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【BL】小御門遠の演繹法 〜双子の僕らが恋を知るまで  作者: とおこ


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13/21

5-3

 夏休みが明けてから、永くんの口から橘先輩の名前が出てくることが圧倒的に増えた。サークルもバイト先でも一緒で話題に事欠かないから、という理由だけでは説明がつかないぐらいに。そのうえ、サークルに顔を出せば橘先輩の手足みたいに従順に働いていて──今日はついに、ふたりでお出かけだ。

 それでも、馬鹿なことを言っているという自覚はあった。状況証拠は十分でも、それは、橘先輩が女の人だったらの話だ。永くんの恋愛対象が男性であると感じたことは今までなかったし、普通に考えれば、面倒見のいい先輩に懐いているだけ。穿ちすぎだと自分でわかっている。

 だけど慧くんは、僕の馬鹿げた呟きを笑わなかった。

「ありえるんじゃない。綺麗かどうかは関係なくて、遠がそう感じてるんだったら」

「……僕が?」

「そう。今までと違う、って思うから言ってるんだろ? なら、それが何よりの証拠だと思うけど」

 そのとおりだ。

 僕らは双子だ。お互いの一番近くにお互いがいる、人生の殆どを、そういうふうに過ごしてきた。だから、わかってしまう──些細な違いだって感じ取ってしまう。というか、永くんの変化はちっとも『些細』じゃないのだ。けれども僕の中にそれを認めたくない部分もたしかにあって、「でも」と心にも無い反論が口をついて出てしまう。

「永くん、女の子が好きだったと思うんだよ、普通に。そういう話はしたことないけど、……でも、わかるじゃん。ずっとおんなじ部屋で過ごしてればさ」

 そう、生活空間をほぼ共有してきた僕らだから、目に入れないことが不可能なものもある。少なくとも、永くんが閲覧している『そういう』映像やら何やらは、女性相手のものばかりのはずだった。慧くんは「『普通に』ねえ」と小さくつぶやき、それから、「言わんとするところはわからなくはないけど」と前置きして言った。

「俺、そういう性的嗜好って、もっと曖昧なものというか……決まってないものだと思うんだよね」

 僕は横を向いて、慧くんの顔を見た。思えばこんな話を、例えばサークルで出たみたいな『モテたい』『彼女欲しい』みたいな軽さのない恋愛の話を誰かとするのがはじめてだ、とそのとき気付いた。ごく真面目な声で慧くんがする話に、静かに耳を傾ける。

「LGBTって言うとさ、なんかきっぱり区分があるものみたいに感じるけど。でも、もっと段階的なものっていうか……別に遠だって、女の子なら誰だって『好き』ってわけじゃないだろ?」

「好き……」

 思わず目を瞬く。好き? ちょっと考えて、自分で驚いた。

「……そもそも、誰かを『好き』とか思ったことなかったかも、僕。そういう意味で」

「あー……」

 慧くんは「なるほど」と少し遠い目をして、「まあ、それこそ『普通』はそうでしょ。好きな子と、別にそうじゃない子がいるわけで」と説明する。たしかにそうだ、と僕が頷くのを見てから、慧くんは説明を続ける。

「だとしたら、同性に対してだって同じなんじゃないかって」

「えーと……同性でも、『好きになる』子がいる可能性はゼロじゃないってこと?」

「そんな感じ」

「なるほどなあ……」

 たしかにそうだ、とあっさり納得できたのは、僕自身がまだ異性にさえ恋をしたことがなかったからかもしれない。いつか誰かに恋をするとして、それが異性相手であるとは限らない。頷く僕を見て、慧くんはちょっと笑った。

「だからさ、今までがどうとかって、あんまり関係ないと思うんだよな、俺は。遠からそう見えるんだったら……永くんのこと一番良く知ってる遠がそう思うんだったら、間違いないんじゃない? 今日だって、言ったらデートしてるわけでしょ、二人で」

「…………そういうことに……なるよねえ、やっぱり……」

 今朝の永くんは明らかにうきうきしていたし、いつもの倍ぐらいの時間をかけて服を選んでいたし(ちなみに服の趣味は違うのでワードローブは意外と共有されていない)、いつもの外出ならたまに入るLINEも今日は沈黙したままだ。僕は「うう……」と小さく呻いた。

 応援したい。

 応援するべきだとわかっている。

 永くんは僕よりちょっと内気で、でも僕よりずっと優しくて面倒見がよくて、彼のことを知れば知るほど好きになる、そういうタイプの人間だ。だから橘先輩も永くんを特別可愛がっているんだろうし、橘先輩だってきっと、永くんのことが好きになる。きっとそうなる。

 そうなって欲しい、と思いたい。

「……あーーーーー!!」

 思えない。

 僕は頭を抱えて伸び上がり、背もたれに思い切りもたれかかって叫んだ。「どうしたいきなり」と慧くんがびっくりした顔をして、それも気にできずに僕は叫んだ。

「無理……!!」

「……何が?」

「永くん誰かと付き合うとか、無理、想像できない。だってそれって、永くんに、僕より優先するものができるってことでしょ?」

 僕らはいつだって『双子ファースト』、お互いにとってお互いが優先順位のトップにあることを大前提として生きてきた。だけどそれを許容してくれる『恋人』なんてきっとどこにもいないだろうし、そもそも──夏休みからこっち、ちっとも僕を優先してくれない永くんを思い出すと、もやもやを通り越してもう恐ろしいぐらいの気持ちに包まれてしまう。僕は脚をじたばたさせた。

