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小さい頃は神様がいた。
そういう全能感を、僕はずっと、小さくなくなってからもずっと感じ続けていた。僕には神様がいた。絶対的な味方。すべての願いを叶えてくれる相棒。魂の片割れ。
小御門永。
彼は僕、小御門遠の双子の兄だ。
今からするのは、僕と彼との恋の話。
僕達が、互いの神様を失うまでの物語だ。
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ひらひら、花びらが舞っている。
真新しいスーツに身を包み、桜並木の下を歩きながら、僕──小御門遠は不思議な思いでそれを眺めた。僕の地元である東北地方では、桜の見頃は入学式シーズンとゴールデンウイークの間の中途半端な時期であることが多い。
「なるほどこれが『サクラサク』……」
思わずつぶやくと、『隣』というには近すぎる距離を歩いている永くんが、『打てば響く』の慣用句そのままに応じてくる。
「自分たちの季節感を一般化する東京人の傲慢を許すな!」
「それな~?」
まあ自分たちもこれからはその『東京人』の仲間入り……と言っていいのか? 住民票が移ってればオーケー? 首をひねっていると、「てか」と永くんが雑学を披露してきた。
「てか、そもそも『サクラサク』って、大学ごとに違ったらしい、昔」
「えっそうなん?」
「うん。Xで見た」
じゃあ僕も見てると思うんだけど記憶にないなそれ。永くんと僕の興味の対象はまあまあ似通っていて、結果としてSNSのタイムラインもほとんど同じ構成になるのだ。ほらほら、と当該ツイートを見せてくる永くんの肩に手を回し、その手元のスマートフォンを覗き込んでから、僕はちらりと周りに視線を流した。
自分たちに向けられている、遠慮のない好奇の目、目、目が見える──まあ、そうもなるだろう。鮮やかすぎる赤髪(僕)と、色素の抜けたようなきれいな白髪(永)。おんなじ顔、おんなじ背格好をした二人が、揃ってそんな色のマッシュカットなんてものをしていたらたぶん僕だって見る。そんな僕に視線を寄越して、永くんは笑った。
「……見世物みたいだね、僕ら」
「いつものことじゃん」
「それはそう」
「てか、むしろ、ここでもこうなんだ? って感じ」
「確かに?」
僕らの家はド田舎という表現が無理なく当てはまる山の中で、今まで通ったどの学校にも、双子は僕らしかいなかった。いや、僕らが妙に目立つ存在だったのは、決してそのせいだけではないんだろうけど。
ともあれこれで、入学式に来た新入生と、その新入生を捕まえようと道の両脇に鈴なりになっているサークル勧誘の上級生との何割かは、僕らの存在を知ってもらえた──かもしれない。
『なんだか変わった、仲のいい双子』。そう思われているのが、一番気持ちいい。ご機嫌で永くんの肩にじゃれつきながら歩いていると、差し出されたチラシのうち一枚を永くんが受け取るのが見えた。……なんだろう、『ボードゲーム研究会』? 覗き込むと、「ねえ」と差し出してきた男性が声をかけてくる。
「その髪、あのキャラ? ヒーロー物の」
それが、僕ら双子への問いであることは明らかだった。そしてその指摘は正しかった。「練習台になってくれるなら格安でやってあげるよ」と言ってくれた友人の姉(新人美容師)が、某漫画の熱心なファンで、「一度あの色を作ってみたかった」と僕らを実験台にした結果できあがったのがこの髪だからだ。僕らは揃って声の主を見て、「「正解!」」とふたりで声を揃えて笑った。
「ま、半分野郎ではないですが」
「半分じゃないならなに? 全部?」
「というか、今のビジュだと、どっちかというとヴィラン側じゃない?」
なにせ僕らは赤白マッシュ……の上、黒マスクまでつけているのだ! これは単純に流行りに乗ってみたかっただけ(遅れてそう)。「不審者だよね」「ね」と頷き合っていると、僕らに声をかけてきた、さらさらの黒髪にちょっとびっくりするぐらい綺麗な、中性的な面立ちをした先輩は、楽しそうに声を上げて笑ってくれた。ノリがいいな。くすくす笑ったまま彼は言う。
「どっちかというと、アイドルみたいに見えるけど」
「えっ」
「マジで」
「それは……僕らがイケメンってこと……!?」
