45、
まさか、こんなタイミングで思い出すとは──。
……いや、待て。
完全に“覚醒”したわけじゃない。まだだ、まだ間に合う……はずだ。
「リアム、君は僕だけを見ていればいい。他の誰もいらない……違うかい?」
低く、熱を帯びたキースの声が、じわりと胸を締めつけてくる。
優しさに似たその響きに、確かに心は揺れる。けれど──それが本当に“愛情”なのか、“執着”なのか……もう、俺には判断がつかない。
ただ、このままではキース自身が壊れてしまう。それだけは、痛いほど分かる。
「兄様……」
重く圧し掛かる魔力の拘束を振りほどこうと、俺は自分の内に魔力を巡らせる。
じわりと足が動き、キースの方へと一歩ずつ近づいていく──
その瞬間。
「そうまでして……“その男”の元へ行きたいのかい?」
静かに漏れたキースの声に、足が止まった。
──は?
胸の奥で、ブチブチと怒りが点火されていく。
その男とは、レジナルドのことだろう。
………… 。
…………おい?
俺が今、必死になって向かってる相手、誰だと思ってんだよ。
あんたでしょーが!
「……僕は兄様が好きです。兄様のところに来てるでしょう?どうして、そこで先輩の名前が出るんです?」
思わず強めの口調で言い返す。
そして、その勢いのまま、キースの腕を掴み、唇をぶつけた。
──キス、というより、勢い余った頭突きみたいなもんだったが。
驚いたように目を見開くキース。
けれど次の瞬間、ふっと肩から力が抜け、彼の周囲に漂っていた闇の気配が徐々に消えていく。
「リアム……」
静かな声とともに、キースが俺を抱きしめた。
その温もりが、全身に染み渡ってくる。
……ああ、俺はやっぱり、この人が好きだったんだな。
ずっと昔から。よく分からないままだったけど、たぶん最初から。
「兄様、もう……帰りましょう。それか、逃げましょう。父様と母様を連れて。ね? 僕、割と働けると思うんですよね。それに、そのうち家族も増えて、楽しくなりますよ」
その言葉に、キースは少しだけ目を見開いた。
「……家族?」
「ええ、まあ、兄様と僕の子ども的な……?」
言いながら自分でも顔が熱くなる。
でも、俺は本気だ。この人と生きていきたい。そのためなら──
……俺が産む方でも、もういい。
生めって言うなら、生んでやろうじゃないの。
ころころと元気な子を!
逃亡? 上等。
ノエルがナイジェル連れて助けに来てくれるだろうし、アンは実家に帰ればきっと穏やかに幸せになれる。
俺たちも、そうやって……いいじゃん、幸せになれば。
「……リアム……」
俺の言葉に、キースが微笑んだ。
──その時だった。
ヒュッ……!
「リアム、離れるんだ……ッ!」
鋭く切り裂くような風の音とともに、レジナルドが突風のように現れた。
顔には焦りと怒りが滲み出ている。
「……邪魔な……」
低く呟いたキースの声。
その瞬間、彼の周囲に再び闇が渦を巻き始めた。
──瞳には、深い黒い光。
レジナルドの魔法か、キースの耳元から流れる赤い血が見えた。
「ちょ、ちょっと⁉」
「……レジナルド……」
その声はキースのものというより、底なしの闇の淵から響いてくるようだった。
収まっていたはずの闇が、再び息を吹き返す。
瞳は完全に魔に染まり──全身から溢れ出す気配が、皮膚を焼くように禍々しい。
……なぁぁぁああああにしてくれとんじゃコラァァァ⁉
こっちはやっと落ち着けたんだよ‼
せっかく!せっかくなのに‼
キースとレジナルドの睨み合い。
そのあいだに、空間には黒い霧がどんどん広がっていく。
まずい。まずい。まずい。
「ノエル……!」
思わず口から漏れた名前。
そうだ、ここにいるべきは──ノエルだ。
彼の力は、キースと対等に渡り合える唯一の光。
けれど呼ぶ方法が分からない……せめて事前に連絡しとくんだった!
ああもう、俺、何やってんの⁉
キースをなだめようと、腰に手を回して抱きしめる……が、そんなもんで収まる気配はない。
「リアムは、自由なんだ……キース、お前の所有物じゃない!」
レジナルドがまた叫んだ。
……煽るなよそこ!
お前!ほんとにもう、黙ってろ‼‼
レジナルドの声に反応するように、キースの魔力がさらに増幅していく。
彼の背後に黒い炎が立ち上がった。その禍々しさに、背筋がぞわりと凍る。
「先輩、もう、黙ってて……‼」
「君こそ目を覚ましてくれ! 騙されているんだ!」
……このやりとりが、キースをますます追い詰めていく。
俺を抱きしめる腕に、ぞっとするほど強い力がこもってくる。
呼吸が浅くなり、胸が締め付けられた。
……ダメだ。このままだと……。
──そのときだった。
「リアム! お待たせーーッ‼」
眩いばかりの光が、塔の天井を貫いた。
その光とともに、あの声が響く。
神様……ありがとう。
来た。来てくれた。
ノエルが……‼
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