「考えるだけで無理っていうか、万人の万人に対する闘争だよそんなの!! こわすぎ!!」

「いや、その言い方だと、双子だけ自然闘争から逃れてたことになるんだけど」

「逃れてたの!! ……いやむしろ、双子じゃない人は普段こんな怖い世界で生きてるってこと? 無理すぎる……」

「いや国家とかあるから、大丈夫だから」

 そもそもこの会話はリヴァイアサン的に適切なのだろうか。多分というか絶対違うだろうな。最近一般教養で受けている哲学関係の講義のせいで理系らしからぬ会話をしながら、けれども、僕の中に生まれた恐怖は間違いなく本物だった。そして、こんなふざけた言い方でも、慧くんにはきっと、僕の恐怖は違わず伝わっただろう。

 永くんは、僕にとって、誰よりも大事な、絶対に裏切らない『味方』だった。世界中の誰が敵になったとしたって、永くんだけは絶対に僕を信じるだろうし、逆だって絶対にそうだった。絶対的な、無条件で信じられる存在。

 けれども今、その信頼は揺らいでいた。別に永くんが誰かを好きになったとしたって、それは、僕の敵になることを意味したりしない。わかっているのにただ、可能性があるというだけで嫌だった。

 例えば、僕と橘先輩のどちらかひとりしか助けられないような状況で、永くんが、橘先輩を選ぶのかもしれない──なんて。

 現実には起きうるはずのない二択、無意味な思考実験だ。けれども僕は、そういうものに、本気で怯えているのだった。うう、と両手で顔を覆って呻いた僕に、不意に、なんだかひどく優しい声で慧くんは言った。

「まあ、だから恋をするんじゃない。人は」

 え、と、少し驚いて僕は手のひらを顔から離した。伸ばしていた背中を戻し、座り直し、慧くんへと視線を向ける。

「いや、その言い方は正確じゃないか。『だから恋をする人もいる』ぐらいが正しいかも。……その恐怖から逃れられる場所が欲しくて、自分だけの特別な相手が、絶対に信じられるものが、どこよりも安心できる居場所が欲しくて恋をする。そういう動機もあるんじゃない」

 だから遠は、今まで、恋をしなくてよかったんだよ。そう言って、慧くんはまっすぐに僕を見た。四秒───数える前に逸らしたくなった。その目に捕まるのが恐ろしい気がして。けれどもどうしてか目が逸らせない僕を、多分きっちり捕まえて、慧くんは「だからさ」と言って笑った。

 そして言った。


「恋をしなよ、遠も。俺とさ」


「…………は?」

 さらりとした言い方のせいで、一瞬、なにを言われているのかがわからなかった。──恋を? 理屈は正しい……正しいのか? まずそこを乗り越えるのに苦労して、だから、付け加えるように言われた『俺と』の理解に至るまでに随分時間がかかった。

 恋を?

 慧くんと?

「もしかして」

 やっと意味がわかった。目を見開き、信じられない思いで尋ねる。

「僕、口説かれてるの、今?」

「おお、よくわかったね」

 偉い偉い、と、慧くんはぱちぱち手を叩いた。いやそれ口説いてる態度かな? 即座に疑いそうになった僕に、にっこり笑って慧くんが言う。

「それで、どう?」

「……どう? とは?」

「怖くなくなった?」

 その問いに、僕は呻いた。

 慧くんの言い分がわからない、というわけではなかった。永くんが僕以外の誰かを見つけたのなら、僕も永くん以外の誰かを見つければいい。至極単純、明快すぎる理屈と言っていい。けれども僕は、両手で顔を抑えて言った。

「…………もっと怖くなった…………」

「えっ」

 だって僕は、今の今まで、慧くんが僕を口説いてくるとかいう可能性を、少しも考えていなかった。いや普通友達に口説かれる展開なんて考えないだろうから、これは僕が悪いわけじゃないと思うんだけど。思うんだけど──だからこそ、ただでさえ得体が知れないものになりかけていた世界が、更に混沌としたものになってしまったような気がする。うううう、とうめき続ける僕に、「ほんとに?」と慧くんが、本気で驚いたみたいにいう。

「いやでも……気付いてなかった? 少しも?」

「何に」

「俺が遠のこと好きなんじゃないかって、思ったことなかった? ほんとに?」

「ええ? あるわけないでしょ」

「まじかー……」

 慧くんはぱしぱし目を瞬いて、「そっか」と少しだけ申し訳無さそうな顔になる。

「それは……ええと、ごめん」

 慧くんはちょっと眉を下げ、それから、「でも」と加える。

「冗談だよ、とは、言ってあげられないから。……それもごめん」

 慧くんはそう言って、ほんの少し、困ったみたいな顔で笑った。それでわかった。慧くんは、どうやらほんとに、『僕が薄々察してる』と思って、ここで畳み掛けてきたつもりだったこと。そして今、僕がなんにも気付いてなかったことを知って、本気で後悔してるってこと。

 慧くんはたぶん、今の状況を──僕の弱みに付け込んだみたいな状況のことを、申し訳ないと思っているのだ。

「答えはさ、急がないから」

「……答え?」

「うん」

 答え。答えがいるのか? ──それはそうだ。気付いて僕は更に愕然とした。

 答えが要るのだ。


 慧くんは、僕に、恋人になろうと言っている。


 なら、僕がそれを拒んだら──僕はもしや、永くんに続いて、慧くんまでも失ってしまうことになるのだろうか?




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