「いやいや遠くん、この髪にこのマスクじゃ顔はほぼ見えてませんよ」
「知ってた。つまり雰囲気イケメンってことですね」
うんうん。ふたりで頷きあっていると、先輩がついに声を上げて笑う。「大丈夫、イケメンに見えるって」と言ってから(そういう本人が『イケメン』という表現では足りないぐらいの、なんなら美少女と言ってすら通りそうな美形なので、僕は若干「嫌味か?」と思った)先輩は「それより」と永くんが受け取ったチラシを指差す。
「ね、君たち、ボードゲームとか興味ない?」
「「ボードゲーム」」
どちらかと言わなくても好きな部類だ。
田舎で、近所に遊び相手もいなくて、僕らの遊び場はもっぱら自分たちの部屋と、そこからアクセスできるインターネット上とにしか存在しなかった。そのせいでふたり揃ってやっているオンラインゲームではコンビを組んでランキング上位まで行ったし、ふたりで出来る卓上ゲーム──ボードゲームやカードゲームの類はそれなりにやっている。もちろんお小遣いの範囲だから限度はあるし、なにより多人数ゲーは全然やってきていないけど……と、少しの躊躇いを見透かしたのだろうか、僕らを安心させるみたいに先輩は続けた。
「っていっても、実体は何でもありのゆるっとしたオタクサークルなんだけどね。もちろんボドゲはいろいろあるけど、TRPGとか人狼とかもやるし、謎解き好きも多いかな。自分たちでボドゲ作ったりとかもするし……」
「自分で作る?」
「とは?」
「グッズ屋さんにお願いして印刷してもらって売るの。コミケとかで」
「いや全然緩くないが?」
「本格的すぎる」
「いや、ちょっと前にやった代がいたってだけだけど。そういうことも、やりたければだいたいなんでもできる、ってこと。逆に、部室に漫画読みに来てるだけのやつもいるし、俺はどっちかといえば後者のほう」
それはおそらく謙遜だろう。少なくとも、ちゃんと勧誘のビラを撒きに来ている時点で『漫画を読む』以外の活動に従事している。ともあれおそらくは熱心な方なのであろう先輩は、綺麗な顔に満面の笑みを浮かべて言った。
「新歓、明日だから、良かったら来て」
この顔この笑顔の破壊力に勝てる人間ははたしてどれほど居るのか……はともかくとして、なるほど、僕らが『大学のサークル』に求めていた適度なゆるさとガチさ、そしてオタクさを兼ね備えた完璧なサークルであるらしい。ちらりと永くんを見ると、永くんはまだ先輩の笑顔に釘付けだった。今日の双子感度はイマイチらしい。それでもじっと見つめていると、永くんはやっと視線に気づいてこちらを向いた。よしよし。
そうして、目線だけで互いの意思を確認し、同時に頷く。
「「行きます」」
「わー、やったー。てか君ら、さっきからそのハモりすごいね」
笑い上戸らしいその人は可愛らしい顔でにこにこ笑って、「チラシにも書いてあるけど、明日18時、部室でだから、よろしく~」と手を振った。手を振り返して、またふたり連れ立って歩き出す。
「幸先良好だね」
機嫌よく言うと、永くんはなんでかワンテンポ遅れて、「……どうだろう?」と首を傾げた。
「楽しいところだといいな、とは思うけど」
「なんでいきなり予防線引いてんの? てか、楽しくなくても、僕らで楽しくすればいいじゃん。あの先輩も、『やりたければだいたいなんでもできる』って言ってたし」
「それはそうだけど」
なにせ、高校時代も、ふたりで幽霊部を乗っ取って好き勝手していた実績がある。僕が笑うと、つられたみたいに永くんも笑う。その顔を見て安心して、僕は永くんから視線を外した。
「てか、あの先輩、すごい綺麗な顔してたね。都会ってすごいな~」
「……そうだね」
だから僕にはわからなかった。永くんがそのときどんな顔をして──どんな気持ちでいたのかが。
新しい場所、新しい生活。僕はただ、その喜びと期待とを噛みしめるので精一杯だった。
満開の桜の下、今までどおり、永くんとふたり。爽やかな晴天は僕らの前途を祝福するようで、そのときの僕には、怖いものなんてひとつもなかった。
読了いただきありがとうございます。ネット小説大賞13参加のため投稿をはじめました。締切までに完結予定です。
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