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44/52

43、

夜もすっかり更けたころ。

レジナルドからの手紙通り、王宮の馬車が静かに邸の前に現れた。


灯のない闇の中、その馬車は控えめな装飾に包まれていたが、車体の側面には確かに王家の紋章が刻まれている。

俺は息を潜めながら、邸内を忍ぶように抜け出した。


御者は確認もなく、ただ静かに頭を下げ、扉を開いてくれる。

──その無言の振る舞いが、逆に雄弁だった。

この男もレジナルドが俺につけていた密偵の一人なのかもしれない。


馬車の中は沈黙に満ちていた。

車輪の音だけが夜気を裂くように響き、窓の外からはひんやりとした風が吹き込む。

その風が、まるで胸の奥の不安をそっと掻き立てるようだった。


やがて、城壁の向こうに王城の灯りが滲み始める。

月明かりに照らされたその一角──そこに、東の塔は静かに聳え立っていた。


他の建物とは隔てられたようにぽつんと立つその塔は、まるで時の流れから取り残されたように、異様な静けさを湛えている。


塔の前で馬車が止まると、御者はまた無言で扉を開けた。

俺は深く一度、息を吸ってから、足を踏み入れる。


塔の中は、まるで時間が止まっているかのように静かだった。

石造りの空間は冷たく、足音が壁に反響して薄く震える。

らせん階段を見上げると、その頂きが闇に溶けて見えないほど高く思えた。

それでも、ただ一人、俺は足を踏み出す。


──そして辿り着いた扉の向こうには、予想とは違う空間が待っていた。


広くはないが、上質な調度が並べられた部屋。

だがそのどれもが色褪せ、普段は使われていないことを物語っている。


窓辺に立っていたのは、レジナルドだった。

背中越しの気配に気づいたのか、彼はゆっくりと振り返る。


「リアム、来てくれてありがとう」


その声は静かだった。

けれど、穏やかさの奥に隠された緊張が、ひたひたと伝わってくる。


「……何があったんですか?」


俺が問うと、レジナルドは静かに歩み寄ってきた。

そして、その手で俺の肩をそっと捉え、真っ直ぐに見据える。


「──ディマスが、生きている」


その一言で、世界が凍った。


「……え……?」


あの時、確かに俺の目の前で。

キースの闇が──ディマスを飲み込んだ。

叫び声と共に、彼は確かに“消えた”はずだった。


「死んではいない……ということ、ですか……?」


ようやく言葉を搾り出すと、レジナルドは淡く頷いた。


「先日、私の前に姿を現した。全身を……まるで闇そのもののような気配に包まれて。言葉は少なかったが、確かにあれは──ディマスだった」


その名を口にするレジナルドの声には、明確な恐怖が宿っていた。


「彼は言った。『リアムを消せば、すべて終わる』と」


背筋を冷たいものが這い上がっていく。

ディマスの執着が、まだ俺を追い続けている──その現実が、胸に重くのしかかる。


「そんな……」


言葉が詰まる。何をどう言っても、現実がねじ曲がることはない。

あの時、彼を消したのは──キースだ。

その事実に思考が縛られる。


「今回の件……君の兄上が関わっている可能性は、極めて高い」


レジナルドの目は真っ直ぐだった。

責める色ではない。けれど、見逃すわけにもいかないという強い意志がそこにある。


「兄様が……一体、どうして……」


俺がそう問いかけようとした、その瞬間──


──バァン!!


突如、窓が激しく開き、塔の部屋に強風が吹き込む。

カーテンが宙を舞い、部屋の灯がぱちん、と弾けるようにして消えた。


瞬く間に、部屋は深い闇に包まれる。


そして──その暗がりの中に、低く、凍てつくような声が響いた。


「……リアム」


その声は、誰よりも知っている。

耳が覚えている。肌が記憶している。


──キースの声だった。


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