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はじめてのセッションが終わっても、永くんの側のテーブルはまだゲームに興じているようだった。どうやらそれなりに複雑なルールのゲームだったようで、戦略について議論を交わしているらしい。「あれは終わらないな」「飯行く?」と残りの数人で話がまとまったので、僕はそちらについていくことにした。
物価高騰に伴う外食値上げが続く昨今ではあるが、大学近くにはまだ昔ながらの『安くて量が多くてそれなりに美味い』定食屋が数件生き残っている。僕は巨大なチキンカツと格闘しながら、それとなく──というにはだいぶ直接的に、永くんと橘先輩とについて皆川くんに尋ねた。
「うん? ああ、確かに仲いいよな。夏休みあたりからずっとあんな感じかも」
「……そうなんだ。夏休みもなんか、サークル行ってるみたいな話はたしかにしてたけど……」
秋に行われる大学祭の準備を有志でやっている、という話を永くんはしていて、バイトにそれにって休みが全然休みじゃないのでは? と思ったことを覚えている。皆川くんは頷いた。
「橘先輩、去年の部長だからさ。引き継ぎみたいな意味合いもあるというか……永、来年の部長になるんじゃない、あの感じだと」
「えっそうなの!?」
「こらこら一年、まだ何も決まってないからね。たしかに永くんはしっかりしてるし、橘も気に入ってるみたいだけどさ」
隣の席の先輩が苦笑しながら口を挟んできて、一年二人で軽く首をすくめる。……でも、そうか、気に入られてるのか。あの綺麗な先輩に。なんだかもやっとする僕に、先輩は「橘は人誑しだからな~」と笑いながら続ける。
「あの顔で全然気取ったとこがないっていうギャップが強いよなやっぱ」
「いやイケメン……っていうか、美人ですよね、橘先輩って。……彼女とかいるんですか、やっぱり」
「それがさ、聞いたことないんだよなー。いやまあ、そういうトラブルがなかったわけじゃないんだけど」
「トラブル?」
僕が首を傾げると、先輩ははたと口元を抑えた。ちょっとばかりわざとらしい仕草だったが、喋りすぎたのは事実なのだろう。「あー……」と気まずげに言葉を探し、「いやべつに、うち、サークル内恋愛禁止ってわけじゃないんだけどね?」と肩を竦める。
「去年、橘にフラれてサークルに来なくなっちゃった子がいるってだけ。……何人か」
「何人か!?」
「あ、フラれたあと、別の部員とくっついて普通に居続けてるパターンもあるな。それが誰かは流石に言わんけど」
「まずサークル内にカップルが居るっていう事実が初耳なんですよね」
「いやそりゃいるだろ~」
大学のサークルに入る目的のうち半分ぐらいはそれだろ、と先輩は冗談半分で言い、皆川くんは「まあゼロじゃないですけど」と頷いた。……そうなのか。それはそうか。言われてみればそうだ。大学のオタクサークルあるある、『オタサーの姫』に『サークルクラッシャー』は、つまりそれだけサークルという場で『恋愛』が発生しやすいということの証左でもあるのだ。ひたすら目を瞬いている僕に視線を向け、皆川くんは「まあ」と苦笑した。
「半分は言いすぎかな。俺は、そういうことがあってもいいかな~、ぐらい。てか、そういう先輩は出来たんですか、彼女」
「……それはまあ、ノーコメントってことで」
「出来てないんですね……」
ふたりの会話は耳を素通りしていき、僕はただ、永くんのことを考えている。
サークルに入る目的のうち半分ぐらいはそれ──とは、僕は全く思わない。そして、僕が思わないということは、永くんも少しも思っていなかっただろうと、少なくともそれは言い切れるけど。
言い切れるけれど──それは、彼がここで恋をしない、そういう保証にはなり得ないのだ、と。
僕はその時はじめて気付いて、そしてどうしてか、橘先輩を見る永くんの顔、従順な犬みたいだったあの顔を、思い出していたのだった。
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