこの不安から、足場を失ったみたいな恐怖から、逃れることができるのだろうか?
(……そんなこと、あるはずない)
僕は俯いて、ガラス窓の中の僕自身から──色が曖昧なせいで永くんみたいにも見えてしまう僕自身から視線をそらした。そんなことがあるとは、『恋』なんてものが永くんの代わりになるとは、正直なところ思えなかった。それはもしかしたら、『そうであってほしくない』という悪あがきなのかもしれない。
だとしても、だ。
「……、」
そのとき、ポケットの中でスマートフォンが震えた。僕はぱっとスマートフォンを取り出して、通知を見る。──その時自分を襲った感覚について、僕は、深く考えることをやめて呻いた。
『今日はありがとう。また珈琲飲みに来て』
いや行けるか。
……と返すことも、『OK』のスタンプを送って終わりにすることも、そのどちらもが想像できない。僕は卑怯にもその通知を未読スルーのままにすると決め、ポケットの中にスマートフォンを戻した。
──今日一日、永くんからの連絡は、結局一度も来なかった。
その事実に一番打ちのめされているうちは、僕はきっと、恋なんてできない。それが苦しくて、恐ろしくて、僕はまだ永くんが帰宅していない寮の部屋に入って早々、着替えもせずにベッドに潜りこんだのだった。
面白かったら☆評価/ブクマ/一言感想など、応援いただけると励みになります! よろしくお願いいたします。




